第8話 勇者と遭遇
せっかくの爽やかな気分が一気に台無しになる。
僕の人生にとっては五本の指に入るほど嫌な再会だった。勇者アドルフとでくわしてしまったんだ。
「あん? お前……まだこんなとこにいやがったのかよ」
奴はズケズケと目の前までくると、チラリと周囲を見渡し、あまり人がいないことを確かめてから、やらしい薄ら笑いを浮かべた。アドルフはいつもそう。常に周りの目を気にしている。
「あれ? ねえナジャ。この人誰?」
ルルアが不思議そうな顔で僕の前に立つ男を見上げていた。そうか、彼女はまだ知らなかったんだと今更ながらに思う。アドルフから少し遅れて賢者ゲルがやってきた。そして何より、見たこともない魔法使いっぽいローブを着て、目深にフードを被った女の子がいた。多分僕の代わりに入った人だよね。気まずさがますます上っちゃって困るんだけど。
「へえー。なんだよナジャ。可愛い娘を連れてるじゃねえか。俺はアドルフだ! 勇者をしてる。こいつとは元々パーティだったんだぜ」
得意げに語るアドルフを、ルルアは無表情でじっと見つめていた。ゲルは汚いものを見るような目を遠くから浴びせてきて、ダクマリーはまた人形みたいにボーッとしてる。僕は胃痛がしてきたので、早々にこの場から立ち去りたかったんだ。だから提案する。
「ルルア。もう行こう」
「あ、うん!」
「おーっと。待てよ」
すれ違おうとする僕の肩を勇者が掴んでくる。そこら辺の酔っ払いよりタチが悪そう。
「ナジャよお。いつの間にこんな娘とパーティ組んだんだ? どういう風に騙したのか気になるぜ」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。僕は騙してなんかいない。離せよ」
掴んでいた手を強引に払った時、アドルフは殺気を丸出しにした。
「ああん!? なんだあお前。ちょっとパーティから離れただけで生意気になりやがって。なあ、ルルアだっけ? どんな風に騙されたのか知らねえが、こいつはやめておいたほうがいい。しょーもないギフトしか持ってない低脳な奴だ」
「いい加減にしろよ。もう関係ないだろ」
追放された時はパーティから離れてしまったのがショックだったけど、今となっては気にならない。腹立たしさが勝っていたんだと思う。ルルアは観察するようにアドルフを見上げている。ここで僕は察しておくべきだったかもしれない。
「ルルアちゃんさ。俺のパーティに来ないか? こんな奴と組んでると酷い目に遭うぜ。その点俺は、」
「嫌」
「……あ?」
「アンタのパーティは嫌」
チラリと横目で確認すると、珍しくルルアの眉が釣り上げってきてる。まずいかも。こんな顔になった後の幼馴染みは、時として……。
「何だぁお前。もしかしてナジャに洗脳でもされちゃってんのか。単純すぎて幻滅だ」
「あたしも勇者だって聞いてたから、どんなに凄い人なのかなって思ってたけど、幻滅したよ」
「はぁ? おいてめえ……」
「やめろアドルフ」
ルルアに掴みかかろうとしたアドルフを止めようとしたが、ちょっと遅かった。
「うるせぇ! ナジャ、お前はいつもウゼエんだよ!」
突然大きく拳を振り上げ殴りかかってきたアドルフに、僕は戸惑いつつも身を屈めて避けた。そんな中ルルアはいつの間にかアドルフの懐に入り込んでいて、奴の腹部を思いきり右拳で突き上げたんだ。鈍い音と共に長身は宙に浮き、橋から落ちそうになったところでダクマリーがキャッチした。
「ぐほぉ……て、てめえら。よくも……」
相当お腹が痛いのか、声が籠ってて聞こえづらい。
「アンタが先にナジャを殴ろうとしたんじゃん。それにナジャは役立たずなんかじゃない。あたしはスッゴイ魔法を見てるんだから」
「んだと……こ、このガキ」
ところが、僕らが睨み合うなか、全く空気を読まないダクマリーが唐突に質問を投げかけてきた。
「ナジャ。新しいパーティを作ったの?」
「え? いや、一応仮パーティっていうか」
「そうだよ! あたしとナジャは新パーティを結成したんだよ」
「ええー。もう結成したことになってる」
「ナジャは女を取っ替え引っ替え」ダクマリーがボソリと呟く。
「誰も取り替えた覚えないんだけど!? 僕は追放されたんだって」
「そうだった」
「今思い出したの!?」
本当に興味ないんだなー。彼女らしいと言えばそうかもしれないけれど。
「役立たずは追放される。それは至極当然のことではないかね?」
今度は賢者ゲルがアドルフの隣にやってきて、僕らを見下ろしてくる。でももういい加減、役立たず呼ばわりされるのは嫌になってきたところだった。
「何度も言わせないでくれ。僕は役立たずじゃない。そしてこのままじゃ終わらない」
「何だぁ? どうなるって言うんだよナジャ」
アドルフがまた威圧的な声色で問いかけてきたので、ちょっと僕もムキになっていたのかもしれない。
「僕はアドルフ、君より上に行く」
「ああん? この俺より上に? お前が?」
この一言を聞いた銀髪の男は少しだけうずくまったかと思うと、体を小刻みに震わせて、今度は大きくのけぞり笑い出した。
「はははは! ははははぁ! お前、ギャグのセンスだけは上がったんじゃねえのか。なかなか面白いジョークだった。ああ、褒めてやる。もう冒険者はやめて、芸でも始めたらどうなん……だぁああ!」
今度も不意打ちだった。しかも右の脇腹に回し蹴りを放ってくるっていう気をてらったものだったけど、僕は杖で奴の蹴りをカットした。その隙をついたようにルルアが勇者の顔と腹、太腿に連続で蹴りを叩き込む。ああ、これさっき覚えたばかりのスキルだ、と考えてる間もないくらいボコボコ蹴ってた。
「ぬおわ!? て、てめえ一度ならず二度までも」
うーん。女の子に蹴られまくって吠える勇者ってカッコ悪い。
「あー……解った。解った。そこまでこの俺を愚弄するってんなら」アドルフの声色が変わる。吹っ切れたような冷たいささやきの後、静かに右手を脇に刺した剣に伸ばしたところで、焦るようにゲルが前に出てきた。
「アドルフ、もう良い! 依頼に遅れるぞ。ダクマリー、勇者を止めるのだ」
ダクマリーは小さく欠伸をしつつ、勇者の腕を強引に引っ張っていく。
「いててて! なんだよダクマリー。今いいところだってのに。聞いてんのか馬鹿力女。お前は脳味噌まで筋肉だよな。おいナジャ、そこの金髪女、覚えておけよ。このままで済むなんて思うな」
ゲルは終始しかめっ面だったし、もう一人の魔法使い少女は気まずそうに眺めていたが、やがてダクマリーに続いて去っていく。小さくなっていく後ろ姿をキッと睨み続けていたルルアが、
「何なのアイツー! すっごいムカつんだけど」
とイライラを声に出した。まあ、僕も腹は立っていたんだ。どうしてあんなに性格が悪いんだろう。もうほっといてくれればいいのに。
「だよね。でももういいよ。関係ないし」
「そうだけどさー。あんな人でも勇者で、その上ちゃんとパーティ作れるんだね。あたし達も負けてらんないよ。これから仲間を集めなくちゃね」
「そもそも僕らはまだ、仮パーティの筈だけど」
「ノンノン! ダメだよナジャ。ノリが悪いこと言っちゃだーめ」
「いやいや。ノリっていうかその、」
「とにかく今度こそカフェ行こー! 早く都のデザートが食べよっ。あーんしてあげるね」
「あーんはいらないよ」
僕は呆れてちょっとばかりため息をついたものの、別に嫌な気はしなかった。それに今回のことで、ちょっとずつではあるけれどやる気を取り戻している自分がいる。
そうだった。まだこれからじゃないか。それに、ギフトは役立たずなんかじゃなかったってことに気がついたし。数日前の気分が嘘みたいに、僕の心には光が宿り始めていた。
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