第9話 勇者達の失敗

 ナジャ達と争ったアドルフ一行は、その後依頼をこなす為に、とある遺跡の地下一階に足を踏み入れていた。


 最近の調査によって見つかった遺跡であり、実際どんな危険が待ち受けているのか定かではないが、逆に言えば誰も手をつけていない状態であり、宝物も取り放題という話だった。更には探索報酬ももらえるのであれば、引き受けるべき仕事と彼には思えた。


「全く。過去の汚点みたいな奴と出くわしたせいで、イライラが抜けねえな」


 勇者アドルフは先程ルルアに殴られた横腹をさすりつつ先頭を歩いている。後ろには賢者ゲルと女戦士ダクマリー、先日加入したばかりの魔法使いクレアが続いていた。


「お前は勇者であろう。あの程度の小物、もう忘れてしまえば良い」


「だけどよぉ。アイツまだこの大陸をうろついてるみたいじゃねえか。またちょいちょい顔を合わせると思うと胸糞悪いな。やっちまうか」


 やっちまうか、という表現に最初に反応したのは、最後尾を歩いていたクレアだった。


「え? そ、それってもしかして、あの人を殺すってことですかぁ」


「なんかの事故に見せかけてとかさ。いけんじゃねーの」


「バレたら冒険者として終わりだぞ。それより、前に何かいる……」


 ゲルの言葉を聞いて、アドルフはため息混じりに足を止める。一本道の先、突き当たりになっている箇所に黒い影が見えた。まだまだ先にあるそれは形が解らないものの、少しずつこちらに近づいている。


「後ろからも来ている」


 ダクマリーの涼風を思わせる声がした。クレアはビクリと反応し、杖を胸の辺りに持って振り返ると、来た道からも同様に黒い影が見えていた。


「けっ。挟み撃ちかよ。おらお前ら……戦闘準備だ」


「作戦はどうする。この状況は危険だ」ゲルは緊張が表に出ており、額には汗が浮かんでいる。


「あー。俺とゲルで前の奴をやる。ダクマリーとクレアで背後の奴を叩け。どうせこんなしょぼい遺跡に出てくるような連中、俺達の敵じゃねえっての」


 ◇


「お、お前らぁー! 何やってんだ! ちゃんと戦えよ!」


 魔物との戦いから五分もしないうちに、アドルフは悲鳴に近い叫び声を上げていた。勇者パーティを挟み撃ちにしていたのは全身を黒く染められたゴーレム二体であり、少し交戦しただけで驚異を感じるほどだった。駆け込んできた二体は、巨体からは想像もできないような俊敏な拳を振り下ろしてくる。


 アドルフの剣は黒いゴーレムに当てることができず、大きな拳から逃げ回ることで精一杯だった。ダクマリーはクレアを守ることで手が塞がる。魔法攻撃力の高さを買われた魔法使いは、経験が浅い為か緊張してしまい、行動そのものが鈍い。ゲルは攻撃魔法も回復魔法も使わず、ただ逃げに徹している。


「ゲル! お前さっきから何してんだ! さっさとコイツに魔法を叩きこめよ」


「ぐ! やろうとしているが隙がない。アドルフ、奴の動きを止めろ」


「馬鹿野郎ぉっ! そんなことできるかよ。いいからやれって」


「えええい! ボム! ボム! ボム! ボム!」と、背後から魔法使いが叫び、この声にこそアドルフは焦った。


「え!? お、おいいい! ちょっとおま、」


 クレアが放った爆発魔法がゴーレム一体の頭部に命中し粉々に粉砕した。しかし同時に狭い遺跡内部も次々と破壊され、頭上から破片が降り注いでくる。


「こんな所で爆発魔法なんか放つんじゃねえよ! こんの、野郎」


 次々に振り下ろされる拳の隙間を縫うようにアドルフは懐に潜り込むと、石で作られた胴体を横一直線に切り裂いた。


「オオオオ!」


 ゴーレムの唸り声と同時に今度はダクマリーが反対側へすれ違うように剣を振り抜くと、アドルフがつけていた傷と繋がり胴体が切断され、巨人は真っ二つになり床に倒れる。それきり動かなくなった姿を確認してから、勇者パーティはようやく自分達が助かったことに気がついたが、安堵よりも気まずさが彼らを支配していた。


 そして遺跡を進むほどに、凶暴な魔物達は増えていくことになる。あっという間にゲルやクレアの魔力は枯渇し、結果的にほんの少しか探索ができないまま、アドルフ達は退散するしかなかった。


 ◇


「はああ!? 報酬が貰えないだと」


 遺跡での探索を終えて、あまかぜ亭とは別にアロウザルに存在する冒険者ギルド『まどろみ館』に戻った時、アドルフは受付カウンターを右手で叩きつけ叫んだ。


「ふざけんな! 未達成ってどういうことなんだよ。途中までは探索したじゃねえか」


 獣の耳をした女性受付嬢は、たじろぎつつも苦笑いを浮かべる。


「申し訳ございません。せめて遺跡内の半分程度までは進んでいただかないと、ほとんど得られた情報がないと言いますか」


「我々のパーティでも苦戦を強いられるほどのモンスターが溢れかえっていたのだぞ。あれ以上進むなどできるものか。せめて半分でも報酬を払うべきではないのかね?」


 アドルフに続くようにゲルが熱弁するが、受付嬢の対応は変わらない。


「ギルド長のご判断ですので、致し方ないとしか。すみませんが達成報酬をお渡しするわけには」


「くそ! なんだってんだよ。解ったよ。じゃあ今回は諦める」


「アドルフ!? 本当にそれで良いのか」


「これ以上心証を悪くするわけにもいかねえだろ。それより、ちょっと話がある」


 アドルフは仲間達を率いて、冒険者ギルドの酒場スペースにやってきた。


「今回の依頼は完全に失敗に終わっちまった。なあみんな、どうして上手くいかなかったと思う。反省会しようぜ」


 四角いテーブル席に彼らは腰を下ろしている。アドルフの隣にいたゲルは、前に座っているクレアとダクマリーの顔色を伺った後で話を切り出した。クレアは少しおどおどしており、ダクマリーは普段となんら変わらず人形のようだ。


「ふむ。なぜ今回の依頼が上手くいかなかったか。頭の痛いところではあるが、原因ははっきりしているよ。たった一つしかない。クレア、君だ」


「え……?」


 いきなり名指しされた魔法使いは、ビクリと体を震わせて正面のゲルを見た。


「そうだ。君はあろうことか、遺跡の中にいたというのに爆発魔法を放ってしまった。あの時パーティは自滅の危機に瀕してしまったのだ。もし初戦での失敗がなかったら、我々は最深部に到達していてもおかしくはなかったな」


「す、すみません。私今回が初めてで。いきなりあんな怖い魔物に襲われちゃったから、気が動転してたんですよぉ」


 アドルフは店員が持ってきたワイングラスを一口入れると、盛大なため息を漏らす。


「初戦って言ってもよ。普通もうちょっとやれるぜ。あのナジャでもそんなミスやらかさなかったのに。才能ないんじゃね? お前……クビにすっかな」


「え!? そ、そん……な」


 言われて俯いたクレアを横目に、石像のように固まっていたダクマリーが唇を開く。


「彼女はできうる限りの働きをした。ゲルはほとんど動かなかった」


「な!? 私が悪かったとでも言うつもりか? あれは周りの状況を観察しつつ、的確な行動を取っていただけだ。君こそクレアの援護ばかりしていただろ」


「ナジャは自衛できたから必要なかったが、彼女には必要だった。ナジャは一度にいくつも仕事をこなしていた」


 ダクマリーはナジャが自分のみならず、パーティ全体を見て穴を塞いでいたことを知っていたが、そこまでは口には出さない。アドルフはそれを聞いて憤慨こそすれ、話を建設的な方向へ進めることはできないと解っていたからだ。


「お前、今日はわりかしお喋りじゃねえか。普段は人形みたいに口を閉じっぱなしにしてんのによ。アイツはうぜえギフトで目立ってただけの役立たず。それが結論だろうが!」


「その通り、アイツは必要なかったのだ。追放という決断は正しかった」


「とにかく! 次回以降はこんなミスをするわけにはいかねえ。お前ら、気合を入れていけよ。クレア、二度と馬鹿な失敗はすんな!」


「え? は、はいー。今度こそ任せてください。ドーンとお役に立っちゃいますから!」


 何を能天気に笑っているのか、魔法使いってのは役立たずばかりなのかと、アドルフは内心毒ついていたが、これ以上言っても仕方ないと我慢する。もし次に同じような失敗をすれば、ナジャと同様に追放するつもりでいた。


 しかしアドルフの心配事は実際の冒険以外にもあった。現在勇者パーティの冒険者ランクは、アドルフ、ダクマリー、ゲルがSRであり、クレアはまだNランクである。


 SRの三人はあと少しのところでSSRに昇格できるという状況だった。あと一つ上昇できれば、冒険者ギルドに出向くまでもなく依頼を紹介され、待遇が格段に上がる。アドルフはどうしても自身の冒険者ランクを上げたかった。


「……くそ。あいつめ」


 店主が持ってきたワインボトルを豪快に飲み干しながら、彼は自身が追放した魔法使いのことを思い出し、誰よりも苛立ちを募らせていた。

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