第23話 散歩しますわ

 とある春の日。いつも通りシュエリアの部屋に呼び出された俺は扉の前で突っ立っていた。

 何故中に入らずに扉の前で立っているのか、それは今、シュエリアが着替え中だからである。



「なぜ人を呼び出しておいて全裸なんだお前」



 これが俺がシュエリアの部屋に入って最初の一言。

 そしてこの後に蹴り飛ばされて部屋の前で待つように言われて、今に至る。



「シュエリアー! まだ入っちゃダメなのかー!」



 もう待ち始めてから10分程するし、流石に着替えにしては時間が掛かり過ぎではないだろうか。

 そう思って俺が声を掛けると部屋の扉が開いた。



「入らなくていいですわ、これから出掛けるのだから」

「……は?」



 シュエリアは部屋から出てくると俺の手を引いて歩き始めた。



「あの、すみません。意味わからないんですが?」

「だから、出掛けるんですわ」



 そういう意味じゃないんだよな……。

 まさかと思うが、デートとか言うんじゃあるまいな……。



「なんで、何処に出かけるんだよ」

「なんでって、強いて言うなら暇だからですわ」

「なるほど、思ったよりいつも通りで安心したわ。しかしどこに出かけるのか答えてないぞ」



 何処に行くかによってはマジでデートみたいになってしまう。

 そしてそれは姉さんとかにバレると非常に不味いのでもっと慎重に行うべきで……。



「特に何処でもないですわねぇ……何てことの無いただの散歩ですわ」

「マジか……ただの散歩……」

「ですわ」



 なるほど、ということは一応、デートでは無いようだな。

 しかしそうなると余計に気になるのはコイツの恰好だ。



「それにしても、今日は随分とおしゃれだなシュエリアさんや」

「……そうかしら?」



 そう、シュエリアさんは今日に限っておしゃれなのだ。

 いつものキャラTとかではなく、いかにもお嬢様っぽいような外着用の装飾の少ないシンプルなドレスを着ているのだ。



「なぜ散歩にその恰好をしてきたんだよ」

「別にただの気分ですわ。二人きりでお出かけだから気合入れてるとか、そういう乙女な理由は全くないですわ」

「さいですか」

「さいですわ」



 なるほどな……気分か……。

 まあ、そういう日もあるわな。



「で、何処に行く?」

「んー、そうですわねぇ……公園?」

「そうか、そうするか」



 そうと決まればと、シュエリアと俺は近所の公園に向かって歩き始めた。

 しかしまあ、相変わらず手を繋いだままである。



「ところでユウキ」

「ん?」

「散歩って何するんですの?」

「お前何しに来たの?!」



 コイツ自分から散歩する為に俺を連れ出したんだよな? なんで散歩の内容知らねぇんだよ!



「何しにって……ユウキと…………散歩?」

「おま……お前ホントは何も考えずにとりあえず俺を連れ出しただろ?」

「……ソンナコトナイデスワ」

「お前なぁ……」



 まあ正直、そんな事だろうとは思ってたよ……散歩するのにこの格好だもの……。



「散歩っていうのはアレだ、景色とか見ながらのんびり歩きながら、いつもと違うところを探してみたり、逆にいつもと同じ風景に落ち着いて癒されたり、そんなものだよ」

「ふむ、なるほどですわ…………あら、あんなところで猫が交尾してますわ」

「お前人の話聞いてた?」

「聞いてましたわ? いつもなら中々お目にかかれない光景ですわ」

「いや……うん」



 そりゃまあ……確かにそうなんだが。



「あそこには青〇してるカップルが居ますわ!!」

「お前の発見力凄いな?! っていうか声デカイ! 聞こえたら気まずいだろうが!」



 っていうかなんでこんなにアレな場面とばかり遭遇するんだろう、春だからか、そういう季節なのか?



「あっ……なんだ、ただのウ〇ーリーですわ」

「え?! マジでっ?!!!」



 それは凄くないか? コスプレだとしてもちょっと見てみたい……。

 というか、ただのウォ〇リーってなんだ、なんでちょっと残念そうなんだコイツ、交尾と〇姦にはあんなにテンション上がってたのに。



「そしてそれを追いかけているであろうパトカーの銭〇警部と気球で空から捜索しているル〇ン三世が……」

「銭〇さんが追いかけてるのはルパ〇の方じゃないか?!」

「なんて話しているうちに目の前からわたくし達の散歩をデートと勘違いしたのかキレ気味な笑顔で迫ってくるシオンが居ますわ」

「それはヤバいだろ?! 逃げるぞ!!」



 そういって俺はシュエリアの手を引いて走り出した。

 姉さんはかなり走りが早いけど、撒くのはこれで結構慣れている、なんとかなるだろう。



「散歩って意外と楽しいですわねっ!」

「こんな散歩特殊過ぎるわ!!」



 散歩っていうのはもっとのんびりまったりしたものだと思う。

 少なくともこんなイベント盛りだくさんの散歩とか嫌だわ。まったく落ち着かん。



「はぁ……はぁ……」

「あら、もう撒いてしまったの? 流石にストーカーを姉に持つと脱走スキルも上がるものですわねぇ」

「……はぁ。そうだな」



 こっちが息を切らしているというのに、シュエリアの奴は随分と余裕そうだ。



「ユウキ、疲れましたの?」

「ん? ……あぁ、まあちょっとな」

「ふむ。なら公園に早く行きますわよ」

「……ならの意味がわからねぇ……」



 それ単に疲れてても知らんからとっとと行くぞってことだよな……。



「ていっても、姉さんに見つかると不味いから、遠回りしないとな」

「そうですわね、また面白いものがあるといいのだけれど」

「……ソウデスネ」

「なんで片言なのよ」

「いや、別に」



 正直、これ以上面倒な事になるのは嫌だから、来るにしても程々のイベントでお願いしたい……。



「それにしても、こうやって大した目的も無く街を見ていると、意外と今まで目に留まらなかったお店とかがある物ですわね」

「まあ、そうかもな」



 これはなにもいつも見ている景色でも違って見えるとかいうような気分の話ではなく、どちらかというと現実的な理由に基づく話だ。



 いつもなら外出する際はある程度用事が決まっているから同じような道ばかりを通るが今日は姉さんとの遭遇もあったし、公園に行くことにはしたが特段用事があるということでもなかったからいつもとは違う道を意図的に歩いたりしていたのだ。



 だからこそ見えてくる、近所だけれどいつもは通らない道、見慣れない景色、知らない店。



「とはいえ、お前が好きそうな店はないけどな」

「そうでもないですわよ?」

「というと」

「ほら、あそこ」



 そう言ってシュエリアが指さしたのはパン屋だった。



「バターロールとか、あるかしら」

「それはわからんが、そうだな、お前パン好きだもんなぁ」

「ということで、行きますわよ」

「……行きますか」



 いつもなら「公園いくんじゃないのか」くらいは言っておくのだが、今日の元の目的は散歩だしいいだろう。

 寄り道っていうのはいかにも散歩らしいのではないだろうか。



「バターロールがありますわっ?!」

「おま……静かにしろよ……」

「……うぐ、そうですわね、ちょっとはしゃぎ過ぎましたわ」



 他にお客さんもいないし、店員さんも嬉しそうにはしゃいだシュエリアを見て微笑ましいという感じで見てくれているからよかったが、あまり店内で騒がしくするのはよくない。

 まあお店にもよるかもしれないが、個人としてはパン屋ってなんかおしゃれな喫茶店並みに静謐な空気を感じるのであまり浮いた行動はしたくない。



「じゃあとりあえずバターロールを……」

「8つですわ」

「……食い過ぎじゃね?」

「道中で1つ、公園で2つ、帰ってから3つ、夜食に2つ食べますわ」

「もう既に買わせる気満々で配分決めてんのかよ。まあいいけど」



 正直値段自体はそこまでしないので別にいいのだが、まだ食べたことのないお店のパンをいきなり8つとか、お店には失礼だがあんまりおいしくなかったらどうする気なんだコイツ。

 見た感じチェーン店って感じじゃないからハズレの場合とかあると思うんだけど。



 そう思いながらもとりあえずシュエリアの欲するバターロールと、俺が食べるのにチョココロネを買った。



「ユウキってホントに甘いもの好きですわねぇ……もぐもぐ」

「租借しながら喋らない点は素晴らしいが歩きながら食うのも大概行儀悪いからな?」

「こんなところでまでお行儀よくお姫様する必要ないですわよ。少なくともユウキにはわたくしの素がバレてるんだし……もぐ」

「そういう問題じゃないと思うんだが……」



 まあ、別にそこまで行儀に五月蠅くしなくてもいいとは思うんだけど、なんだろう、やっぱりエルフがこう素行が悪いっていうのはなんかな……。



「もぐ……ゴクン……ふぅ。割とおいしかったですわ」

「割とですか」

「そうですわね、今すぐもう一つ食べたくなる程美味しいわけではないけれど。後で食べられるのがちょっとした楽しみになるくらいには美味しいですわ」

「わかったような、わからんような……」



 またなんとも微妙な例え過ぎて旨さが伝わりづらい。



「まあ、ハズレではないと」

「ですわね。また買いに行くかは微妙ですわ」

「さいですか」

「さいですわ」



 わざわざ買いに行く程ではなかったということだな。



「で、ユウキは食べないんですの?」

「公園着いたらな」

「そう、そういえば公園ってどの道から行くんですの?」



 ふむ。そういえば考えてなかったな。

 何となく裏道っぽいところに来てしまったが、このまま公園に行くとなるとちょっと自信がない。

 地元とはいえいつもは決まった道ばかりを通るから方角と感覚を頼りに歩くしかない……か。



「なんとなく、あっちの方に進んでいけば公園に着く……はず」

「曖昧ですわねぇ……」

「仕方ないだろ、地元とは言え知らない道だからな。方向さえあってればその内知ってる景色も見えてくるだろ」



 そう言って俺とシュエリアは公園があるであろう方向に歩き始め――



「あら、あの建物ってカラ館じゃないかしら」

「……もう知ってる道に出たな」



 ――思ったより早く知ってる道に出てしまった。

 こういう事って意外とあると思う……道に迷った! と思ったら思いのほか知ってる場所のすぐ近くとか……。



「正直もうちょっと知らない道をぐだぐだ歩く件が続くと思ってましたわ」

「まあ、うん。わからないではない」



 俺も正直もう少しくらい時間かかって、色々知らないものを見たり、半分道に迷ったようになったりするかと思ってた。

 まあ、そんな面白くというか、やっかいなことばかりじゃないわな、人生。



「きっと物語を描いている神様は面倒になったのよ、この件」

「そんな神様はいっそ物語の制作降りてしまえ」

「中だるみって怖いもの」

「なんだろう、凄くメタな発言を聞いた気がしないでもない」



 実際、もしそんな神様が居たら迷子で面白いイベントも無くぶらぶらするだけとか避けたい展開ではあるのかもしれない。

 むしろそれならイベント追加しろよって話だが。



「ここからなら公園近いですわね?」

「だな。後は姉さんに合わなければいいだけだ」

「……張ってたりしないですわよね?」

「……無いとは言い切れない」



 あの人の俺に対する直感って結構怖いから、撒いたと見せかけて実は先に待っているとか、ありそうで怖い。



「まあ、行ってみないとわからないだろ」

「ですわね」



 そう言って俺達は公園に向かって歩き始めた。



 ……っていうか今更だけど、公園行って何するんだ……?

 というかこの散歩……いつ終わるんだ……?



 などと考えながらも、とりあえずシュエリアに付き合うのだった。


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