第13話 貴族のお屋敷へ
次の日、僕とルルアはウィズダムの冒険者ギルド『ケンタウロス』の入り口付近で待ち合わせをしていた。
昨日知り合った演劇界のスターであり聖女という、とんでもない属性を持った青髪美女クラリエルさんを待っているわけだけれど、ちょっとばかり不安なんだよね。彼女がコネで得たという依頼はこんな内容だった。
【一日だけ屋敷の警備をしろ】★★★★
依頼者:ヴェネディオ
ワシはこの大陸では知らないものが存在しないとさえ言われる有名貴族、ヴェネディオである。この度舐め腐った予告状が届いた。何でもワシが不正に隠し持っている財宝を盗むなどと抜かしておるわ。潔白なワシが盗みなどされぬよう、警備を強化したい。一部の生え抜きの冒険者にのみ依頼してやろう。感謝するように。
「ねえー! この人誰?」
と、ルルアは不思議そうな顔で依頼用紙をじっと眺めていた。
「実は僕も知らない。まあ、偉い人なんだろうね」
貴族のお偉いさんか。正直文章からしてこちらを見下している感ありありなんだけど、本当に大丈夫なんだろうか。心配のあまり考えこむ僕とは対照的に、ルルアは朝からやる気バッチリで、突きや蹴りの素振りを始めているくらいだった。
「腕がなるよねー! ナジャ」
「そう? どうしてルルアはそんなに張り切ってるのさ?」
「だってだってー。貴族の人達にあたし達の力を見せるチャンスなんだよっ。もしかしたらすっごいお礼を貰えるかもしれないじゃん。今回の依頼をちゃんと達成したら、あたし達きっと恩人だよ」
シュッ、シュッっと上段回し蹴りが空気を切っている。僕は隣にいるからちょっと怖い。かと思ったら今度は両手を頬に当ててまぶたを閉じ、
「ただ報酬をやるだけでは足りぬ。どうだナジャよ。ワシの別荘をもらってくれ。そこの綺麗なお嬢さんと一緒に住んでみては如何か。なんて! はあああ、貴族ライフって素敵」
「そんなに上手くいくわけないだろ。とにかく失礼がないように気をつけよう」
妄想にしずみ始める幼馴染みに注意をうながしていると、街の中央通りから白い日傘をさした女性が歩いてきた。黒の高級そうなドレスが様になっているというか、流石はスターだなって感じ。
「お待たせして申し訳ございません。ナジャさん、ルルアさん。今回の依頼は宜しくお願いしますね」
「あれー? クラリエルさん。ドレス姿で向かうつもりなの?」とルルアはキョトンとしていた。
「はい。ヴェネディオ様のお屋敷に到着したら、すぐにパーティーが始まる予定ですから。お二人は、パーティー用のお召し物は?」
「え、えええ! あたしそんなの用意してないよ。ナジャ、どうしよ!?」
「僕も用意してない。もしかして入れなくなっちゃうのかな」
「うふふ。大丈夫ですわ。私が事情を説明しますから、服を貸していただくことにしましょう。あら、馬車が来ましたよ」
計算外というか、パーティーがあるなんて初耳だったんだけど。っていうか泥棒に予告されてる時にパーティーを開くなんて、ヴェネディオさんは相当度胸があるのかなぁ。
◇
僕らが乗っている馬車はウィズダムを離れ、今は南へと向かっている。お偉いさんの屋敷は、避暑地として有名なエルフ族の集落近くにあるらしい。馬車で丸一日はかかるみたいだけど飽きはしない。なぜなら、隣にいるルルアが僕を退屈させないから。
「わああ。見てみてナジャ。とっても大きな鳥が飛んでるよ」
「あれは灼熱鳥っていう魔物だな。たまに襲ってくるから気をつけないと」
「ねえねえ! 川沿いに入ってきたよ。エメラルドみたいな色してて綺麗! なんだか泳ぎたくなってくるね」
「このあたりは観光名所らしいからね。もう少し暑くなったら泳ぎたいかも」
「みてみてー! 野原だよ野原っ。珍しー野原」
「野原は何処にでもあるだろ!」
昔っから元気があり余ってるから、付き合う僕は困ってしまう。そんなやりとりを隣で見ていたのか、クラリエルさんがクスクス笑う。
「お二人は仲が良いのですね。なんだか羨ましいです」
「まあ、旧知の中ですから。ところでクラリエルさん。随分と馬車が沢山並んでますけど」
気がつけば、僕らの前にも後ろにも馬車がいくつも並んでいた。こんなに並んで進む光景は初めてだったので、少しばかり面食らってしまう自分がいる。
「私たちと同じく、ヴェネディオ様の客人として呼ばれた方々と、護衛の皆様です。パーティーの規模が違いますもの。それだけ護衛もつけなくてはいけないのです」
「確かにそうなりますよね。しかし、ここまで警備がいるなら、予告状を送りつけた人は諦めるんじゃないかな」
「いいえ。そうとも限りませんわ。むしろこうやって強固に守れば守るほど、燃えてしまうという性格なのかもしれませんし」
「でも無理じゃない? あたしが犯人だったら諦めて、美味しい料理だけいただいて帰っちゃうかなぁ」
「ルルアは高級料理を食べたら、何もかも忘れちゃいそうだよね」
「何それー。なんかあたしが単純な脳味噌してるみたいじゃん。ナジャだってー、」
ルルアがそう言いかけた時、突然馬車が何かにつまずいたかのように急停止した。
「おわっと? これは……」僕は馬車の窓から身を乗り出してみた。
前方の馬車は全て止まってしまっている。こんな大平原で一体どうしたのだろうと目を凝らしていると、最前列で戦いが起こっていることに気がついた。護衛の人達が馬車から飛び出して、魔物に攻撃を始めている。
相手はどうやら猛獣系だ。黒い体毛と巨大な体を持つダークグリズリー、全身を血で染めたようなレッドサーベルタイガー、獰猛なビッグバッファローなどから襲撃をかけている。
「あらあら。まさか私達に襲いかかるなんて、意外ですわ」
見れば、クラリエルさんは扇子を仰いでいた。なんて悠長なんだろ。
「呑気なこと言ってる場合じゃないよ! ナジャ! 加勢しよっ」
「ああ! クラリエルさんも来ますか?」
普通ならここで待っていてくださいと言うんだけど、これからも一緒に冒険するかもしれないから、力量を測る絶好のチャンスだ。彼女は少し困惑気味ではあるものの、首を縦に振って、僕らと一緒に馬車から降りて前列へ向かう。杖をかまえて走り出すと、やっぱり上空にギフトが出現した。
「あら? あらあらあらー」
背後からクラリエルさんが上品に驚く声が聞こえて、僕はちょっとばかり恥ずかしくなる。やっぱり落ちゲーを最初に見ると、みんな驚いちゃうんだな。あーやだやだ。
最前線での戦いはどうやら劣勢の様子だった。剣や弓、杖を持った冒険者と思われる男女が二十人はいたが、魔物の数は恐らく倍以上だろう。何人かはもう血を流している。
「クラリエルさん。彼らの治療をお願いします。ルルアは前衛の加勢を頼む!」
「承知しました」
「オッケー! はあああっ!」
言うなり一気に走る速度をあげたルルアが、いつの間にか空高く飛び上がり、魔物と人間が殺しあう中心地にむけて、振り上げた拳を思いきり叩きつける。地面に大穴があいて砂煙が上がり、一気に魔物達は怯んだ。人間もだけど。
「は、派手にやりすぎてないかー?」
そう言いつつも、流れを変えるいいチャンスだとは思う。ここまで走ってくる中で落ちゲーはほとんど連鎖できる状態に積み上げてある。後は発動させるのみだが、できる限り効率よく当てに行きたいところ。そこで僕は高い位置から魔法をぶつける作戦を考えた。
「スクウェア・ストーン!」
前方に自身と同等のサイズの石を作り出し、ジャンプしてそれに乗り足場にする。
「スクウェア・ストーン。スクウェア・ストーン。スクウェア・ストーン」
石を作ってはジャンプ、作ってはジャンプ。なんか近くにいた貴族や護衛の皆さんが呆気にとられているようだけど気にしない。全体が見渡せる十分な高さまできた時、僕は天に向けて杖を振り上げる。
同時にいつもどおり真ん中に積み上げた落ちゲークリスタルの右隣に、連鎖一発目のクリスタルを置いた。一番下に青、次に赤、その上に黄色といった感じでクリスタルを積んでいたけど、どんどん消化されあっという間に連鎖となり、今回は初めての四連鎖を成功させる。
『四連鎖! 攻撃力四倍ボーナス! 青オーラ発生! クリアポイント増加』
「え? 青オーラ?」
今までは白いオーラだったけど、今回の四連鎖で青いオーラが体全体を包んでくる。なんだろう……以前よりもっと全身に力がみなぎってきた。まあ、オーラについては後で考えるとして、今は魔物を何とかしなくちゃ。
さあいくぞ、と思ったその時、杖を振り下ろす手が止まる。
「うーん。ちょっとこれは……」
最初は派手に爆発魔法とか、光属性の魔法とかを喰らわせるつもりだったんだけど、状況が状況だけに難しい。なんていうか、それぞれの馬車から冒険者達がどんどん出てきて、魔物達もぞろぞろ増えてきてる。
気がつけば大平原は戦場へと様変わりしていて、人間サイドはさっきよりもピンチだった。この状況で攻撃魔法を使ったらきっと誰かしらを巻き込み、殺してしまう可能性が十分にある。どうしたものかと少し考えたけど、
「そうか……攻撃しなければいいのか」
という結論に至った。そして僕は今度こそ杖を振る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます