第18話 デート権の行使ですわ
三月某日。秋葉原電気街口。オタクの聖地。
最近の俺にしては珍しくシュエリアと一緒ではない休日にとある事情でここに来ていた。
それは――
「ゆう君っとデートーたーのしーいデートー!」
「……うん」
――俺の義姉、結城詩音とのデートの為だ。
「ゆう君なんかローテンション?」
「人生初のデートがアキバでテンション上がるヤツおる?」
「あー……私とか?」
「でも別にアキバでなくてもいいんだろ?」
「うん、ゆう君と一緒ならお家デートでもいいよ?」
「じゃあなんでアキバ……」
「ゆう君喜ぶと思って?」
「はあ、さいですか」
「うんうん」
まあ確かに? 俺はアキバを見て回るだけってのも好きなくらいにはこの町が好きだが。
かといってそんな俺ですらデートにここは選択ミスだと思う。
「まあいいや。それで? 最初は何処に行こっか?」
「SE〇Aかな」
「ゲーセンかぁ。アキバじゃなくてもよくない?」
「いやそれさっき言ったよね? じゃあなんでアキバ選んだんだよ……様々な娯楽の詰まった街、それが今の秋葉原だろう」
「うーん、そうかぁ……じゃあ行ってみようか!」
そう言って義姉さんは俺の前を歩き出した。
ガン〇ムカフェ方向に。
「待て待て待て!」
「ん? 何??」
「そっちは反対だから!」
「あれ、そうだったの? あはは、間違えちゃったね?」
そう言って義姉さんは今度こそS〇GAの方へ向かった。
「それで、ゲーセンで何するの?」
「んー? クレーンゲームの景品の物色かな」
「ふーん?」
アキバに来るとき、特に目的意識が無い場合はまず手近なところから見て回る、秋葉原は狭いと言われがちだが、何だかんだ言っても縦に広いから結構歩くことになる。
ならあっちこっち闇雲に回るよりはある程度道なりに気になる店に入って行くのが一番だ。
「クレーンゲームってあれだよね、よさげなフィギュアとかを釣り餌に高難易度のゲームふっかけて賽銭稼ぐ箱の事だよね?」
「すげぇ偏見だな……。ちゃんと取れるようになってるよ。出店の射的じゃあるまいし」
「それも大概偏見だけどね……?」
と、下らない会話をしている間にクレーンゲームのコーナーを過ぎにある物に目を引かれた。
「上の階にFG〇のアーケードか」
それは店内によくある看板でありそこにFG〇のアーケードの情報が載っていたのだ。
「義姉さんこれ。見ていきたいんだけど」
「ん? いーよ?」
「よし」
俺は義姉さんの了解を受けるとエレベーターで上へと上がった。
「ここみたいだな」
「わぁー人が一杯だねぇ」
確かに、人が大勢いる。その殆どが艦〇れかFG〇ユーザーなんだろうな。
「あれ、並んでやるの?」
「いや。興味あったからプレイを観察したいだけ。あんまマナーよくないけどさ」
そう言って俺はFG〇をやっている人から少し距離を置いたところで観察を始めた……のだが。
「……よし、次行こうか義姉さん」
「へ? もういいの?」
「うん……」
今の俺にはこの場を離れたい理由がある。
それは、FG〇をやっていたプレイヤーがシュエリアだったからだ。
「なんでアイツがここに居るんだよ……」
「アイツって?」
「シュエリア」
義姉さんにシュエリアが居たことを話すと、義姉さんは全て理解したという様子だった。
「それは監視だね~一応仮にもシュエちゃんはゆう君の嫁さんだからね、私とのデートは報酬の支払いだからいいけど、度の過ぎた行為は許す気はないっていう意思表示じゃないかな」
「それで姿を現したと」
「そゆこと~。いやぁモテる男はツライね?」
「モテてんのか? これ」
単に暇してるシュエリアを放っておいてデートに来ていることに対する嫌がらせみたいなものだと思うのだが……。
仕方なく、俺達はゲーセンを後にした。
「で、次は何処に行くのかな?」
「そうだな……」
ゲーセンにシュエリアが居た辺り、他の場所にも誰かいそうな気もするんだが……。
「ラジ館いくか」
「いいね! アキバと言えばラジ館だよねぇ!」
次の目的地を決めると、俺と義姉さんはラジ館に入った。
「それで、何見るの? ゆう君」
「そうだな……土産は帰りでいいから、カードショップかな……」
「カード?」
「うん」
そう言いながら俺はラジ館の9階を目指した。
「ふぇー、ラジ館ってこんなに高い建物だったんだね」
「以前は違ったと思うけど。縦に空間を利用する日本らしい構造になったよな」
9階へのエスカレーターの最中、なんてことのない雑談。
「さて、着いたぞ。カードショップ」
「ここかぁ~ゆう君何か買うの?」
「いや……一件目からいきなりは買わないよ。ただカードはここが安いのと、購入しやすいっていうのがあるからいつも最初に見るんだ」
「へぇ~?」
「今、デート向けじゃないなぁとか思わなかった?」
「ん、大丈夫。ゆう君の行きたいところ、やりたいことが私の幸せになるからね!」
「……そっすか」
相変わらず義姉さんからの過剰な愛を受けつつも、俺はカードを見漁った。
「ねぇゆう君」
「んー?」
「カードゲーム楽しい?」
「うん」
「誰とやるの? 友達? シュエちゃん?」
「…………野良プレイ」
「え、あぁ……そうなんだ」
俺の野良プレイ発言をボッチ宣言とでも取ったのか、義姉さんから憐みの視線を感じる。
「なんのカードするの?」
「W〇かな」
「白黒?」
「うん。そう」
俺は簡潔にそれだけ口にすると店内のタブレットからカードを見ていく。
「カード見るの、面白い?」
「面白いかどうかは微妙だけど、なんだろう、わくわくするかな」
「そういうもの?」
「そういうもの」
「フーン……」
どうやら義姉さんはカードには興味がないようだ。
というか、俺がこっちに熱中しすぎているのかもな。
「義姉さんはさ、行きたいことろないの?」
「ゆう君の傍かなぁ」
「それ以外で」
「むぅ……そうだなぁ……あっ同人誌、エロ本も見たい!」
「……店内でそういうの叫ばないでくれます?」
「あっ……ごめんごめん、あはははは」
にしてもエロ系か……大丈夫かな、色んな意味で。
でも俺の楽しみばかりに付き合わせるのはデートとして違う気がするしな……。
「メロンブ〇クスにでも行きますか」
「えっちぃのあるの?」
「……うん、まあ。ある」
アキバなら他にもそういう店はいくらでもあるのだが、ここはラジ館に入っている店でいいだろう。別の場所に行くと移動時間と疲労も馬鹿にならないしな。
「で、義姉さんは何が欲しいのさ」
「ん~? 姉モノの本かな」
「ほう」
「できれば弟がお姉ちゃん大好きな本がいいね」
「それ俺の前で言います?」
「ゆう君がデレてくれないから仕方ないの!」
「はあ」
こちらにそれだけ告げると、義姉さんは至って真面目に姉モノの本を探し始めた。
「さて、俺は……お、エルフじゃん」
義姉さんが本を漁っている間、俺は俺でエルフ物の本を探してみることにした。
「……この表紙のエルフ……可愛いな」
俺の目に映るのは銀髪ロングで赤目のエルフだった。
こういう神秘的な印象のカラーバランスをしているエルフは貴重だなと思う。
「でも、なんだろうな」
昔ほど、高揚しない。昔ならお宝発掘した気分でレジに持っていきそうだが、今はそうはならない。
「……多分アレの所為だよな」
俺が考える原因、アレとはシュエリアのことだ。
性格こそ自分勝手の我儘で自尊心の塊のような奴だが、いつの間にか人の輪の中心にいる。
そんな彼女の常識を逸脱した美貌を知っているからか、この表紙のエルフも可愛いけど、シュエリア程ではないと思ってしまう。
「毒されてるな……確実に」
そう、俺が一人ごちると、義姉さんがそばに寄ってきた。
「ゆう君! 見てみて。こんなに姉モノ本あったよ!」
「ん、どれどれ」
義姉さんの言葉に釣られて手元を見ると、確かに姉モノの本がたくさん並んでいた。
「てか殆どが柚〇N´先生じゃん」
「知ってる人?」
「一ファンとしてね」
「へぇ~。おススメは?」
「全部」
「へ、へぇ……」
俺の発言にちょと引いた様子の義姉さんだったが、仕方ない、こればかりは事実だ。
「まあ、ゆう君おススメなら買おうかな! これで勉強してゆう君好みのお姉ちゃんになるから期待しててね!」
「いや、期待とかしないから。なられても困る」
「えぇー」
「いや、なんでそんな不服そうかな。俺等は義姉弟だろ」
「義理だから萌えるんじゃない?」
「ははは、勉強不足だな。実姉だから燃えるということもあるんだよ」
などと、つい姉について語ってしまったが、相手は義姉さんなんだよな。
義姉と姉萌えについて語るとか普通にオカシイな。
そんな事を考えているうちに義姉さんはレジから戻ってきた。
「で、ゆう君」
「ん? 何、義姉さん」
「この本重いから、持って?」
「…………」
何となくそうなる気はしていたが、あまり気のりしない。
なにせ義姉さんは買うと決めると大きな買い物をする人だ。ちまちま買ったりしない。
だからその手にした買い物袋には10冊を超える本が入っている。本というのは意外と重いのであんまり持ちたくない……が。
「持ちますよ」
「わーい! ゆう君優しい~」
「まあ、デートだからね」
「とか言っちゃってそうでなくても持ってくれるのがゆう君だもんね」
「どうかな」
まあ確かにこれがシュエリア相手なら間違いなく言われる前に持つ。でないと文句言われるだろうし。
「次、行きたいところは?」
「ん、そだねぇ……あっ」
「ん?」
俺の問いに何かを思いついた様子の義姉さんはニヤニヤ笑っていた。
なんだ、嫌な予感しかしない。
「このままさ、しす☆こーん行こう?」
「デートにコスプレ喫茶か」
「ダメ?」
「まあ、うん、いいけどさ」
「やったぁ!」
上機嫌で喜ぶ義姉さんを見ていると、いつもこうなら可愛い人なのになと思う。
よく考えたら今日の義姉さんは病み0の綺麗な義姉さんだな。
そして10分後、秋葉原某所、しす☆こーん。
「いら~っしゃいま~せ~」
「いきなり身内かよ……」
喫茶に着いた俺と義姉さんの接客は身内のトモリさんだった。
「2名さま~ですか~?」
「あぁ……はい」
しかし思ったより普通の対応のトモリさんに若干安心した。
義姉さん曰くシュエリアは監視のようだが、トモリさんは違うみたいだ。
「…………浮気ですか?」
「ぶふぁっ?!」
前言撤回。この人も何かしらか俺と義姉さんとのデートに意見があるようだ。
「な、何言ってるんですかトモリさん」
「いえ~シュエリア~さんが~浮気~デ~ト~するらしいと~言っていた~ので~」
「違いますよ! これは――」
「浮気じゃなくて本気のデートだよ!」
「違うわ!!」
「ちぇー、既成事実にしたかったんだけどなぁ」
そう言うと義姉さんはちょっと不満そうな表情を見せたが、この際どうでもいい。
下手に勘違いされる方が後々困る。
「これはただ、報酬を支払っているだけですよ」
「報酬~ですか~?」
話が読めない様子のトモリさんに、俺は一連の流れを話した。
シュエリアがエルフの国を救ったこと、その対価に俺が義姉さんとデートすることになったことを全て。
「なるほ~ど~、そうでし~たか~」
「えぇ……ということで、浮気とかそういう後ろめたいことではないんです」
「わかり~ました~。それで~は~こちらの~お席へどう~ぞ~」
トモリさんは俺達を先導して窓際の二人用の席に案内してくれた。
「それでは~ごゆっくり~どうぞ~」
そう言い残して、トモリさんはメニューを置いて去って行った。
「お客として来るのは何か新鮮だなぁ」
「あんまり視察とかしないの?」
「うん。皆真面目な子だからね。気を付けないといけないのはシュエちゃんくらいかな」
「シュエリアか」
「うん、あの子ゆう君以外に対する接客が塩対応なんだよねぇ。それでも何故かお客さんには受けてるけど」
俺に対する接客も大分問題があった記憶があるんだが……。
アレより酷いとなるとMなお客さん向きなのではないだろうか。
「さて、そんなことより注文だよゆう君」
「ん、そうだな……」
そう言って、この店でのことを思い出す。
そういえばこの店でまともなものを口にしたのは義姉さんが作ったオムライスくらいだったな……。
割と真面目になぜこの店は潰れないのかと思う。
「とりあえず、ドリンクかな」
「じゃあ私も~」
俺と義姉さんの注文が決まると、それを見計らったかのようにトモリさんがやってきた。
「ご注文~は~、お決まり~でしょうか~」
「きまぐれドリンク2つで」
「はい~かしこま~りました~」
トモリさんは注文を取るとキッチンへ消えていった。
「それで、義姉さんはなんでここに来たかったのさ」
「う~ん? ある程度ゆっくりできるところに来たかったから、かな?」
「まあ、そこだけ聞くとデートっぽいよな、コスプレ喫茶でなければ」
「まあまあ、アキバデートだったらこんなもんだよ? 多分」
そう言う義姉さんはやけに幸せそうにニコニコしている。
……まあ、ここまで喜んでくれるなら、デートするのも悪くないのかもな。
本来なら週一の契約だったのに、今回だけで良いと言ってくれてるんだし。少しくらい俺も前向きにデートに取り組むべきかもしれない。
そう思っていた時だった。
「ドリン~ク~二つ~お持ちし~ました~」
そう言ってトモリさんが持ってきたのはグラス越しに赤く見える飲み物だった。
「……まさか血じゃないですよね?」
「あら~、違います~よ~?」
「……そうですか」
トモリさんは天然だが嘘はつかない、恐らく本当に血ではないのだろう。
しかしなんだろう、この嫌な予感は。
「大丈夫かな、これ」
「飲んでみたらわかるよゆう君」
「じゃあ姉さんが毒見を」
「あははは、こういう時は男の子が頑張らないと、ね?」
「いつもなら俺の為にって真っ先に行くじゃないか」
「今はデート中だもん。彼氏に甘えたいの!」
「誰が彼氏か」
そうはいっても確かにこんな怪しい飲み物を他者に先に飲ませるのは悪い気がしないでもない。
そう考えた俺はこの赤い謎の飲み物を口にした。
「ゴクッ……ズズッ……うっ……なんだこれ、普通に不味い」
「またリアクションに困る味だったの?」
「ま、まあ……な」
俺が飲んだ赤い飲み物……正体は恐らく『トマトジュース+炭酸水』だ。
「俺トマト嫌いなんだよ……」
「あー、そういうことかぁ。ゴクゴク……。ふはぁ。うん、人を選ぶねこれは!」
俺の反応を見た後に飲み干した義姉さんも、酷評こそしないものの顔色が悪い。
「ダメ~でしたか~? ……沸き立つ血をイメージしたのですが」
「それを飲ませようという辺りが地味な魔王らしさですね……」
「あら~。照れて~しまい~ます~」
「褒めてないです……」
そう言いながらも、俺も何とか飲み干そうと努力するが、中々進まない。
その時だった。
「苦手なら飲んであげるよ、貸して……ゴクゴクゴクゴク……ふぅ」
「た、助かったよ義姉さん」
「うんうん、こんなことでもよければいくらでもお姉ちゃんを頼るといいよ!」
そう言って俺の分のトマト炭酸水を飲んだ義姉さんは若干ふらふらしていた。
そこまで無理して飲まなくてもいいのにな……。
その後、俺と義姉さんは昼食を摂ったり、フィギュアを見たりと秋葉原を満喫し、夜9時になった。
「そろそろ店が閉まりだす時間だよな」
「アキバの夜は短いよねぇ」
そんなことを言いながら秋葉原にある公園のベンチで一休み。
夜の静かな空気と優しい風当たりが心地い。
「ねぇ、ゆう君」
「ん?」
俺が隣に座っている義姉さんの方を向くと、義姉さんは妙に真剣な面持ちだった。
「どうかした?」
「んっとね、シュエちゃんの事なんだけど」
「シュエリアの?」
急に改まった様子だったから何か深刻な話かと思ったのだが、どうやらそうでもないのかもしれない。
「ゆう君はさ、シュエちゃんのこと、どう思ってる?」
「どうって……うーん、楽しい奴かな」
「そう……でもね、お姉ちゃんが、私が聞きたいのはそう言うことじゃないの」
そう言って義姉さんは立ち上がり、俺を真正面に捉えた。
「彼女の事、異性としてどう見てるかって話」
「シュエリアを……?」
意外だった。義姉さんがそんな事を気にするのが、ではない。
気にしても今まで相手に圧力を掛けて追い払ってきた義姉さんが、それをせず、俺に直接気持ちを問いただしてきたことが、意外だった。
「どうなの?」
「……好き、だと思う」
「そっか……」
言葉を濁したのは、正直に言うのが恥ずかしかった訳でも、義姉さんに気を使った訳でもない。
ただ、俺の中でもシュエリアは特別な存在で、友人のようであり、家族の様であり、そして異性として好ましい存在でもある、だから、言葉に迷いが出た。
俺にとってのシュエリアとは、一体、なんなのか、明確な答えはない。
「ゆう君が素直な子でよかったよ。そっか、シュエちゃんは大事かぁ」
「義姉さんは、嫌、だよな。俺が義姉さん以外を好きなのは」
「……ん。まあ、ちょっと悔しいかな?」
「それだけ?」
「うん」
「でも……」
この人は今まで俺に寄ってくる女性は片っ端から圧力を掛けて追い払っていた。
なのにその義姉さんがただ「ちょっと悔しい」とだけ言う。
これは大変な違和感だ。
「言いたいことは分かるよ? なんでシュエちゃんは追い払わないのかでしょう? でもね、それって簡単な理由なんだよ」
そう言って義姉さんは毛先をくるくる弄っては俺の方を見ずに答えた。
「ゆう君が本気で大切にしているモノを傷つける事なんてしないよ、私は」
「――っ」
そうだ、この人は昔からそうだ。
俺が小さいころ、アイネを連れてきた時も、両親の反発に逆らって、俺とアイネを庇ってくれた。
その後俺がアイネとばかり仲よくしていても一切邪魔もせず見守ってくれた。
昔からそうだ。この人は昔から、俺の幸せだけを、見ていてくれる。
「だから、もう一回聞くね? ゆう君――」
そこで一息つくと、義姉さんは続く言葉を紡いだ。
「シュエちゃんの事、好き?」
「…………」
俺はその言葉に上手く答えられなかった。
自分の中でシュエリアが大切な存在になっていることには、薄々気づいてはいた。
出会った時に一目ぼれしたし、一緒に暮らしてからも、ぐうたらで食欲に素直で、自分勝手でプライド高くて……面倒くさいけど、それが面白い奴で。
一緒に居るのが当たり前になっていること、それがきっと、答え何だと。
「……好きだよ」
「……そっか」
俺と義姉さんの間に、重い空気が流れる。
『…………』
俺の一言からどのくらいたっただろう、しばらくお互いに声を発することも、目線を合わせることも無くただただ時間が過ぎていく。
と、そんな時に、義姉さんが口を開いた。
「私ね、今日は振られるつもりで来たんだよ」
「……え?」
それは意外な言葉だった。あの、俺のことが好きでストーカーまがいのことまでしていた義姉さんが、振られるつもりで?
「ただね、シュエちゃんへの想いを確認したかっただけなの」
「義姉さん……」
「だからね、ううん。でもね? かな、一つだけお願いがあるの」
「お願い……?」
「うん」
そう言って義姉さんは俺の傍に寄った。
「目、瞑って?」
「…………」
この流れは、普通ならキスなんだろうか。
でも、この人はもう、それはしないという確信がある。
だから俺は。
「ん…………」
「ありがと」
目を瞑った。
そして少し待つと、頬に柔らかい感触を感じた。
「はい……終わり。ありがとね? ゆう君。私の我儘聞いてくれて」
「ん……うん」
恐らくあれは頬にキスされたのだろう。
でも、それを咎める気にはなれない。
この人は、俺の事を思って、今回デートに誘ってくれたのだろうから。
「ゆう君、迷わないでね」
「うん」
「逃げちゃダメだよ?」
「うん」
「絶対……幸せに…………なってね?」
「うん……」
この人は、今回の事で俺のシュエリアに対する気持ちをはっきりさせたかったのだろう。
そしてそれは義姉さんの為だけじゃない。俺自身の為に。
「ありがとう、義姉さん」
「いえいえ、どういたしまして!」
俺が、もう既に泣きそうな姉さんにお礼を言うと、義姉さんは涙声まじりに答えてくれた。
本当にいい人なんだ、この人は。
やりすぎもあるが、すべて真剣に俺の事を考えてくれた結果でしかない。
だからこそ、今まで一度も本当に迷惑だと思ったことは、無い。
「さて……振られちゃったサブヒロインはこれからはサブキャラとしてゆう君達のサポートに回らないとね?」
「……はは……うん」
「……あちゃあ」
俺の気の抜けた返事を気にしたのか、義姉さんが俺の方をポンポンと叩いた。
「ゆう君。がんばって」
「……うん」
ダメだな俺は、義姉さんに、振ってしまった人に慰められるなんて。
「義姉さん」
「うん?」
「義姉さんはこれからも、義姉さんだよね」
「……うん、当たり前でしょ? ゆう君は自慢の弟だよ!」
そう言って無理に笑う義姉さん。
そこで「義姉さんこそ大丈夫か」と聴こうとしたその時だった。
「さて、もう帰ろうか?」
「え、いや、でも」
「いつまでもここでくら~い話してても仕方ないよ? シュエちゃんなら暇しちゃうよ!」
「ま、まああいつならそうかもな」
「うんうん。だからね、ゆう君」
そこまで言って義姉さんは一旦区切り、次の言葉を発した。
「家で、シュエちゃんとの時間を大事にして? それがゆう君にする最後のお願いで、我儘にするから」
義姉さんは笑顔でそう言うと、俺の手を引いて歩き始めた。
「ちょ……義姉さん?」
「ゆう君、返事は?」
「え……」
「お返事!」
声を荒げる義姉さん、きっとさっきの話だろう。
「わかった……シュエリアの事、大切にするよ」
「……うん、そうしてあげて?」
俺の言葉を聞いて安心したのか俺の手を離す義姉さん。
「じゃ、ゆう君、お姉ちゃんはこっちの電車で帰るから。ゆう君も急いで帰ってシュエちゃんを大事にね?」
「あぁ……うん」
それだけ言い残すと、義姉さんは改札の向こうの人混みにに消えていった。
そして俺は、義姉さんの背中を見送った後、自身の帰路についたのだった。
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