第21話 『現在地』特定?

 ────水上かえでの自室


 全体的にピンク色の家具の多い、いかにも女の子女の子とした部屋──それが水上かえでの部屋であった。

 本人はどちらかといえばサバサバとした真面目な子であるのだが、実際の中身は年相応に……寧ろ精神年齢は実年齢より低い。


 水上かえでは机に向かい、授業の復習をしながら、ふとスマホをみた。

 通知は来ていない。

 彼女は茂木恋からのメールの返信を待っていた。

 以前に茂木恋からのメールが返ってこないことでヒステリックを起こした前科持ちの彼女であったが、心の成長を遂げた結果、今回は自傷行動に走るようなことにはならなかった。


「茂木くん、今日もどこかでお泊まりなのかな。まさか白雪さんたちの家にお泊まりしていたりして……一応聞いてみよっかな」


 茂木恋が告白の返事をし、3人とも彼女になるという奇妙で歪な関係になった後、水上かえでらはメールアドレスの交換をした。

 まだ仲良しというわけではないが、茂木恋の恋人たちに嫌悪感を覚えてはいない水上かえでは思い切ってメールを送ることにした。


「まずは白雪さんから……『茂木くんって今日白雪さんの家に泊まってますか?』……これでよし。藤田さんにも……『茂木くんは今日藤田さんの家に泊まっていますか?』」


 ほぼ同じ文面を2人に送る水上かえで。

 授業の復習を一通り終えたところで、スマホが鳴った。


『水上さんはじめまして。恋様はうちにはいませんよ。何度誘っても、来てくださらないのです』


「……白雪さんって見た目と裏腹に大胆な性格なんだよね。何度も誘ってるなんて……もし私がそんなことをしてたなんて知ったらお母さん卒倒しちゃうかも……『茂木くんに連絡がつかないので心配だったのですが、そうなんですね。ありがとうございます』」


 返信を送ったところで、再び着信が来た。


「ん、藤田さんからだ……『かえでちゃんヤッホー♪ 弟くんは今日はうちにいないよ〜! 今度かえでちゃんも一緒に泊まりたいのかな?』……今度泊まりたいの……かな?」


 水上かえでは訝しげな顔になる。

 藤田奈緒から来たそのメールは明らかに、茂木恋が藤田奈緒の家に泊まったことがある前提でのものであったからだ。

 そこで、水上かえではあることを思い出した。

「茂木くん、前にバイト先の家でお泊まりしてたって……あれ絶対藤田さんちだ。私の家には宿泊しに来てくれないのに……後で問い詰めよう。『藤田さんちにはいないんですね。今度一緒にお泊まりできたら良いですね』……これでよし。いや、良くないよ。結局茂木くんどこにいるのかわからないもん」


 メールを返信して水上かえでは机にぐたぁっと伏せる。

 せっかく正式に彼女になれたというのに、早速音信不通になってしまうとは幸先が悪い。

 水上かえでは、いくら冷たく接されようと彼のことを嫌いになることはないと確信しているが、それでも寂しいものは寂しかった。


 彼の行方がわからぬまま、今度は週末の小テストに向けて英単語帳を開こうとしたその時。

 再びスマホに着信が入った。


「白雪さんかな……って……えっ……?」


 小さな手からスマホがこぼれ落ちる。

 画面には、茂木恋からのメールが表示されていた。


『水上かえでさん。他に好きな人ができました。告白はなかったことにしてください』



 *


 ────ホテル 一室


 有栖川絵美里が部屋を去ってから一晩経った。

 学校がある日なので、茂木恋はいつも通り朝早くに目が覚めてしまったが、スマホが手元にないため日課としているグラブルができなかった。


「あああ……毎日グラブらないと禁断症状が……そういえば絵美里ちゃんとアニメ鑑賞した時にBlu-ray再生したのってパソコンだったよな……!?」


 茂木恋は気付いてしまった。

 ネット環境があれば、グラブルはスマホからでもパソコンからでもアクセスできるということに!


 朝活を忘れない茂木恋の行動は早い。

 パソコンを立ち上げてみると、案の定パスワードのロックなどはかかっていなかった。

 ここはエナジードリンクを完備したインターネットカフェか。


 早速グーグルで検索し公式のホームページへと飛ぶ。

 PCブラウザでのプレイを選択して、メールアドレスとパスワードを打ち込んだ。


「よしっ! 起動できたぞ! 昨日のアサルトタイム逃したのは結構痛いなぁ。グダグダ言ってても仕方ないからとりあえず今できることでもするか」


 早速1日1回限定のクエストをワンタップでサクサクとこなしていく茂木恋。

 それとなくフレンドからの救援要請を見てみると、そこには『みりん』というプレイヤーからの救援要請が出されていた。


「って、絵美里ちゃん普通にグラブルしてるんだけど!? 俺を誘拐しておいてどうしてそんな平然としてられるんだよ!!」


 平然と他人のパソコンからグラブルをログインする高校生が何やらツッコミを入れた。

 もしかすると、ボケかもしれない。


 茂木恋は鋼の精神を持っているので、救援要請の出ている彼女のクエストに乗り込んだ。


「『お邪魔しま〜す』音声付きスタンプでも打ってやる…………って『いらっしゃ〜い』って普通スタンプに返されたんだけど! 絵美里ちゃん絶対俺をからかってやがるな……」


 パソコンの前で茂木恋は怒りでワナワナと震えた。

 こうして、槍を持った風属性のボスを倒しながら、彼らのスタンプ合戦──というより有栖川絵美里によるスタンプ返信が始まるのだった。


『ねえ、ここから出してよ』

『救援を待とう!』

『もうおにぎりがなくなっちゃったんだけど』

『ごめんなさい』

『というか良いの?パソコンなんて使ったら助けを呼ばれちゃうかもしれないよ』

『チャンスね♪』

『そうだよ。チャンスなんだよ。早く俺を止めにこないとダメなんじゃない?』

『チャンスね♪』

『この薔薇ババアめ……』

『トレハンちょーうだい』

『あ、ごめん。スキル回すから殴らないで』

『ハイ!』

『そうじゃなくって! とにかくここから出してよ』

『離席します』

『ちょっと待って! 交渉はまだ終わってない!』

『ラカムゥゥゥ!!!』

『強制的に会話を終わらせる裏技使わないで!!!!』


 銃を持ったトレハン打つキャラのスキルでトレハンレベルがマックスになったのを見計らって、『みりん』もとい有栖川絵美里はボスにとどめを刺す。

 ルームから抜けた有栖川絵美里にもう彼の言葉は届かなかった。


「ちくしょう……絵美里ちゃん俺をからかいやがって…………あっ、琴ドロップした! みりんさんにスクショ送りつけるか……ってツイッターもログインしないとダメなのか。パスワード忘れちゃったよ」


 茂木恋が覚えているのはグラブルのパスワードだけであった。

 本当であれば普段使いのメールもブラウザからログインしたいところではあったが、パスワードを忘れてしまったのだから仕方ない。


 パスワードを忘れるということは、パスワード設定をするサイトごとに別のものを使っているからなのである。

 たまに、どのサービスにおいても、同じパスワードを用いる人がいるがそれはやめた方がいいだろう。

 大文字小文字数字にできることなら記号も混ぜた強固なパスワード設定を心がけよう。


 有栖川絵美里と一緒にグラブルをするのがなんとも忍ばれる茂木恋は、一旦ゲームをやめて別のことをすることにした。


「ここがどこなのか最低限知っておかないと助けも呼べないしなぁ……GPSとかって使えるかな」


 パソコンの設定を見てみるが、そのような機能は備わっていなかった。早速だが、万事休すである。


「いやもうこれ終わりでしょ……場所の特定無理だ……遠い彼方の土地に飛ばされてたらどうすんだよこれ」


 そう絶望しかけたその時である。

 茂木恋はこういう逆境に立たされた時の頭の回転は非常に早い。

 自分の知り得る情報を繋げに繋げ、絶対にあり得ない選択肢を外していくのである。

 パソコンで誘拐される直前にいたコンビニの周辺地図を開いた。


「俺が誘拐される直前、夕方だった。時間は正確には覚えてないけど、今の時期の日の入り時間を考えたら、たぶん18時……いやもう少し遅くだ。そして目が覚めた時間は19時だったから、俺をホテルのこの部屋に入れる時間も考えて、移動時間は30分も取れなかったはずだ。そうなると、自ずと選択肢は限られてくる」


 車での移動時間が読めないため、自転車で30分で行けそうな場所に目星をつけながら茂木恋は探した。


「ホテル……ホテル……意外とホテルってたくさんあるんだな。これじゃあ選択肢が多すぎる」


 一瞬諦めかける茂木恋。

 しかし、光琳高校前の駅近くのホテルを探していたところで、最近よく見聞きする文字列を発見する。

 それはまさに、今回の騒動を引き起こした彼女の名を冠したホテルだった。


「有栖川ホテル……これ、聞いたことあるぞ。歴史のある高級路線のホテルだ」


 有栖川ホテル──それは国内最大規模のホテル会社である。

 観光地から、ベッドタウン、そして都内までありとあらゆる地域に一つはある高級ホテル、それこそ有栖川ホテルだった。


 そして、もちろん有栖川絵美里とこのホテルの名が一致していることを茂木恋が逃すわけがなかった。


「絵美里ちゃん、そういえば将来が変わらないとか言ってたよな。それって……確実に家を継ぐことになるからじゃないのか? 有栖川ホテルの規模なら、相当な財力だ。黒服の1人や2人雇うことも簡単だ。……すべて辻褄が合う」


 勝利の雄叫びとともにエナジードリンクを一気飲みする。

 咳き込んで冷静になった茂木恋は、部屋を見回して自分の推理に違和感を感じた。


「いや、やっぱりおかしい。これはブラフだ。有栖川ホテルに俺は宿泊したことはないけど、内装がこんな質素なわけがない。仮にも高級ホテルだぞ。もっと安いホテルだここは。それに、絵美里ちゃんがあんなに場所がバレることを懸念してなかったというのは有栖川ホテルじゃないってことの裏付けだと思う。だけど光琳高校前駅近くの安いホテルとなると選択肢が……いや待てよ」


 今日の茂木恋はやはり勘が冴えていた。

 有栖川ホテルの公式サイト、そしてwikiを確認すると、茂木恋はグッと拳を握った。


「見つかったぞ……シティホテル有。有栖川ホテルの傘下のホテルだ」


 途方もない量の選択肢は、彼の気付きによって一点へと収束した。

 そして、助けを呼ぶ算段も既に彼の中では出来上がっていた。

 こんな絶望的な状況でも、あの藤色髪のお姉ちゃんには連絡を取る手段が残されていたのである。


 詰め将棋のように茂木恋は有栖川絵美里攻略の道筋を立てていく。

 心を病んだ女の子を落とすのは、茂木恋の専売特許である。

 完璧に作戦を練り、有栖川絵美里の次の襲来を待つのだった。

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