二章11 『神様と女神とお伽姫 その3』
「覗き……ですか?」
僕が訊き返すと、雷神は「おうよ」と大きくうなずいた。
「四人共水着はもってねえ。つまりだ。水浴びの時は布切れ一枚つけてねえ、まんまの姿を拝(おが)めるってわけだよ!」
鼻息荒く、緑の肌を赤くして彼は言った。
僕は人間の風習や文化を学ぶべく、教材として彼等の作った物語という娯楽、特に小説やアニメを中心に研究していたのだが。
そのなかでも今の状況はアレに似てるなって思った。
銭湯(せんとう)や修学旅行のお風呂場で、男子が隣の女湯をどうにか覗こうとするあのシチュエーションに。
正直、僕だってそういうのに興味がないわけじゃない。
家にいる時だってたまにまっちゃんのあんな姿やこんな姿を想像して悶々(もんもん)したことも一度や二度じゃ済まない。その度(たび)に全身を固く、熱くして脳汁をぶしゃーっとしたものだ。
だが待たれい。
それは想像上であるからこそ許されるのであって、実際にやったら犯罪、ムショ行きの刑に課せられるのではなかろうか?
そう雷神に伝えると、彼は爆笑して言った。
「何言ってんだか。そういう世界の決まりを一手に引き受けてるのがこのオレっち達神様だろうが」
「……いやでも、人間界の決まりは人間達が作ったんだから、いくら神様といえども干渉はできないんじゃないですか?」
「ふむふむ。オメェはなかなか賢いヤツらしいな。褒めてやろう」
「ど、どうも」
「しかし黒茸、オメェは一つ見落としていることがある」
すっと人差し指を一本伸ばして、雷神は少しもったいをつけてから口を開いた。
「ここは人間界じゃない――神の世界だ。よって人間の作った法律、道徳観念もとい倫理観などに縛られる必要はないのだ」
「……なるほど」
思わず納得してしまった。
あの女の子達は僕に散々触ってきたが、世界は滅亡していない。つまり彼女達もまた人間ではないということになる。
ならばやはり、人間的なルールが適用される存在ではないのだろう。……多分。
「な、わかったか?」
「えーっと、まあ、なんとなく?」
「さすが、理解が早い、話も速い。じゃあ行くか」
「えっ? 行くって、どこに?」
と訊くと、雷神は肩を竦めて「決まってんだろうが」と前置きして言った。
「おっぱい祭りだ」
人間には――人型の神にも――おっぱいなるものがある。
胸部にふたつあるのがそれだ。
このおっぱい、男女どちらにもあるものなのだが、なぜか女性のものがとりわけ愛されているように感じる。
なぜだろうか?
短絡的に結論を出せば、男性が女性に対して持つ性的な欲求が強いからこそ、身体的特徴が顕著に出やすい胸部を好きになるのだ――と答えることになる。
しかし本当にそうだろうか?
胸に手を当ててよく考えてほしい。
男性の中には女性のおっぱいをこよなく愛している者がいる――確かにそれは一つの事実かもしれない。
とはいえだ。女性の中にだって、女性のふっくらとしたおっぱいに魅了される者もいるかもしれない。
――僕は黒茸という人間の体に触れぬ存在だから、想像するしかないんだけど?
想像でもいい。
女性の中にだって大きなおっぱいに触れたい、嗅ぎたい、顔をうずめたいと思っている者がいるのではないだろうか? 更衣室で隣にいる胸の大きなお姉さんに目が釘付けになったことがあるのではないだろうか――もちろんおっぱいに。
つまりだ。
おっぱいに愛を抱くのに、性別など関係ない。
おっぱいはおっぱいであるからこそ、素晴らしい。
ただそう書くと、やはり疑問が湧いてきてしまうのがおっぱいの恐ろしいところである。
人は往々(おうおう)にして、様々な矛盾を抱えて生きる存在らしい。
例えば貧乳と巨乳、より魅力的なのはどっちだ――?
当然、よりおっぱいを堪能できるのは後者だから巨乳の方が素晴らしい――とはならないのである。
貧乳にもきちんと愛好家は存在し、「否! 貧乳こそが至高である!!」と叫ぶ。
それから泥沼の論争が始まる。
またもう一つ矛盾があり、先ほども述べた通り女性のおっぱいはもてはやされるのに男性のおっぱいは見向きもされない、ということだ。
女性の中にも身体へ性的な欲求を向ける人がいるのは多くの娯楽作品が証明している。
だがしかし、その多くはおっぱいにスポットライトを向けることはない。
代わりに筋肉隆々(きんにくりゅうりゅう)の体、またはおっぱいではなく胸板という広い範囲などを嗜好としたものが多い、といった感じだろうか。稀(まれ)におっぱいを舐めたりしていることもあるが、男性作品ほど大きく取り上げられることはない。
やはり女性のおっぱいは生命の根源たる神秘性を持っているからこそ、多くの人に愛されるのだろう。
今は粉ミルクを利用する者が増えたが、かつて人はおっぱいから母乳をいただいて赤ん坊から子供へと成長した。物心つく前、まだ自意識が芽生えるその前に、生の幸たるものの一つである――己が命の糸を繋ぐ食事という行為の喜びを、乳より教えられるのだ。
ゆえに人々が乳に対して抱く感情は性的欲求ではなく、食欲――あるいは生存欲求であると解釈するのが正しい。
無論、子孫繁栄という神の残したプログラムが組み込まれている以上、男性が女性に対して性的欲求を抱くのは当然であり、男性と大きく違う身体的な特徴を有するおっぱいに欲情するのは自然的な摂理であろう。
だが忘れないでほしい。
人は誰しもがおっぱいに深い敬愛を抱いており、またおっぱいによってこの脆(もろ)い命の灯火を燃やし続けてきたのだということを。
おっぱいは人類の宝であるということを。
「……ってわけだ。どうだ、おっぱいの素晴らしさがわかったか?」
熱弁、長広舌――突発的な演説に僕は拍手より先に一つ突っ込みを入れざるを得なかった。
「いや雷神さん、あんた人間じゃなくて神様だよね!?」
神に対する敬意も何もかもが吹っ飛びかけた瞬間だった。
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