二章13 『神様と女神とお伽姫 その5』

「あっ、あの、僕そろそろお暇(いとま)しないと……」

 習慣的にスマホの時計を確認すると、時刻はもう15時を回っていた。

「なんだよ、来たばっかりだってのに」

「引き止めちゃ悪いわよ」

「むむぅ、なのね。遊んだりおしゃべりしたりしたかったのね」

「……お家(うち)、自分の部屋……好きなの、わかる。……落ち着く」

「でも一緒にいるの楽しいよー? きっときっと楽しいよー」

 残念そうに言ってくれる雷神さんや、乙姫達。


 しかし僕にはやらなくてはいけないことがある。

 山菜を採って、暗くなる前には山を下りて山田さんの家へ向かわなきゃならない。

 それを手短に説明すると、彼等は納得してくれたみたいだった。

「そういうことなら仕方ねえな。帰り道とかわかるか?」

「ええと、多分」

「がっはっはっは、仕方ねえな。オレっちが送っていってやるよ」

「ふぅん? あんたにしちゃ、めずらしく親切じゃないの」

 乙姫の皮肉った物言いに、雷神は唇を尖らせて言った。

「オレっちは誰に対しても優しいっての」

「うんうん、そうなのね。ちょっとエッチなだけなのね」

「バカ野郎! ちょっとじゃねえし!!」

「いや、切れるほうそっちかい。もしかして、まだ反省が足りないのかねえ?」

 乙姫が冷ややか目を向けると、雷神はブルブルとすごい速度で頭を左右に振った。

「いっ、いやいや! そんな、滅相もねえ!!」

「雷神様は、乙姫ちゃんには敵わないねー」

「ばっ、バカ言え! そそそ、そんなわけねーだろ!?」

 膝をガクガク震わせながら言われても、まるで説得力がなかった。


「ねえ、黒茸さん」

 乙姫は僕の前に膝をついて、着物の袖から何かを取り出した。

「持っていきなさい」


 そう言って差し出してきたのは、黒地に金で装飾がされた小箱だった。

 指輪の箱よりは大きく、お菓子の箱よりは小さいといったぐらいのサイズだ。

 木製で結構軽い。紅い紐で丁寧に縛られており、それを解かないと中を確認することができない。揺すっても音はしないし、中身がなんなのかは実際に開けてみないことにはわかりそうにない。角度を変えて見たが、なんの変哲もなさそうに思える。


「えっと、これ……、中には何が?」

「ふふ、何かしらね。帰ったら開けてごらんなさいな」

「はぁ……?」

 僕は曖昧(あいまい)にうなずき、ひとまずウエストポーチにしまった。ポーチが箱の形にパンパンに膨らんでしまった。山を下る時に手が使えないと不安だし、持っていくわけにはいかないのだから、仕方がない。


「ほら、黒茸、時間がねえんだろ!? さっさと行こうぜ!!」

 乙姫から距離を開けていた雷神さんに腕を引かれ、僕は歩き出す。

「じゃあね、黒茸さん」

「今度会ったら、一緒に遊ぼうなのね。約束なのね」

「……ふふ、何して遊ぼうか……楽しみ」

「バイバイだよー!」

 僕は見送ってくれているみんなに手を振り、雷神さんの家を後にした。




 家を出てからしばらくして、雷神さんは頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。

「なんかわ悪いな。騒がしくて全然落ち着かなかっただろ?」

「いえ、にぎやかで楽しかったですよ」

「そう言ってもらえると助かるが……。っと、ここまでくればわかるか?」

 周囲がいつの間にか木々に囲われていた。本当に一瞬で景色が切り替わった感じだった。まるで今まで夢でも見ていたんじゃないかって感じだ。

「あっ、あの、送っていただいてありがとうござ――」

 振り返った先にはもう、雷神さんはいなかった。

 本当に束(つか)の間の夢でも見ていたのだろうか……。

 スマホで時刻を確認しようとした時、ふとポーチが膨らんでいることに気が付いた。

 開けてみると、中には乙姫にもらった小箱があった。

 ――僕は夢を見ていたわけじゃない。ちゃんと雷神さん達と会っていたんだ。

 そう確信が持てて、すこしほっとした。

 ポーチのチャックを閉めて顔を上げると、太陽が傾きかけていた。


 急いで山菜を採らねばと思って、ふと気付いた。

 ……そういえば、鈴がない。

 こんな状態じゃ、いつ熊に会うか気が気でない。呑気(のんき)に山菜採りなどしてて体上部だろうか?


 不安に思った時、すぐ傍からチリンと鈴の音が聞こえた。

 見やるとそこには白い兎が一匹おり、僕のことを見上げてきていた。口には僕からかっさらっていった熊よけの鈴があった。

「……君は、さっきの……」

 と言いかけた瞬間、兎は地面にぽとりと鈴を置き、どこかへぴょんぴょんと跳ねて去っていった。

 風が吹き抜け、周囲の草を音を立てて撫でていく。

 今度こそ、周囲から誰もいなくなった。

 僕は鈴へと近づいていき、手に取った。

 それをポーチにつけ、僕は立ち上がる。


 さて、まずは山菜採り。

 それから、山田さんの家に行くのだ。

 僕は両肩を回して「よし!」と気合を入れて取り掛かった。


   ●


「あれまあ、こんなに採ってきてくれたの」

 にこにこと満面の笑みで山田さんは帰ってきた僕を出迎えてくれた。

「大漁ですね。……山菜ですけど」

「ははは、意味は通じますよ」

 ちょっと恥じ入る小倉さんが可愛くて、思わず吹き出してしまった。

 彼女は腕まくりをして、ぐっとこぶしを握り締めた。

「これなら腕の振るい甲斐(がい)があります。待っててください、美味しいお料理に仕上げてみせますから!」

 そう言って小倉さんは受け取った山菜を手に、大股で奥へ引っ込んでいった。

「すごいやる気ですね」

「ふふっ、そうだねぇ。あんなにやる気に満ち溢れたあーちゃんは久しぶりに見たよ」

「あーちゃん?」

「小倉亜美ちゃん、だからあーちゃん」

 そういえば下の名前も知らなかったなと、今更気付いた。

「さてと、夕食まで時間があるけど、どうする? お風呂はあーちゃんが沸かしておいてくれてたよ」

 確かに汗をたくさんかいたし、お風呂に入ったり、一寝入りしたい気持ちはあった。

 だけど今はそれより――

「あの、訊きたいことがあるんです。よろしいでしょうか?」

 そう訊くと山田さんは一瞬目をぱちくりさせていたが、すぐに微笑を浮かべて、「ちょいと場所を変えようか」と歩き出した。

 僕は唾を一つ飲み、彼女の後をついていった。

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