56話 悪戯

 人妻に誘惑されたものの、のらりくらりと回避し続ける俺。

 それに業を煮やしたのは人妻に密かに思いを寄せる青年だった。

 「俺の代わりにあの親子を幸せにしてくれ」って言われても……ていうか人妻は未亡人だったらしい知らんがな。

 「じゃあユーがパパになっちゃえよ」って雑に背中を押してみたらあれよあれよと二人の仲は急接近。

 恋の仕掛人として名声を高めた俺であった。


「マスター、また嘘導入してる」


「あながち嘘でもないんよ……」


 ギリムと彼のゴーレムに村の警備を頼み、俺たちは再び探索に出た。

 メンバーは俺、ドクンちゃん、トリスケ、ホルン、リゼルヴァだ。

 オニスケ一体を村に置いてきたから、スケルトンの上限は一枠空いている。

 出先でいい感じの新スケルトンがゲットできるといいなあ。


 別部隊の働きもあって、はぐれた村人はほとんど集まったそう。

 残りも早いところ見つけてあげたいものだ。


「ねぇホルンそろそろ乗せてよ」


「断る」


「ケチ馬め」


 今の俺はホブスケから受け継いだ全身鎧を着こんでいる。

 先日ギリムに鎧を預けて、俺の体に合うよう調整してもらったのだ。


 間違っても肩にトゲとか翼とか謎の宝珠やらがついていない、ストイックな。

 ファンタジーオタクな俺だけど、ああいうゴッテゴテのは自分で着るには抵抗があるよ……。

 勇者みたいな超イケメンなら許されるのかもしれないけどね。


 フルフェイスだと口から魔法が撃てないため、兜は頭だけ覆って顔面は露出している。


 ほかにも小さな注文をつけていて『俺専用アーマー』に仕上がっている。

 

「ほんとは仲良いくせにぃー」


 鎧の腹部をカパッと開けてドクンちゃんが顔をのぞかせた。

 注文の一つがこれ、『おなかポケット』だ。

 空洞な腹を収納スペースとして活かすため考案した。

 普段はもっぱらドクンちゃんの持ち運び空間だけど。


「ずいぶん歩いたわりに何も出ないねー」


「早いところ宝を見つけて安心したいところだ」 


 リゼルヴァがぼやく。

 リザードマン一族の宝については依然として行方がしれない。

 人間の頭くらいの大きさの黒い宝珠らしい。

 

 使い方はまだ教えてくれないが、俺はドラゴンのタマゴなんじゃないかと睨んでいる。

 だってドラゴンを信仰する一族の宝だぜ?

 大きさからして、パカッと割れてベビードラゴンが生まれてもおかしくないし。

 横取りなんてしないから、一回ナデナデさせてくれないかなあ……。

 

「むむっ」


「どうした?」


 立ち止まった俺にホルンが声をかけた。

 何かを察知したと思ったんだろう、正解だ。

 俺は指にはめた『探知の指輪』が小刻みに震えていることに気がついた。

 

「近くにアイテムがあるみたいだ」


「どっちの方向だフジミ」


 この指輪は付近にアイテムがあると震えて知らせてくれるのである。

 リザードマンの宝を探すのにはもってこいの便利グッズなのだが、ざっくり近いか遠いかしか分からないのだ。


「近づいてる、ってことしか分からん。歩いてみるかしかないな」


「はぁ……この森の中を探して歩くなど、どれだけ時間がかかるかグハッ!」


 文句を垂れたホルンに天罰が下った……ではなく、何かが顔面に投げつけられた。

 ごとり、と重い音を立て地面に転がるそれ。

 悶絶するホルンをよそに、のぞき込む一同。


「ボーリングの玉、じゃないな」


「なんだろね、木の実?」


 南国が舞台のギャグマンガならよく落ちてくるよね、ヤシの実。

 しかし目の前の物体は木の実にしては美味しそうに見えない。


 大きさは人間の顔と同じくらい。

 卵型の球体で表面はつるつるして反射している。

 色は濃い黒で、穴こそ開いていないけどボーリング玉に似ていた。


 人間の頭くらいの大きさで、黒い、球体……。


「……ていうか、一族の宝じゃね?」


「そう、なんだろうか」


 リゼルヴァに同意を求めると、歯切れの悪い返事。

 そっか、族長しか実物を見たことがないんだっけか。

 とにもかくにも鑑定してみる。


<<竜の黒卵?:アイテム 未使用 レアリティ:レジェンド>>


<<???すると???する???>>


「竜の黒卵、だそうで――」


「一族の宝だーーーーー!!!!」


「うおっビックリした」

 

 リゼルヴァが珍しく取り乱した。

 そうか、これが一族の宝なのね、そりゃ驚くよね。

 俺の貧弱な鑑定レベルだと『?』が多すぎてどう使うか全然分からないや。


「にしても、なんで降ってきたんだろ。上からドラゴンが産み落としたとか?」


「だったらホルンちゃん、もっとえげつないダメージ負ってると思うよー」


 空を見るが至って平和だ。

 原因はさっぱり謎だけど、念願の品を見つけたんだ。

 さっさと帰ろう。

 

「おい、ホルン起きろ。一旦帰るぞー」


「さ、触るな……」


 まだ悶えているホルンをぺちぺち叩く。

 しょうがないので木彫りの女神像を起動して、顔面に乗せてあげた。

 聖なる自動回復フィールドは俺には毒なのですぐに離れる。


 その間にリゼルヴァは、革ひもを器用に使って卵を腹にくくりつけていた。

 お母さんが赤ん坊をだっこするときのアレによく似ている。

 早く持ち帰りたいのか目に見せてソワソワしていた。

 冷静キャラな彼女にしてはこれも珍しい。


 パーティーリーダーとして、焦れるメンバーをたしなめる俺。


「そう焦りなさんな、ホルンが回復したら慎重にグッハ!!」


「マスター!?」


 衝撃。

 そしてそこそこ削れるHP。

 とれそうになる頭を押さえると、俺はダメージの正体を探す。

 すぐに見つかった、足元に落ちている黒いものだ。

 俺に衝突し、落下した余韻でゆっくり転がっている。


 こんなデカくて硬い、ボーリングの玉みたいなものが落ちてきたらそりゃあ……


<<竜の黒卵?:アイテム 未使用 レアリティ:レジェンド>>


「どういうこと!?」


「わ、私はなにもしてないぞ!?」


 それは紛れもなく『竜の黒卵』だった。

 リゼルヴァが胸に抱いているものと同一のアイテムだ。

 一瞬、リゼルヴァが俺に向かって叩きつけたのかと思ったが違うらしい。


 現に、卵は二つあるのだから。


「一族の宝って二つあったの!?」


「そんな話は聞いていないぞ!」


「でも実際――」


「マスター危ない!」


 ドクンちゃんの警告にとっさに俺は身をかがめた。

 瞬間、そこを何かが掠める。

 掠めたそれは重い音を立てて地面に落ちた。


「まさか……」


 恐る恐る振り返る。

 二度あることは、三度ある。


<<竜の黒卵?:アイテム 未使用 レアリティ:レジェンド>>


 三つ目の、『竜の黒卵』。


「いやあああああああ!」


「リゼルヴァが壊れた! 怖がる顔こっわ! こっっっわ!」


「マスターもリゼルヴァちゃんも落ち着いて! 敵襲よ敵襲!」


 一族の宝バーゲンセールに錯乱する俺たち。

 その姿を見つめる奴らがいた。


「いい加減にしろ! 樹上を見んか!」


「ず、じゅ、樹上?」


 ホルンの喝に導かれ木々の間をよく見れば、そこには小柄な動物が腰かけていた。

 パッと見は猿だ。

 サイズといい体のつくりといい、そっくり。

 しかし、よく見てみると顔の作りがずいぶん違う。


 一言でいえば凶悪。

 吊り上がった目は意地悪そうにぎょろぎょろ動き、耳まで裂けた口が耳障りな声を発している。

 汚れた鋭い歯と長い舌。

 長くとがった耳は一瞬エルフを彷彿とさせたが、似ているのはここだけだ。

 鼻は低く、鼻孔が開いているだけ。

 細い手指に針のような爪をもっている。


 ゴブリンより貧者だが、その分悪知恵が回りそうなモンスター。

 そいつらが四匹、並んで枝にかけていたのだ。

 まるで混乱する俺たちを見せ物にしているかのように。


「ギャハハハ!」


 ……訂正、見せ物にしていた。

 だって指さして笑ってるもん。


 何より目を引くのは、一匹が抱える物体だ。

 それは黒い球体で……よそう、言うまでもなく四つめ『竜の黒卵』だ。

 正直、おなかいっぱいである。


 一族の宝が大量生産されている状況……どう考えても異常だ。

 たぶんこの卵、偽物なのでは?

 鑑定結果をよくよく見ると『竜の黒卵?』になっているし。


「うおっ、やっぱり投げてきやがった」


 見えていれば避けるなど簡単だ。

 軽くかわしてやるとブーイングのようにモンスターたちがわめいた。

 そして逃げるように森の奥へ跳ねていく。

 枝から枝へ飛び移る身のこなしはやっぱり猿だ。


 なんだこいつら、むかつくな。


「あ、あぁ……一族の宝がこんなにたくさん……雑に」


 リゼルヴァはまだ取り乱しているようだ。

 最後のほう若干冷静になっていた気がするけど。


「とにかく追うぞ! ぶっちゃけ弱そうだけど腹立つ!」


 とっ捕まえて逆に卵ぶちこんでくれるわ……!


「あやつらが『一族の宝』の手がかりを掴んでいそう、だからであろうが!」


「あっ、そうだ! それな!」


 すっかり復帰したホルンにどやされつつ、俺たちは小型モンスターを追いかける。

 と、後ろからリゼルヴァの狼狽した声が聞こえた。

 

「待ってくれ! 四つも運べないぞフジミ!」


「そんなの置いていきなさい!」


 どうせ偽物っぽいし。

 なんなら後で取りに戻ればよかろう。

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