26話 花生える

 


 柔らかな日差しのようなものが降り注ぐ。

 さわやかな風のようなものが、生い茂る木々のようなものを撫でる。

 ……そう、ここは本当の森ではない。

 アイテムボックスという亜空間に再現された、偽りの自然である。


 そんな森の中を、俺たち一行は進んでいた。

 かれこれ一時間は経ったが未だ壁にも扉にも行きつかない。

 異常だ、この部屋は広すぎる。


「宝箱どころかモンスターすら見つかんねぇよ」


 今までの部屋は、最大でも30メートル四方くらいだった。

 なのにこの部屋はなんだ。

 東京ドーム何個分の広さなんだ。


 暇を持て余したドクンちゃんが新入りに絡みだす。


「ねぇ全力疾走してみてよ、ひまー」


「それで壁に激突したら死ぬであろうが」


 おやおや新入りくんはシャイなようです。

 最近の我がパーティーは実に賑やかだ。

 俺、ドクンちゃん、ゴブスケ、ホブスケ、トリスケ。

 フュージョンミミックは今まで留守番をさせてたけど、連れて歩くことにした。

 優秀な荷物持ちが加入したからだ。


 そう、元ユニコーンの……あれ?


「元ユニコーンや、お前さん名前あんの?」


 フュージョンミミックを背中に括りつけ、カポカポ歩く『ほぼ白馬』。

 額についている切り株のようなものは、切り落とされた角の名残だ。

 かつては聖獣としてイキり倒していた彼。

 俺に敗れ、助命と引き換えに角を落とされた哀れな一角馬。

 よって今では、きれいな、ただの、馬である。


「名前はもたぬ。『様』をつければ好きに呼んで構わん」


「そっかじゃ、インp……だと直接すぎるから『不全様ふぜんさま』でどうだろう。悪の親玉みたいで素敵――いたあい」


 頭突きされた。角があったら刺さってたぞ。

 折れたシンボルから連想できるナイスネームだと思ったんだけどな。

 考え直していると、フュージョンミミックに乗るドクンちゃんが挙手した。


「食パンみたいに真っ白い男だからー、食パンマ――」


「やめてそういうの! まんまだから! もとのやつの!」


「ふぇ?」


 きょとんとした顔でシラを切るんじゃあない。

 気の抜けたような声も実にわざとらしい。

 

 しかし名前か。

 スケルトンじゃないからXXスケは使えないからな。

 白、馬、角……うぅむ。


「じゃあ『ホルン』な、決定」


「おい『様』はどうした?」


「よろしくね、ホルン」


 角笛をホルンと呼んでいた気がする。

 もっと競走馬チックな名前のほうがよかったかな。

 でも長いから呼びづらそうだもんなあ。


「むっ」


 元ユニコーン改めホルンが立ち止まった。

 空を見上げているが、偽りの太陽と雲しか俺には見えない。


「空ではない、何やら声が聞こえるのだ」


 動物だけあって耳がいいな。

 どうやらこの先で争う声が聞こえるらしい。


「ちなみに人間?」


「残念ながら」


 とにかく急ごう。

 小走りでしばらく進むと、たしかに音が聞こえてきた。

 喧嘩の怒鳴りあいというか、動物の縄張り争いというか。

 間違っても楽しい雰囲気ではない。


 声に混じって何かの衝撃音と、枝葉の揺れるざわめきも届いた。

 何かが木をどついているのか?

 音に集中していたせいで、俺の反応は遅れてしまう。


「マスター危ない!」


「おおっ!?」


 片足を掴まれ、俺はあっという間に宙づりになっていた。

 逆さの視界に広がるのはバカでかい花。

 大きさにして直径3メートルはあるだろうか。

 

 形はヒマワリに近いものの色合いは青黒く不健康で、まったく夏の趣じゃない。

 大木のような茎が地面から伸び、巨大な花を支えていた。

 二階建て一軒家くらいの、俺史上最大サイズのモンスターだ。

 なんとなく太陽の塔を思い出させる。

 

 茎からはいくつものツタが分岐していた。

 その一つを手足のように操り、俺を捕らえたようだ。

 

<<Lv44 種族:植物 種別:ヒドラプラント>>


 ガパァ……


 丸い花の中央が割れてグロテスクな口内が露わになった。

 トゲのように鋭い歯が、几帳面なほど隙間なく立ち並んでいる。

 植物のくせに肉食アピールが甚だしい。


「うへぇ! 古典的植物モンスターや!」


「わくわくしとる場合かー!」


 ドクンちゃんがぷんぷんしている。

 わくわくもするよ、初登場だぜ植物系は。


 これから圧勝しちゃうのが心苦しいがね!

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