144話 久しぶりの検証のはじまり

 ギリムというドワーフがいる。

 ゴーレム作成が生きがいの短気で気のいい親父(17歳)である。

 初対面のときは迷彩ゴーレムで俺たちを追い詰め、ホルンの首をグニャらせてきた。

 その後、彼の大事なものを見つけてきたことで打ち解けたことは覚えているだろうか。

 俺は忘れていた。


「コレとコレとコレと、あぁ違う、それは爆破用じゃった」


「ヒッ、物騒なモン投げるのやめろ!」


金属の塊がまたひとつ、俺の足元に転がってくる。

空中都市の人気のない家屋の一室。

今やそこはギリムの鍛冶場出張所と化していた。

金床だの溶鉱炉?のような設備だのがギチギチに並んでいて、たいへん窮屈だ。

さっきまで影も形もなかったコレらがどこからやってきたのか。


「ドクンちゃん解説よろしく」


「ギリムちゃんの『召喚のペンダント』は、特定の物品を異次元から出し入れできる魔道具ね。アイテムボックス――空間魔法と違って、前もって登録した物にしか使えない省機能な召喚魔法よ」


 適当にふっても即答してくれる、元リッチドクンちゃんすごい。

 でも召喚されていないとき、この道具たちは空間魔法内にあるらしい。

 それでも分類は召喚魔法なんだってさ、ややこしい。

 深掘りすると話が終わらなさそうなので黙っておく。


「流れるような解説をありがとうマイファミリア」


「お安い御用よマイマスター」


 ドワーフを見守ることしばし。


「うむ、鉄はこれで全部じゃな」


 そう、一族の家宝である『召喚のペンダント』を見つけてあげたことで、ギリムが仲間になったという経緯だったのだ。

 そしてギリムは今、俺を修理するための材料を準備してくれているのである。

 積まれた金属の山は1メートルほどにもなり、リビングアーマーの一部も混じっている。

 まさに鎧騎士の素材だ。

 これだけあればいつかのシルバーゴーレムサイズの体が作れそうだ。


「お主には恩義もあるし、脱出のために喜んで力を貸したいと思うし、真心こめた魔法鎧を影も形もなく壊されたことを全く根にもっていないが、全部は使い切らないでくれるとありがたいんじゃが」


「めちゃくちゃ根に持ってるじゃん、ごめんて」


 リザードマン村から発つとき、ギリムに作ってもらった鎧を覚えているだろうか。

 ドクンちゃん用スペース完備だったり、魔法の武具を召喚できる特注品だ。

 毎度の激戦でいつの間にか消えていた。

 俺は忘れたふりをしていた。

 ギリムは覚えていた。

 それが今ネチネチ怒られている経緯である。


 ともかく俺には新しい体が必要だ。

 進化と同時に出来上がった今の体=鎧は骨製なうえにボロボロ。

 自動回復スキルのおかげでHPは持ち直してきたけれど、鎧が直る気配はない。

 これからリザードマン村へ向かう道は、ギリムが攻略済みなので敵こそいないだろうが、舗装された道路を気楽に歩いていくわけじゃあない。

 今のオンボロボディではとても長距離を歩けない。

 だからまずはユニークスキルを試しがてらコンディションを整えようってわけだ。


 以前、ゼノンがスコーピアンの死体に向かって固有スキルを使い、体を補強していたのを見た。

 同こようにできるはずだ。


<<デュラハナイズ:無生物一つを素材とし自身の体を再構築する>>


 鉄の山に手をかざし、宣言する。


「ユニークスキル、『デュラハナイズ』――うぉっ」


「あぶなっ」


 五感が消える直前、ドクンちゃんの声が聞こえた。

 どうやら相当無防備な状態らしい。

 光に包まれて肉体が再構築される流れは進化に限りなく近い。

 動けないどころか感覚すべてを失うとなると、戦闘中に体を乗り換えていくような芸当は難しいだろうな。


(さながらヒーローの変身シーンだな)

 

 所要時間は30秒ほどか。

 気が付くと俺は片膝をつく体を見上げていた。

 本体である首は案の定ドクンちゃんに抱えられていた。

 つくづく気が利く使い魔である。


「サンキュー、ドクンちゃん」


 体を操作して、首を抱えさせる。

 首無し騎士の宿命とはいえ、片手が塞がるのはやはりやりづらい。

 と、同時にこの手間を誇らしく思う気持ちも湧き上がってくるから不思議だ。


「……結構使いおったな」


「ありがとう、そしてごめんギリム!」


 ごっそり減った鉄塊の山に向かってギリムが呟いた。

 どうにか埋め合わせしないと、焦る俺である。

 

 さて新作ボディをチェックしよう。

 まずシルエットに大きな特徴はない。

 にぶい光沢が最高にクール。

 概ねリビングアーマーと似た、シックな意匠だ。


「おぉー、いいじゃんいいじゃん!」


 男の子的テンションが上がるというもの。

 腐った死体から始まり骨と皮を経て、鎧になったと思うと感慨深い。

 最強アンデッドに近づいた感じがするぜ。


「ちゃんと頭はマスターぽいしね」


「ですわね」


 ドクンちゃんとアイリーンが同意してくれるが、ちょっと待ってほしい。

 試しに手を兜に突っ込んでみるが、中には生首じゃなくて魔結晶が詰まっている。

 つまり兜と頭が同一化したということ。


「『俺っぽい頭』ってどういうこと!?」


「んー、ドクロっぽいデザインになってる」


「大丈夫それダサくない? ドクロモチーフはイタいおじさんすぎない!?」


 やたらジャラジャラして若者に混ざりたがる香水のキツイおじさんにはなりたくないよ。

 リアルにドクロだったのと、ドクロモチーフ着ちゃうのは事情が違うよ。


「相変わらず分けわからんこと言っとんの」


 デザインにこだわれるなら次回はクールなデザインを念じつつスキルを使ってみようと固く決心する。

 その後、試運転も兼ねて跳んだり跳ねたりしてみたところ、不具合はなかった。

 ただし不満点がある。

一挙手一投足に音が鳴るようになったことだ。

残念だが奇襲や偵察には不向きになってしまった。

消音仕様の鎧は作れるんだろうか。

首は抱えれば済むけど音は困るな。


「ふふ、マスターは今こう思ってる。“首がとれているのは許せるのに”って」


 テーブルに腰掛け、短い脚を組んだドクンちゃんが告げる。

 はい、その通りです。


「もう気が利くのレベルを超えているドクンちゃん、どうぞ続けて」


 勿体ぶった咳払いの後、古の魔族が説いた。


「不定形だった魔族が自分たちの姿を形作ることで、種別としての結束や役割を担うようになったっていう話は覚えてる?」


「あぁ。この世界のオールスターと戦ってるうちに没個性に悩んだっていうね」


 ファミレスで明かされた魔族の歴史であり、思い切りの良すぎる方向転換だ。

 ドクンちゃんは最初の『種別:リッチ』でもある。


「今や魔族にとって個性は誇りであり、存在の証明なの。これは信条とか精神的なものじゃなくて、本能レベルの潜在意識。マスターで言えば『デュラハンらしいデュラハンでなければならない』という呪縛を常に受けているってことなのよ!」


 見事なキメ顔。

 そういえば思い当たる節がある。

 デュラハンに進化した直後、ゼノンがこんなことを言っていた。


『どうして僕が首を抱えているか分かったかい? 種族として在り様に異常なまでに固執する修正――一種の呪いが魔族にはあってね。デュラハン一族は、“自らの首を抱える姿”がそれにあたるのさ』


 まとめると、俺はデュラハン的な在り様に固執しているんだよ!とドクンちゃんは指摘したわけだ。

 ……申し訳ないけどピンとこない。


「そんなこと思ってないけど?」


「ちょっと何言ってるか分かりませんわ」


「ワシもじゃ」


 ドヤ顔のドクンちゃんに悪いけど、実感がない。

 アイリーンとギリムも同様の感想だ。

 ちなみにホルンとバブルはまだ伸びている。

 そういえばこの話題って進化したての頃にゼノンが言いかけていた気がする。

 やれやれ、とドクンちゃんが続けた。


「だってマスター、首をわざわざ抱えなくたっていいじゃんって思わない? 適当に胴体にくっつけちゃえばさ」


「それはそうだけど、なんか違うだろ」


 元も子もないこと言うので、元も子もない反論しか出てこない。

 ……ん?


「なんかって何? ねぇ何?」


「……そりゃあ、首つけちゃったらスタイリッシュじゃないとか色々あるでしょ!」


 ドクンちゃんの追撃に違和感を覚え始める。

 たしかに、いやでも……。

 “当然の話をしているだけなのに反論が苦しいのは一体なぜなんだ?”


「今までは首ついてたのに何言ってるんですの?」


「合理性を欠いてまで片手を塞ぐ理由なのか?」


 二人までボロクソに言ってくる。

 “《俺|デュラハン》を否定しやがる。こいつらは何もわかってない”。

追撃は止まない。


「騎士というわりに剣と盾いっしょに持てんしのぅ」


「それで言うとナイフとフォークも持てませんわね」


「ドクロ、ダサいし」


「う、うるせーーーーーー!!」


 自分でも情けないが、パニックになってしまった。

 考えがまとまらない。

 自分の中で相容れない価値観が、思考を走らせて抑えられない。


「それよマスター!!!」


 強烈な触手パンチが頭を揺らした。

 1ダメージも入らない衝撃だったが、こんがらがった考えは飛んで行った。

……えっと、つまり?


「自らが定義した姿に縛られることこそ魔族を魔族足らしめてるって話。以上解説おわり。わかってもらえた?」


 ようやく言葉の意味を理解できた。

 たしかに魔族としての価値観が、合理的な判断を邪魔していた。

 首を抱く不吉なる騎士こそ唯一絶対という価値観という呪縛。

 もはや倫理と言い換えてもいい。

 獣性のコントロールを覚え始めたところで、また似たような厄介ごとが増えたもんだ。

 これからは自分の思考すら鵜呑みにできないのか?

 色々無理じゃない?

 あとシンプルに悪口言われなかった?


「なるほど、ゼノンが言いたかったことの合点がいったぜ。つまりデュラハンらしさを保ちつつも、理想のボディを追い求めなきゃならないってことだな」


あと俺のドクロはダサくない


「何やらワシの力がまだまだ必要そうじゃな」


 腕が鳴るわいとギリム。


「素材もね」


 露骨に嫌な顔するなよギリム。


 デュラハンの検証その1。

 ユニークスキルによる肉体の再構築の検証は一区切りとしよう。

 もちろん、検証が済んだら理想形の考案、からの材料探しと先は長い。

 検証その2はスキルについてだ。

 進化直後のどさくさで、まるで確認できていなかったメッセージがある。


<<はく奪済みスキルに配分されていたスキルポイントが存在します>>

<<未配分スキルポイントとして還元します>>

 

「――ってメッセージの解説よろしくドクンちゃん」


 しれっと表示されていたメッセージを、しれっと解説依頼する。

 身内に最高クラスの知識人がいると本当に助かる。


「わかんない。 少しは自分で考えようよ? こどもじゃないんだから」


「急に言い方きついじゃん泣いちゃう」

 

 訂正、助からない。

 そうだね、なんでもすぐ聞くのはよくないよね。

 前世なら検索すれば済んだんだけど、ここにはゴーグルもヤホーもないんだ。

 自分のスキルは自分の目で確かめるしかあるまい。

 

 進化するたびにスキルの羅列が長大化するステータス画面を見てみる。


(スッカスカじゃん!)


 アンデッドから魔族への進化でスキル構成がガラリと変わった。

 聖や火の耐性スキルが低いのは同じだけど、魔法系のスキルが減って武器や運動系のスキルが増えている。

 のだけど大幅に減ったスキルに比べ、増えたスキルが少ないせいでシンプルに見えるのだ。

 まるでデュラハンがスキル貧乏な印象を受けるけど、原因がすぐに分かった。


<<未配分SP:89>>


 これだ。

 古城の激闘、そして進化により多くの経験値を手に入れた。

 しかし俺たちモンスターの成長は鈍い。

 伸び盛りのゾンビ時代と違い、レベルアップに必要な経験値は増え続け、もらえるスキルポイントは今や雀の涙の希少部位だ。

 以上のことから察するに89ものスキルポイントは、純粋に獲得した量じゃないと考えられる。

 となると例のメッセージ――『未配分スキルポイントとして還元』された『はく奪済みスキル』が意味するところが見えてきた。

 進化にともなって減ったスキルは魔法に関係するものが多い。

 先のデュラハン解説と照らすと、はく奪されたスキルとは『デュラハンとして相応しくないために、未取得に戻されたスキル』じゃないだろうか。

 そしてはく奪されたスキルに振っていたポイントが、未配分ポイントへ入ってきたと。

 結果、スッカスカスキルのデュラハンが誕生してしまった。


「よくこんなんでマン爺に勝てたな……」


 システムを理解していない無課金初心者プレイヤー状態では、この先心もとない。

 さっさとスキルを獲得してしまうべきだ。

 だけど、どれから?


「アイリーン、ギリムちゃん、マスターにスキル振らせると日が暮れるよ。なにか別のことしよーよ」


人間族と違い、モンスターの俺はもらえるスキルポイントが少ない。

さらに必要なポイントの要求値まで高い(傾向にある)。

今回みたいなスキルポイントの振り直し方法はいまだ見つからない。

もしかすると存在しないかもしれない。

つまり絶対に無駄遣いできない。


「そう言われましても」


 そもそもデュラハンに相性のいいスキルの目星がついていないではないか!

 だってデュラハンのボディが検証途中なんだもの。

 ボディの素材や形、どういう戦い方をするかでスキル構成はいくらでも変わるだろう。


「ならワシの荷物整理でも手伝うか」


「えー」


「戦利品とかありませんの? いい感じの鈍器とか」


 まさしく卵が先かニワトリが先か、だ。

 スキルポイントの消費は不可逆だ。

 しかしを温存はできる。

 ……落ち着いてスキル構成を練れる時間はいつとれる?

 歩きながらいけるか?

 大量のスキルポイントをぶら下げて冷静に歩けるか?

 

 待てよ? もしもスキルポイントをドレインするモンスターがいたらどうする!?

 取り返しがつかないぞ!?


 果てしない思考の渦に巻き込まれた俺。

 3人の雑談は耳から耳へと抜けていった。

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