一章2 『僕の日常』
実は僕は自分語りが苦手だ。
あまり人と話すことがない、いわゆるコミュ障だからだろうか。
だが苦手だからといって、嫌いなわけではない。
下手でも絵を描くのが好きな人もいれば、上手い演奏ができるにもかかわらずピアノが嫌いだという人もいる。つまりはそういうことだ。
今日は僕の普段の日常をみんなに話そう。
黒茸という人間とは異なる存在がどんな生活をしているかというのは後学にはならないだろうが、まあ話の種としては使えなくもならないだろう。
僕は普段、不規則な生活を送っている。
そうせざるをえない事情がある。
突発的に体が発熱に悩まされる持病を持っているのだ。
医者にはかかっていない。
覚えているだろうか、僕は誰かに触れたら世界を破滅させてしまう呪いにかかっている。
ゆえに検診を受けるわけにはいかないのだ。
持病は命にかかわるものではないのだろうか、発熱したとしても特に痛いとか苦しいというものはない。
仮に苦痛を感じてもどうしようもないが。
発熱した時は、金縛りにかかったような状態になっている。
おまけに体が膨張している。
身動きがほとんど取れず、じっとしているほかない。
だがそのほんの僅かな身動きが体全体にえもいわれぬ幸福感を与えてくれる。多幸感、と言い換えた方がより的確かもしれない。
まるで空に舞い上がるかのごとき感覚に、頭の辺りがビリビリと痺れてくる。
それが臨界点まで達した時、頭の上から何かが抜け落ちていくような感覚がする。体の中の重たいものが一気に溢れていくような。
毎度勢い余ってやってしまうが、その後が大変だ。
頭があったその上が、白く粘った特殊な汗でべったりと汚れている。
後始末、掃除。汗が出るというただそれだけのことで、ここまで苦労する生物もそうそういないだろう。これは黒茸である僕固有の悩みだ。
おまけに汗を流した後は、酷い疲労感と虚無感に襲われることになる。
僕は一体どうして、あんなことをしたのか。そのことに意味はあるんだろうか。そもそも僕が生きていることは、無駄なのではないか。
自己肯定感が低下し、軽度の鬱状態に陥(おちい)る。そんな時、僕はなぜか自分が少しだけ賢くなったような気分になる。
決してそんなことはないのだが。
後始末を終えた後は、風呂に入る。体を洗うためだ。
注意しなければならないのは、体を洗う時の力加減である。これをミスると、再び自分はあの発熱状態に襲(おそ)われることになる。
別に風呂場なのだから清掃は楽だがダウナーな気分に陥るのがこの頃にはイヤになっているので、なるべくそうならないように心がける。
ただたまにそうなってしまった時には、タオルで自分の体をしごくように擦(こす)るのだが。
風呂から上がると腰の毛を整える。
整えるといったって元がもじゃもじゃなのだから大していじりようがないが、それでも気持ちばかり櫛を入れたりする。
それから顔を洗う。この時は必ず冷水を使う。あまり体を温めすぎると、疑似的な発寝る状態に襲われるからだ。
朝であれば、外に出かける。散歩がてら、朝食を買いに行くのだ。
僕は春が好きだ。ちょうど心地よい春の陽気は心を和やかにしてくれるし、桜の美しさには心を揺り動かされるものがある。曲がりなりにも日本に住む一員として、和の美意識を持ち合わせているのかもしれない。
出会いと別れの季節、というのもいい。
僕にはどちらの言葉もあまり縁はないが、そういう人生の節目というのはなんだか素敵な気がする。生きる醍醐味、人間としてのドラマ。そういうものへの憧れみたいなものが僕にはある。
ふと足を止めて考える。
黒茸にとっても、ドラマはあるのだろうか?
人間の一生みたいなストーリー。そういうものを日々の生活から見出すことはできるだろうか?
少し考えてから、僕はある、と思い込むことにした。
だって映画には、人間以外が主役のものだってある。
犬や猫、猿や鮫(さめ)が活躍する作品だって観たことがある。
それなら黒茸が活躍するものだって撮ることは可能なはずだし、むしろ上映されてしかるべきだと思う。もしも銀幕デビューできたら、僕も一躍時の人だ。間違えた。時の黒茸だ。
ただそれには一つ、問題がある。
そう、僕を覆う謎の四角形のことだ。
これのせいできちんと姿が見えない。
このままでは主役の姿がまるで見えない、よくわからない映画になってしまう。
それに呪いのせいで、有名黒茸になっても誰とも握手も、ハグもできない。ファンを悲しませることになってしまう。
近くの河川敷から、子供達が遊ぶ声が聞こえた。
ごっこ遊びのようだった。
女の子達がきゃっきゃと戯(たわむ)れている。
女の子の一人が、最近流行りの魔女娘の真似をして必殺技の名前を叫ぶ。
その光景を羨ましく眺めていた。
僕の真似をしているのは、大抵男子だ。
それもかなりの侮蔑(ぶべつ)の意思をひしひしと感じた。
ため息。
気分が落ち込んだので、続きは次に会った時にさせてくれ。
そうだな、その時には映画の主役らしくヒロイン――ではなく、僕が片想いをしている女の子の話をしよう。
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