第6話 わたくしは噛みませんわ?

 シュエリアと出会ってから三ヶ月、新年を迎え、それでもまだまだ春は先の寒々とした日。

 俺はあることを決断した。

 それは。



「おい、バイトしろよ」

「はぁ……?」



 俺は自身の確固たる意志をシュエリアに告げたのだが、シュエリアと来たらものすごーく嫌そうな顔をして抗議の声を上げてきた。

 ったく、せっかくちゃめっ気を入れて某蟹デュ〇リスト風にしてやったのにツッコミも無しか。



「いや、だから、バイトを――」

「わたくしは噛みませんわ。あなたがMなのは知っているけれど、わたくしは噛んであげませんわ? お生憎様」



 シュエリアは面倒くさそうに言い放つとゴロンと転がり肩までコタツに入る。

 このやろう……わざとらしいボケをしやがって。っていうか誰がMだ、誰が……俺か。



 その後も働くというワードからすでに非常にテンションが下がっているシュエリアは俺の話をのらりくらりと受け流そうとしている。



 俺がなぜコイツにバイトをさせようと思ったのか。

 それは単に生活費やこれからの生活のこともあるが、それ以前にコイツの金遣いが非常に荒いせいだ。



 このエルフはこの世界では色々と目立つ姿をしているために基本的には引きこもり生活をさせている。

 だが引きこもってばかりだとどうしても暇になる様で、そうなるとインドアな趣味に手を出すようになり、主に俺の影響でアニメや漫画、ゲームと言ったオタク趣味に染まってしまった。

 結果として非常に金のかかる趣味を持ってしまったシュエリアは毎日のようにネットサーフィン。商品をポチる作業で俺の財布にテロ行為を行っているのだ。



 故にコイツには働いて金を稼がせねばならない。

 このままでは俺が過労死する前に財布の中身が尽きて餓死しかねない。



「そういう意味じゃねぇよ。アルバイトしろってんだよ」

「Rバイトぉ~? なんですの? 年齢制限付きの噛み付きなんですの? まったく、これだからドMは」



 シュエリアは呆れたような様子で「はぁっ」とわざとらしくため息を吐いた。

 あぁ、コイツやっぱりわかってて逃げてやがる。



「冗談はそこまでにして、素直に言うことを聞くのが身のためだぞ?」

「……何? 脅す気なのかしらこの人間は? レ〇プする気ですの?」

「おま……女の子がそういうことを言うもんじゃない、ってかどうしてそんなに嫌がるんだ?」



 俺がそう聞くとシュエリアは怪訝そうな顔をして、その後まるで変態を見るかのような目をした。



「ユウキ、あなたの変態的価値観を否定するようですけれど……犯されたい女の子とか現実には居ないと思いますわよ?」

「そっちじゃねぇよ!!」



 俺の叫びに、シュエリアは「やれやれ」と首を振って応じた。



「……はぁ、わかってますわよ。そうですわね……バイトしたくないのは単純にエルフだから、というのもあるけれど――」



 シュエリアはそこで一区切り付けるとコタツから出て立ち上がり胸を張って答えた。



「――働きたくないですわ! 絶っ対に働きたくないですわ!!」

「お前、それは言いたかっただけなのか、それともマジなのかで俺の方も対応が変わってくるのだがな?」



 本気で言ってるなら問答無用で力づくでも連行するしかないということになるわけだ。



「…………ゴホン。まあ半分本当ですわ。エルフだから人に交じって働くのは無理、という意味で働きたくないのは本当だけれど」

「ん? そうか。ならいい」

「へ?」



 俺の言葉にシュエリアは面食らっていた。

 それもそうだろう、働きたくないのを認めた上で「ならいい」と言われてしまったのだから。

 ただまあ、俺がいいと言ったのは別に働かなくていい、ではないけどな。

 ちなみに、シュエリアの言った「半分」というのはスルーだ。どうせ普通に働きたくないだけだろうし。



「お前でも働ける環境はこちらで手配済みだ。根回しも完了しているからエルフでも問題なし。ってことで行こうか」

「え、ちょ? マジで言ってるんですの?」

「マージ・マジ・マジーロ」

「そのネタは理解者が少ないのではないかしら……」

「懐かしいだろ?」

「いえ、まあ……わたくしからしたらここ最近知ったものだけれど……」



 それもそうか、俺には懐かしくてもシュエリアはこの世界に来たのは三ヶ月前なんだしな。

 とまあ、そんなことはさておき、だ。



 俺は先ほど自分の部屋から持ってきたある物をシュエリアの前に突き出した。



「これは、なんですの?」

「知らんのか、履歴書だ」

「そういう事ではありませんわ? この程度の知識ならアニメで修めていますもの。そうではなく、なぜ履歴書なのか、ですわ」



 なんでって、普通アルバイトにしろ就職にしろこれは書くだろう……といっても、シュエリアが言いたいのはそういうことじゃないんだろうな。



「お前この世界での履歴とかないもんなぁ」

「分かってて出してくるとかなんですの? 嫌がらせですの?」

「いや、そうではない。まあとりあえず住所と名前と年齢とかを偽りなく書いとけ。そしたら大丈夫だから」

「そんなことしたらわたくし、人間じゃないのバレますわよ?」

「いやいや。そもそも、もうバレてるから。あらかじめ言ってあるから」

「…………は?」



 本日もう何度目かの嫌そうな顔を見せてくれるシュエリアさん。

 うん、こういう顔の美少女も結構可愛いかもしれない。

 相手がシュエリアなのは残念度が高いから他の美少女でリテイクしたい。……まあ他に女の子の知り合いとかいないけど。



「店やってるのが俺の身内なんだ。だから大丈夫、問題なし」

「そういう問題ですの?」

「ああ、ちゃんとエルフとかに理解もある人だから問題ない」

「そう……ですの……はぁ、一生遊んで暮らしたいですわ……」



 シュエリアはそれだけいうと、なんかもうすごく気乗りはしていないようではあるが履歴書を書き始める。

 これでもシュエリアは頭はいいし器用なので一通りの字は読めるし書ける。

 というか学生時代が終わり、最近では文字は打っても書かない生活が続いている俺よりよっぽど書ける字も単語も多いくらいだ。




「とりあえず、これでいいかしら」

「ん? どれどれ」



 シュエリアは一頻り履歴書を書き終えて俺に手渡してきた。



「名前、シュエリア・フローレス。年齢163、生まれ……なんでこの世界の暦になってんだ」

「それはこの世界に来た日ですわ?」

「あー……よく覚えてるな。で、経歴は……おま、自宅警備員て」

「仕方ないでしょう? 書かないよりはマシですわ?」

「……まあいいや。そいで、資格――王族はねぇだろ」

「ですが事実ですわ?」



 というかそれを言い出したら職業も王族なのでは……とか思ったが、そもそもこちらに来た時点で廃業ということになるのだろうか。



「…………で、志望動機は、働けと言われて仕方なく……ってお前な、いくらなんでも正直すぎるだろう……」

「偽りなく書いた結果ですわ?」



 と、まあ、わかってはいたけど酷い内容ではあるが、これを本人が書いたというのは中々重要な事実なので、いいとしよう。

 この経歴やなんかもコイツがこの世界で普通に生きられるようになっていければ増えていくのかもしれないな。



「んじゃまあ、とりあえずこれ持っていきますかね」

「え……今日ですの?」

「明日からじゃ本気ださないだろ?」

「…………いいですけれど」



 めっちゃ不服そうだなコイツ。

 まあ俺もいきなり働けと言われて今日からやるぞ! とか言われたら嫌だろうけど、特にこういうのは他人に干渉されると色々問題がある話でもあるし。

 かといってコイツのペースでやらせるとそれこそ「明日から頑張る」という典型的なダメパターンになりそうだからここは心を鬼にしてでも連れて行かなければ。



「で、お前にこれをやる」



 俺はシュエリアに横に置いてあった紙袋を手渡した。



「なんですのコレ?」

「スーツだな」

「コスプレ用の? わたくしは体のラインの出るエロスーツは着ませんわよ?」

「お前俺をなんだと思ってやがるんだ……」

「SM両刀型、鬼畜変態オタク」

「……………………とりあえずその認識は今後改めさせるとして、それは普通の就活などに使われるスーツだ」



 俺の言葉を聞くとシュエリアは袋からスーツを取り出し、うーんと唸った。

 なんだ、何か問題でもあったのか……?



「どうしたんだ? サイズでも合わないのか?」

「…………コレ、可愛くないですわ」

「お前ホンっト駄エルフだな。いいからとっとと着替えてこい」



 シュエリアは「はぁっ」と今度は割とリアルに深いため息を吐くと静々と部屋を後にした。

 ちなみに自室に移動したのは主にこれが理由だ。

 なにしろ更衣室というのか、着替えに適して居たり衣装を収容している部屋が客間からだと遠いので履歴書を取りに来るのもあって俺の部屋で話すことにしたのだ。

 で、数分の後にシュエリアは着替えを済ませて戻ってきた。

 


「これでいいんですの?」



 戻ってきたシュエリアは思ったよりもスーツをキッチリ着こなしていた上になぜか髪型がストレートになっていた。

 いや、正確には縦巻きロールにしていたせいか若干ウェーブがかかっている気がしないでもないのだが。



「なんでそんなちゃんとしてるんだお前」

「ユウキ、貴方ひっぱたきますわよ? これを着るように言ったのは貴方でしょう?」

「いや、そうだけど、髪型までしっかりしてくるとは意外だった」

「あっそう、ですの。ったく、これでも王族ですから正式な場では弁えた格好というものをするのですわ」

「そういうもんですか」

「そういうもんですわ」



 なんだ。思ったより本当にしっかりしているんだな、働きたくないとか豪語する割には。



「よしじゃあ、着替えたところで行きますか」

「はぁ……いったいどこに連れていかれるのかしら」

「うむ、それはな」



 俺はそこで区切って一息つくと、シュエリアに向かって答えを投げかけた。



「コスプレ喫茶だ」

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