8話 新たなる仲間、散る
ゴブリンの部屋では”使い魔契約のスクロール”が手に入った。
今度は何が置かれているか楽しみだ。
脱出の糸口になるアイテムなら嬉しい。
そのためにはまず、アイテムを守るモンスターを倒さなくては。
正確には守ってるんじゃなくて、一緒に閉じ込められてるモンスターだけど。
「待ってろよ! 見えない敵め!」
果たして闇の奥で待ち構えるものとは……!
「フツーにスライムやね」
スライムやレイスと見せかけておいて、強敵が待ち構えるということもなく。
自分のファンタジーオタクっぷりが逆に興を削いでいる疑惑さえある。
ゴブスケに松明で天井を照らさせる。
頭上に張り付き、蠕動するデカい粘液。
それらが天井一面に張りついている……10匹くらいか。
「フツーに気持ち悪いな」
モンスターの体内というか、胃カメラ映像というか。
相手が透明かつ部屋が薄暗いから分かりづらかった。
一匹のスライムは、中型犬1匹は包めるくらいのサイズだ。
有名な国産ゲームに出てくるようなファンシーな顔はついていない。
ただの、デカい、粘液だ。
「ほれ」
ゴブリンの骨を放ってみる。
不快な音を立ててスライムが落ちてきた。
視覚か嗅覚があるのだろうか。
すぐに近づいて骨を覆ってしまう。
粘体に包まれ、骨がみるみるうちに溶けていく。
けっこう殺傷能力あるぞ、スライム。
同じ材質が小さくなっていく様を見て、骨化した俺は背筋が凍る。
そうだ、鑑定してみよう。
<<Lv11 種族:不定形生物 種別:ダンジョンスライム>>
ダンジョンスライムとな。
ほかにも種類がいるらしい。
さて早速片づけていくか。
ちゃちゃっと奥の宝箱を頂戴しよう。
舌のない口で呪文を唱える。
「”シャドースピア”」
闇魔法の初級呪文だ。
かざした手に黒い光が集まり、槍状になって飛んでいく。
まるで影が伸びていくよう。
うごめくスライムに刺さると、影は薄れて消えた。
フフ、ついに魔法を操れるようになってしまった。
少年のころの俺に教えてあげたい。
いますぐナントカ破の練習をやめて、モテる努力をするんだと。
「効いてるコレ?」
「ばっちり!」
スライムは喋らないし、鈍いのでリアクションが分かりづらい。
よーく観察すると、命中させたスライムの動きが緩慢になっているような。
かつ床に広がっていってるような。
もう一発撃ちこんでみる。
すると水のように床へ拡散し、動かなくなった。
よし、この調子でドンドコ倒していこうじゃないの。
宝箱まで直線に進路を確保していく。
骨を投げる。
スライムが落ちる。
シャドースピア。
それの繰り返し。
「さすがマスター」
「もはや皮肉にしか聞こえん」
楽勝すぎた。
見えてるスライムに誰がひっかかるかっての。
ちなみにドクンちゃんの毒液は効かなかった。
毒に耐性があるみたい。
魔法がなかったら骨が折れるぞー……なんつって。
ゴブスケは松明で照らすだけだ。
だって彼、溶かされるから。
そんなこんなで宝箱にたどり着く。
実にあっさり素晴らしい。
箱の大きさは電子レンジくらい。
微妙な大きさだ、少なくとも武器じゃなかろう。
俺としてはクールな剣とか欲しいんだけど、今回は違いそうだ。
「いざ、オープン!」
「テレレレー」
ドクンちゃんがBGMを足してくれる。
こいつは俺に憑依したときに記憶の覗いたようで、
向こうの世界のネタも普通に突っ込んでくる。
もっと雰囲気を大事にしたほうがいいと思うよ。
さて中身はというと……
<<木彫りの女神像 アイテム レアリティ:コモン>>
<<祈ることで自動回復フィールドを発生させる>>
ワイン瓶サイズの置物だ。
使いまわせる回復アイテムか。
こりゃゲーム序盤なら重宝されるな。
しかしリアルで見ると携帯性が最悪だ、この大きさは。
……あー、だからアイテムボックスにしまわれてるのね。
それとは別に――
「この顔、見覚えがあるような」
思い出した、転生の女神だ。
俺に聖剣を持たせて使い捨て配達係にしくさった性悪女。
ケッ、像になってもすました顔しやがって。
これから毎日、使い倒してやるからな……ケケケケケ。
「マスター、笑うとカタカタしてヤバイよ。テラーマンだよ」
いけない俺としたことが。
つい妄想に支配されてしまった。
気を取り直して残りのスライムを倒していこうか。
そのときだった、目の前の空間が歪み始めたのは。
空間魔法の兆候だ。
楽勝タイムはここまでか。
どうやら勇者は俺をどうしても消したいようだ。
ゴブリンに続いて次の刺客を送りこむつもりらしい。
何故かって?
たぶん魔王を倒すどさくさで、俺を殺した証拠を隠したいんだろう。
言いふらすつもりなんてないのになぁ。
陽炎のように空気が揺らぎ、外界の景色が見えてきた。
どうやら夜らしい。
松明を掲げた勇者がこちらを覗いている。
いつ見ても無駄にイケメンだな。
お前も骨にしてやろうか。
「ワイトとスケルトン……?」
俺たち一行を見て勇者が呟いた。
思ってた俺と違いました?
「ドクンちゃんもいるよ!」
俺の肩でドクンちゃんが跳ねる。
勇者は明らかに困惑している。
まるで人の顔に何かがついているかのような……。
あっ、顔に何もついていないからか。
前回あったときはダストゾンビだったもんね俺。
あとドクンちゃんもいなかったし。
それにゴブスケも。
訝しげに勇者は問う。
「お前、フジミ=タツアキか?」
おおー久々に自分の本名聞いたよ。
アイテムボックスの所有者だけあって知ってるのね、内容物のこと。
ここは素直に答えよう。
「人違いですよ」
「嘘つけ、お前のようなワイトがいるか!」
怒られちゃった、さすがに騙せなかったか。
普通のワイトは俺とは違うらしい。
「これで終わりだ、消えろ」
こえぇ……。
勇者が指で首をかき切る真似なんかしていいのか?
歪んだ窓は閉じていった。
代わりに現れたものがある。
ーー巨大な芸術品だ。
それは天井まで届きそうなほどの巨大なオブジェだった。
全面が銀色の光沢を帯びている。
壁に備えられた松明。
ゆらめく炎が像を照らし出し、像は鈍い煌めきでそれに応える。
なんとも幻想的な風景だ。
岩のようにも見えるオブジェは、大まかに人間をかたどっていた。
デッサン人形を彷彿とさせるシンプルさだ。
顔はもちろん筋肉なんかの細部も彫りこまれていない。
とはいえ体格はかなりずんぐりしている。
俺とドクンちゃんとついでにゴブスケは、
圧倒的存在感を放つそれをアホみたいに口を開けて眺めていた。
「殺風景な部屋とマッチして雰囲気あるわね」
「無駄にロマンテックではあるな」
ドクンちゃんの意見に賛成。
この部屋一室が現代アートの展示会に見えてきた。
ゴゴゴゴ
まあ、勇者がインテリアを送ってくるわけないよな。
地鳴りのような音とともに、銀像が動き出す。
まるで生きているかのように首を巡らせ、俺のほうを向いた。
そして目も鼻も口もない顔面に、赤い光が一点灯ったではないか。
光は目のように俺を捕捉する。
ブゥゥゥン……
しかも起動音つきで。
やだ、めっちゃカッコイイじゃん……!
<<Lv43 種族:魔法構築物 種別:シルバーゴーレム>>
「レベルたっけえ!……ってうぉい!」
瞬間、シルバーゴーレムの目から赤い光線が放たれる。
ゲーマーの危険予知能力は伊達じゃない。
とっさに盾にした宝箱は光をうけて爆散した。
全身の骨が衝撃にカタカタ共振する。
いきなりビームかよ。
「さすがに大人げなくない? 言うてワイトだよ、俺!」
だけど遠距離攻撃ができるのは、お前だけじゃないんだぜ?
ワイトの華麗なる闇魔法を喰らうがいい!
「”シャドースピア”!」
闇の力が放たれる。
影色の槍がゴーレムに突き立つ! ーー直前で消失した。
「えっ!? どういうこと!?」
まるで火の中に綿を投げ込んだように儚く。
ノーリアクション、ノーダメージ。
「銀に闇魔法は効かないわ!」
「そんなんありかよ!? あぶねっ!」
赤いレーザーが頭蓋をかすめる。
まるで門番のようにゴーレムは近づいてこない。
一定間隔で俺にレーザーを撃ち続ける。
「ときめきポイズン!」
ドクンちゃんの毒液が飛ぶ。
見事に顔面にぶち当たったが、これも反応なし。
「生き物相手じゃないとダメみたーい……あっ、ゴブスケ!」
いきなり走り出すゴブスケ。
命令した覚えはないんだけど!?
死霊術のレベルが足りないせいか、制御に失敗したみたいだ。
向かう先にはシルバーゴーレムの光る目がある。
意外と俊敏だ。
あっという間に距離を詰めると、握りしめた骨を振りかざし――――
グッシャアアアア
「ゴブスケーーーーー!!!」
あえなく叩き潰された。
ゴブスケ、お前の死は無駄にせんぞ……すでに死んでたけど。
「ドクンちゃん、今のうちに逃げるぞ!」
「いやよ、ゴブスケを一人で置いていくの!? 置いていくなんてアタシはやだよぉぉぉぉ!」
泣きわめくドクンちゃんを脇に抱える。
俺としても残念だ、けど。
……泣くほど思い出あった?
悔しさとゴブスケを置き去りに、撤退を試みる俺たちであった。
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