130話 穿ち砕く

 眼窩から引き抜けば『愚者の瞳』の効果は失われる。

 つまりアイスブランドを拾って丸裸な俺が、ゲイズに視認された。


「さあ、終わりにしようや!」


 ゲイズの全ての瞳と目が合った。

 俺の後方から飛ぶ瓦礫弾(テレキネシス)と光線の援護を受けながら一気に攻め込む。

 ついでにファンガスに操られたモンスターを盾とする。

 

 荒れ狂うゲイズの攻撃は、しかし的確だ。

 モンスターの合間を縫い、雷撃を飛ばしてくる。

 が、冷気を高めたアイスブランドをブチ当てれば、砕けるような音とともに雷をかき消せた。

 目論見通り、マン爺とホルンからの魔法を防ぐため、ゲイズから俺の攻撃は最低限の出力に抑えられている。

 ならば躱すのは簡単……じゃないけど不可能なレベルじゃあない。

 もちろんタイミングをミスれば致命傷に変わりない。

 

 この程度の死線、今までもくぐってきたさ……!


「イツまでも通じるよオモウなよ」


 ゲイズの闇魔法が弾け、無数の細い光線が散った。

 なんなく躱した俺だが、黒い閃光は壁に当たると、反射を繰り返してホルンのほうへ伸びていく。


「ぐあああっ!」


 ――!?

 ホルンの悲鳴。

 俺狙いの攻撃じゃなかったか。

 反射するトリッキーな弾道に、ホルンが防御が間に合わなかったのかもしれない。

 ホルンの安否が気になるが、今だけは立ち止まれない。

 光線が止んだということは、ゲイズが俺たちに割ける力が増えるということ。

 急いでケリをつけなくてはならない。


 ファンガスに操られたモンスターが、火煙に追い立てられる。

 その行く先にはゲイズがいある。

 殺到しては、ゲイズに焼却されていく群れ。

 その流れに乗じて接近する。

 数秒後、背後から瓦礫が飛んでくる気配。


(『ドクンちゃん行くぞ!』)


(『あいさ!』)


 念話で呼吸を合わせる。

 モンスターの群れを割り、剣を構えた俺がゲイズに肉薄する。

 同時、ゲイズの頭上から瓦礫弾が降り注ぐ。

 

 俺と瓦礫弾の二面攻撃。


 ”弾”とはいえ大人何人分もあろう重量だ。

 繊細な目玉を潰すには十分な威力である。

 瞬時に判断したゲイズは頭上の瓦礫弾へ破壊魔法を連射を開始した。

 そして俺の方には黒い炎を壁として展開し、阻んでくる。

 これじゃ俺の刃は届かない。


「”ときめき☆スプラッシュ”!」


「ム!?」


 降り注ぐ毒液がゲイズの視界を奪い、粘膜を侵した。

 空中に舞うドクンちゃんの仕業だ。

 マン爺の瓦礫弾にこっそり乗り込むよう打ち合わせていたのである。

 そしてゲイズが瓦礫弾を砕いたことにより、ドクンちゃんからゲイズへの射線が通った。

 あとはお得意の毒液をありったけブチまけたことで、ゲイズの主眼は一時的に効力を失う。

 つまり俺を阻む壁が消える。


「もらった!」


 打ち付けるかのような一撃。

 そして間髪いれずの”フロスト――


(弾かれた!?)


 目玉に届くほんの数センチ。

 アイスブランドの刃は甲高い音とともに動きを止めた。

 対物理の防御魔法。

 瓦礫弾迎撃後も張ってやがったか!

 ”マインドリーク”で余裕を失くしたと思っていたが読みが外れた。

 ならばホルンとマン爺のダブル攻撃で補うまで。


「ホルン、マン爺!」


 鋭く呼びかける。

 感覚を加速させた俺には、相手の返事より早く、気配で応答結果が分かる。

 しかしホルン、マン爺どちらも動きがない。

 ホルンは負傷として、マン爺はまた限界がきたか。


「”ときめき――ぐえ」


 繋いでくれようとしたドクンちゃんが触腕に弾き飛ばされた。


 計画が瓦解する。

 間もなく視界を取り戻すゲイズによって、魔法の直撃は避けられないだろう。

 迫ってくる死に怯えている暇はない。

 できることをするしかない。


 全身の骨を最速で組み替える。

 イメージは一点突破の近接兵器。

 腕は一本で十分。

 両脚は地面に固定できるよう、3本に増やす。

 大剣を装填した、巨大な銃。

  

 ――パイルバンカー。

 前世で崇拝した、架空の兵器。

 火薬などで弾丸に代わり、超至近距離で杭を打ち出す兵器。

 どんな分厚い装甲も貫く漢のロマン。

 己が体を装置と化し、ただ一回の穿孔に命を賭ける。 

 この変形を数秒でやってのけるあたり、さながら超ロボット生命体じみてきたと言えよう。


 理屈抜きの最大攻撃力をぶつける以外に道はなし。


「射出!」


 アイスブランドを解き放つ。

 ……溜めた一撃はしかし、乾いた音とともに止められた。

 

「くっ」


 時間切れ。

 ゲイズが、ゆっくりと瞼を開く。

 憎悪に燃える瞳が俺を見据える。

 周囲にマナの高ぶりを感じる。

 感覚が鋭敏になったことを抜きにしても、時の流れが遅い。

 これが死ぬ瞬間のアレってやつか?


 ――あぁ、ここまでかよ。

 

「まだですわ!」


 突風。

 煙を吹き飛ばし、部屋全体がクリアになる。

 ファンガスに寄生されたモンスターの群れ。

 跪くホルン。

 うなだれて動かないマン爺。

 変形したものの絶対絶命の俺。

 俺を見下ろすゲイズ。

 上空を舞う聖女とドクンちゃん。


(!?)


 聖女は邪視で気絶していたはずじゃ。

 そして今の突風は……マン爺か?


 ゲイズの視線が聖女に移った。

 聖女に邪視耐性はない。

 すぐに無力化されてしまうだろう。


「マスター、もう一回よ!」


 触腕に弾き飛ばされたはずのドクンちゃんが聖女の背中にくっついている。

 空中で合流したのだろうか。


 そして邪視を一身に受けているはずの聖女は、

 落下することもなく、突風に乗ったまま猛然とゲイズへ迫る。

 その体は淡い光を帯びており、時折火花のような現象を生んでいた。

 魔法と魔法がぶつかり合ったときの現象に似ている。

 どうやら何かしらの護りが働いていると見える。


「お飾りのまま死んでたまるかああああ!!」


 腹の底から響く怒声とともに、聖女のメイスが打ち下ろされた。

 物理攻撃である以上、ゲイズの防御魔法は破れまい。

 そう思っていた俺は目を疑うことになる。


「バ、かな!」


 閃光。

 そして派手な破砕音と共に、メイスは不可視の殻を破り、ゲイズに一撃を浴びせた。

 脳天に埋まったメイスが再度光り、しゅうしゅうと焦げ臭い匂いが立ち昇る。

 ……嫌な光だ。

 本能的に顔をしかめている自分に気が付く。

 なるほど、『聖女』に由来する力ってわけか。


「マスター、ぼーっとしてないで!」


「お、おぅ!」


 苦痛にあえぐゲイズは、まだ防御を再展開できていない。

 俺は迅速にパイルバンカーの再装填を急ぐ。


 ……急ぐのだが、再装填はすぐには終わらない。

 なぜなら一発限りの大技のつもりで構築したからだ。

 連続で打ち出す設計になっていないのである。


 ゲイズの体が明滅する。

 まずい。

 直感だが、ゲイズ中心に焼き払う系の魔法が来る気がする。

 それならば視力がなくても関係なしに攻撃できるだろうから。


「うわわ」


「きゃっ」


 聖女を振り払ったゲイズが魔法の発射準備を完了する。

 一方で俺の装填は一テンポ、いや二テンポは遅れている。


「キエロ」


 確実に間に合わない。

 しかし仲間という助けは俺を見捨てなかった。


「おおおおおおお!!」


 風と嘶き。

 続く衝突音。


「グエア!!」


「ホルン!?」


 聖獣の証たる一本角。

 それがゲイズの側面に深々と突き刺さっていた。

 負傷したホルンが、まさかの体当たりをかましてくれたのだ。


「詠唱妨害をかけられた故、こうするしかなかったのだ」


 どこまでも不本意を表明するやつである。

 しかし不本意のおかげで準備は整った。


「決めろ、フジミ!」


「マスターいけー!」


「頼みましたわよ……」


 ガキリ、と骨が噛みあう音がする。

 角を引き抜いたゲイズが、俺に向き合うよりも速く――


「射出!!」


 蓄えられた力全てが一撃へ転換される。

 ただ真っすぐ、純粋に打ち出すだけであるが故の爆発力。

 アイスブランドの切っ先が鱗を穿ち、剣ごと体内中枢へ達する。

 噴きだした黒い血が俺を染める。

 震えるゲイズの口から、言葉は出ない。

 ただ充血した目で睨むだけだ。


「”フロストバイト”」


 最も冷たきアンデッド――ドラウグル。

 その指先は全ての命から熱を奪う。

 例え相手が造物主であろうとも。


 勇者に封じられ、復活を目論む魔族の一人は、その願いとともに砕け散った。

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