第15話 焼かれる勇者

 勇者アドルフは朝から苛立ちつつも、必死に自分をおさえ森の中を歩いていた。背後に続くのは女戦士ダクマリーと賢者ゲル、魔法使いクレアだ。


 港町タウロスの冒険者ギルドから受けた依頼を遂行する為、嫌々ながらも彼は進む。


「ちくしょー。なんで俺達がこんな難易度の低い依頼を受けなくちゃいけないんだよ。ほぼSRパーティの俺達がよぉ」


 銀髪の勇者は昨日から言い続けている愚痴を賢者にこぼす。


「致し方なかろう。我々は堅実にキャリアを積む必要があるのだよ」


「あ、あのー。害鳥って、本当にこの辺りにいるんですかね?」


 一行が引き受けた依頼内容は、町近くの森に現れたという害鳥を駆除してほしいという話だった。報酬もあまり高くはなく、彼としては断りたかったが、そうも言えない事情があったのだ。


 アドルフ率いる勇者パーティは、ナジャが抜けてからというもの、確実に依頼達成率が低くなっている。依頼を失敗すればするほど、冒険者ランクの査定に影響が出てしまう。このまま失敗を続ければ、SRランクからSランクに降下する可能性は十分にあった。アドルフは降格だけは何としても避けたかったのだ。


「害鳥って言ってもよ。どうせカラスかなんかだろ。クレア、お前が魔法でパパッとやっちまってくれよ」


「はーい! 任せてください。ガンガン焼き払ってやりますからね」


「火事になっちまうだろ! 焼くのはなしだ」


「もし大変なようであれば、私も手を貸す。今回は早めに終わらせよう」


 ゲルが余裕たっぷりの微笑を浮かべる。今回は難なく依頼を達成できる想定だったのだ。


 ◇


 しかし蓋を開けてみれば事情は違っていた。害鳥と呼ばれたモンスターと戦い始めてから、すぐに勇者は焦りを感じ、背後で戦っているゲルとクレアを怒鳴りつける。


「おい! 何をしてやがるんだ! さっさと魔法で撃ち落とせや!」


「し、しかしこの魔物は、」


 ゲルは風魔法を空中に放ちながらも焦っている様子だった。そんな姿にアドルフの苛立ちはさらに募っていく。


「うるせえ! いいからやれっつーの!」


「はいいー」とクレアは焦りつつも空に向けてフリーズを放っていくが、鳥はひらりひらりとかわしてしまう。


 森の上空に現れたのは灼熱鳥と呼ばれるモンスターで、全身が炎に包まれ触れただけで火事を引き起こす可能性がある厄介な魔物だった。


 アドルフ自身も魔法は使用できるが、あまり使いたがらない。自分の魔力を消費することをいつも嫌がっていた。だから余計にナジャを働かせていたのだが、今やその役目はクレアが担っている。


 しかし、灼熱鳥はこちらに降下しては空に舞い上がって逃げる、という行為を繰り返していた。時折なにか鳴き声を発している。ダクマリーは剣を構えることもなく空を見上げていた。


「ダクマリー! お前何ボサッとしてんだよ。奴が降りてきたらなんとかしろって」


「呼んでる」


「はあ? 何?」


「仲間を呼んでる」


 アドルフが彼女の言葉の意味を知ったのは、それから二分程度経ってからである。いつの間にか彼方より、小さく揺らめく火が飛んできているようだった。


「おわああああ!? あちいいい!」


 攻勢一転、アドルフ達は必死に灼熱鳥から逃げ出していた。気がつけば十羽ほどの群れとなり、上空から火球を飛ばしてくる。


「害鳥どころじゃねえだろこれ! ゲル、ゲルー! お前何とかしろって」


「さっきからやっているが、どうにもならんのだ! クレア! クレア!」


「無理ですー! 焼かれますって」


 逃げ回るなか、灼熱鳥の一羽が放った火球がアドルフの尻に命中した。


「ぎゃあっちいいいい! 尻が、尻がぁああー!」


 勇者は悶絶しつつも必死に駆け続けた。的確に魔法を当てることができないゲルとクレアは焦りを隠せず並んで走っている。しかし散々な状況下で、ダクマリーは逃げつつも冷静に相手を観察していた。勢いづいた灼熱鳥達がさらに追い詰めるべく、降下したタイミングでUターンと同時に飛ぶ。


 人間離れした跳躍により降下してきた魔物と数メートルの距離にまで迫ったダクマリーは、右手に所持していた剣からスキル:魔法剣ブリザードを発動させ斜めに振り抜いた。


「ギイヤッツ!?」


 灼熱鳥達の約半数が、彼女の放ったブリザードに巻き込まれて一瞬にして凍結状態になり、地面に落下していく。残った魔物は怖気づき逃走した。


 勇者はゲルに回復魔法をかけてもらったものの、ズボンの尻部分は見事になくなってしまっていた。


 ◇


「何でだぁあ!? ほとんどやっつけたじゃねえかよ! なんで報酬を貰えねんだ!?」


 冒険者ギルド内に、臀部を手で隠した勇者の怒声が響きわたる。受付にいる中年の男は面倒そうに体を揺らした。周囲にいた冒険者達は、勇者の後ろ姿を見て密かに笑っている。


「だから! あの後他のパーティがやってきて魔物を全滅させたもんだから、そっちに報酬を渡したんだ。お前らにやる分はねえ。諦めろ」


「我らが半数を仕留めたのだぞ! にも関わらず一銭も貰うことができないなど、納得できるものか!」


 珍しく賢者ゲルも荒ぶった声を上げている。


(我らって、ほぼ全部ダクマリーの功績なのに)クレアは首を傾げていたが、当の女戦士は淡々とギルドの石壁に視線を送っている。まるで今回の件に興味がなさそうに見えた。


「半分しか倒せなかった以上、報酬はやれん! 以上だ。これ以上食い下がるようなら、お前達にペナルティを与えることも幹部達に相談しなくてはいけないだろう」


「ぐ……なろぉお。足元見やがって! 今日は勘弁してやる。おいお前ら、行くぞ」


「は、はいい」クレアはビクつきつつも返事をした。


 アドルフははらわたが煮えくり返るような怒りを必死におさえ、冒険者ギルドを後にした。港町の浜辺を歩きながら、


「どうすんだよゲル。もうすぐ王に報告をしなくちゃいけねえってのに」


 と参謀的ポジションである男に相談する。


「どうもこうもあるまい。ありのままを伝える他ない」


「え? 王様に報告って何ですかあ?」


 クレアはまだ勇者パーティに加わったばかりで、国王への報告のことは知らなかった。


「……定期報告。アドルフの成長日記」とダクマリーが呟く。


「日記じゃねえよバカ! 俺は勇者だから、今どれだけ成果を上げてるか報告しなくちゃいけねえ時があるんだよ」


 勇者という職業が世に現れるときは、決まって魔王が世界に出没する前兆であると言われる。魔物達の王とも言える存在に対抗する為というのが定説だった。その為国王は、勇者に関してはその成長を確認しておく必要があるとし、定期的に報告を求めている。これには以前ナジャも参加していた。


「次の定期報告まで時間がねえんだぞ。このままじゃ国王に言えることが何もねえ。やべえじゃねえかよ」


「冒険者ランクが落ちてしまったら、尚更だな」


「ゲル! 冗談でも言うんじゃねえ。んなことがあってたまるかよ! こっちは役立たずの魔法使いを追放して、どんどん昇り調子になってるはずだってのによ」


「勇者よ。私に良い考えがあるのだが」


「ああん? なんだよ」


「ウィズダムに一人、有能な聖女がいることは知っているだろう? 彼女はどうやら、冒険者としてパーティを組む人間を探しているらしいぞ」


「……あのクラリエルが? つまり」


「そうだ。クラリエルを仲間に加えたとなれば、多少成績が奮わなくても国王は今後に期待を持つだろう。事実彼女が仲間になれば我らは盤石だ。そうは思わんかね?」


 アドルフは腕を組み、しばらく考え込んだ後に薄ら笑いを浮かべた。


「へへへ。確かにそうだな。よし。アイツを俺たちの仲間に引き入れるか」


「二人には成長してもらわないと困る」


 賢者の提案にようやく勇者は余裕を取り戻していたが、後ろ姿を眺めていた女戦士は、珍しく不機嫌な声で呟いた。


「あん? んだよダクマリー。唐突に」


「このままではSSRに昇格できない。前に進まない」


「そうですよね……私達今のままじゃ」クレアが賛同する。


「お前ら。この俺を前によくそんなことが言えるな。おいクレア! 今度舐めたことを抜かしたら追放するぞ」


「ひい! す、すいません。気をつけます」


「……アドルフは勇者としての自覚が足りない」ダクマリーは珍しく言葉を続ける。


「おい! この俺様に自覚が足りねえだと。お前最近生意気じゃねえか?」


 アドルフは足を止め振り返り、まるで人形のような赤髪の戦士を睨みつける。ゲルは慌てて二人の間に入ろうとした。


「やめないか勇者。お前もだダクマリー。いい加減に……」


 その時、男二人は一瞬息を呑んだ。普段は無表情にしか見えないダクマリーの瞳から、凍りつくような殺気を感じたからだ。


「このまま失敗が続くなら、二人にはお仕置きが必要……」


「二人にはお仕置き? お、おいおい! お前一体何を言い出すんだよ。てめえは俺の保護者か」


「ふ、ふん! くだらない冗談はやめたまえ。どうやら我々をからかっているようだな」


 その後は日が変わるまで、ダクマリーが返事をすることはなかった。勇者と賢者は少しずつ、彼女に畏怖の念を抱くようになっていく。

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