第57話 全国ベスト8
伊勢水産との試合は、継投で戦う。
先発は岩崎。三回を目途に投げてもらう。球数や調子次第ではもう少し伸ばす。
そして武史が二番手だ。しかし不調であればアレクに交代。
点差次第だが、直史に最後を〆てもらう。
「こんな都合よくいくのかな~!?」
頭を悩ませるジンであるが、もう決めてしまったものは仕方がない。
こう言ってはなんだが、伊勢水産は名徳などと比べると楽な相手のはずなのだ。
スポ薦で何人か取っている公立校ではあるが、地方大会でも優勝候補の筆頭などではなかった。
とにかく規格外だった桜島、そして普通に強豪であった名徳。
それに比べれば、はるかに楽なはずなのだ。データ上は。
大会11日目、第一試合。
実は早朝に起きるのが一番しんどかったと思った者も多い。
そして、試合は楽に勝てた。
岩崎が三塁を踏ませず、武史は連打を浴びて一点を取られたが、後続を断つ。
七回からは直史が投げて、パーフェクトに封じた。
打線も上手く機能して、初回に先制点、相手に流れを渡さない追加点と、決してビッグイニングは作らなかったのだが、7-1というスコアで勝てた。
「あ~、やっぱつえ~」
「まあ甲子園出場が目標だったしな。二回も勝てるとは思わんかった」
そんな呑気な伊勢水産の選手たちであった。
……本当に、よくここまで勝てたものである。
勝った白富東は、12日目の第三試合のAに入った。
あとは弱いほうが勝ってくれて、第三試合のBに入るのを祈るだけだ。
まあそう都合よくはいかないのが人生だろう。
第二試合で勝ったのは、宮城県代表の仙台育成。
これが第四試合のAに入った。
今年はソツのないチームであるが、爆発的な強さは持っていないとのこと。
正直、ここと当たれたら良かったと思う。
そして第三試合で勝ったのは、福岡城山。
何度か対戦成績のある帝都一と、全くないがチーム力はやや低いと評価される福岡城山。
帝都一の三回戦の対戦相手は、評判ではそれほど強くない。勝ち上がってくるのは帝都一の可能性が高い。
二回戦の甲府尚武との戦いで、帝都一は本多をフルで投げさせた。おそらく榊原先発で、本多を準々決勝に使えるようにしてくる。
つまり福岡城山の方が、まだマシな相手のはずだ。
そしてくじ引きの結果、白富東の準々決勝の相手は、福岡城山となったのである。
ベスト8が出揃い、対戦相手が決まった。
第一試合 春日山(新潟)対 津軽極星(青森)
第二試合 大阪光陰(大阪)対 立生館(京都)
第三試合 白富東(千葉)対 福岡城山(福岡)
第四試合 仙台育成(宮城)対 帝都一(東東京)
なお準決勝の相手は、準々決勝が終わった順に、またくじを引いていく。
なので準決勝の相手が帝都一とは限らないということだ。
「さ~、ミーティング始めるよ~」
なぜかジンが仕切って、大部屋にベンチメンバーを集める。まあ、セイバーも何も言わないのであるが。
「福岡城山を詳しく語る前に、各対戦について話してみよっか。まず春日山と津軽極星。チーム力は統計的には両方Aだけど、ぶっちゃけ春日山がかなり有利だと思う。どうでもいいことだけど、どっちの学校もキャッチャーは眼鏡っ子だぞ」
そんなメガネはいらねえと思う白富東メンバーである。
「春日山はベンチの控えメンバーは弱いけど、スタメンが強いからね。ただ上杉以外のピッチャーが弱いので、ここで少し休ませる可能性はある。そこを突かれたら負けるかもしれない。でも基本は春日山が勝ち抜くと思って」
津軽極星は、とにかくベンチメンバーまでの層が厚く、そこそこピッチャーの枚数を揃えるタイプだ。春日山とは対照的である。
だがなんとなく直史は、春日山が勝つと思っている。
あそこはピッチャーの上杉が主力と見られているが、実際のところはキャッチャーの樋口が優秀なのだ。
直史の見る限りでは、樋口はこの大会のナンバーワンキャッチャーだ。
去年の夏、春日山のスタメン打線と勝負した直史。キャッチャーをしたのは樋口だった。
スルーを初見で捕ってみせた、そのセンスと観察力。
シニア時代、上杉兄弟のシニアチーム相手に、普通の投手を使ってほぼ互角の戦いをしていたのだから、キャッチャーとしての能力が高いのは言うまでもない。
それに打順も四番で、打つべき時に打つ選手だ。
「で、第二試合は大阪光陰ね。ぶっちゃけ全部の要素で立生館を上回ってるから。よほど間抜けな油断をするか、主力が次々に怪我をするかでもしない限り、勝ち目はない」
別に立生館が弱いわけではないが、大阪光陰が強すぎるのだ。
そもそも京都にいい選手がいたら、大阪光陰がスカウトで取っていってしまう。ここは決まりと言っていいだろう。
「うちは飛ばして、第四試合は帝都一かな? ここは大胆に本多をまた休ませるかもしれないね。チーム力にはそれだけの差がある」
まあ確かにそうだ。帝都一のことは良く知っている。
仙台育成も以前に、遠征で東京にやってきた時、タイミングを合わせて白富東と対戦した。
エースが投げなかったとは言え、無難な試合運びをして勝利した。あの時からそれほど戦力に増強がないはずだから、帝都一が勝つ可能性の方が高い。
では本番の福岡城山である。
「福岡城山は、九州北中部の選手を主に集めてる強豪だね。まあ春の九州大会では負けてるけど」
「へえ、どこに?」
「桜島」
「……なるほど」
何があっても、桜島の名前を出されたら納得せざるをえない。
「まあでも、その試合はエースが投げてないからね。そしてそのエースが高橋。キャッチャーが立花と、ここもTTコンビとか言われてる」
キャラが被ってるなと思う直史であるが、どうでもいい感想なので口にはしない。
「ただ高橋がエースと言っても、そんなにピッチャーの能力が高いわけじゃないね。堅実な守備で失点を抑え、打線の中軸の立花と高橋で勝つチームだ」
つまりある程度、こちらは点数を取れることが予測出来る。
準決勝に勝ち進んだ場合、当たると予想されるチームのピッチャー。
春日山の上杉、帝都一の本多、大阪光陰の加藤福島真田。
……やはり大阪光陰の投手力がおかしい。
二回戦は豊田に先発させ、加藤と福島の贅沢すぎる継投で勝っている。
岩崎でさえ大阪光陰では、五番手以降の存在になるのだ。
まあ大阪光陰に関しては、とりあえず置いておこう。
誰だこんな無茶苦茶なチームを作ったのは、と怒ってもどうしようもない。
福岡城山は、得点力があってある程度点の取り合いになるタイプのチームだ。
甲子園でもここまで、毎試合七点以上を取っている。
だが失点のなかった試合はない。白富東の突破力を考えれば、勝てない相手ではない。
先発投手の選択は、シビアに行わなければいけない。
ここまで無失点どころか、ヒットの一本も打たれていない直史。
大量に失点したが、その潜在能力も明らかにした武史。
そして武史よりは安定し、体力もまだまだ充分な岩崎。
あとは変則派投手として、左打者にはかなり有効なアレク。
この中で直史を使うとしたら、クローザーの役目を果たしてもらいたい。
地味なデータではあるが、直史は高校一年の夏以来、リードした時点でリリーフした試合では、一度も負けていないのだ。
これはプロ野球のクローザーとしては、もし存在するなら恐ろしすぎるものだ。
直史自身は、単に初見殺しを多く持っているからだと思っている。
相手の投手対策としては、上位打線で確実に点を取って、下位打線は塁に出ることを目指しつつ、ピッチャーに球数を投げさせる。
そして先発は岩崎に決まる。
基本は三回戦と同じ路線で、継投で相手の打線を封じる。
やってることは大阪光陰と同じだが、こちらの投手陣はやや劣る。
素材的にはほぼ互角と言ってもいいのだが。
そして打線も少しいじりたい。
この大会、予選から通じて初めて、アレクを一番から五番に移動させた。
代わりに手塚を一番に戻し、鬼塚を二番とした。
「どうして?」
その場では何も言わなかったアレクだが、シーナが一人になった時に、一番角が立ちにくそうなので聞いてきた。
「分かってるでしょ?」
ぽんぽんとアレクの腕を叩くシーナ。
「スタメンの中で、一番体重が減ってるんだよね」
アレクは体力自体は優れている。
だが環境への適応が問題だ。初めての日本の夏に、体がついていっていない。
予選はまだしも、甲子園球場の酷暑は、彼の肉体の未体験ゾーンだ。
桜島相手の初戦はともかく、名徳相手よりも伊勢水産相手の方が、ヒットを打てていない。
かと言ってそれでもアレクの打撃は魅力であり、守備に関しては代わりがいない。
今更言ってもなんだが、三回戦でアレクを休ませていれば良かった。
伊勢水産との試合では、アレクを休ませて中根を右翼に入れても、普通に勝てる計算が立っていた。
福岡城山も、大阪光陰などと比べるとまだマシと言えるのだが、長打を打つ左打者がいるので、アレクの守備力は絶対に必要となる。
準々決勝を勝てば、一日の休養日が入る。
そこで完全ではないにしろ回復すれば、準決勝と決勝の間にも休養日がある。
どうにかこうにかやりくりして、甲子園を制したい。
「分かった? プロになるなら、体調管理も自分の仕事だからね」
「うん、分かったよ」
人懐こい笑みを浮かべたアレクは、ふわりと腕を広げた。
反応する間もなく、シーナは抱きしめられていた。軽い抱擁だった。
「ありがとうね、シーナさん優しいね」
そしてまた邪気のない笑みを浮かべたまま、立ち去っていく。
呆然とそれを見送ったシーナであるが、その口から洩れたのは、かなり手塚たちに毒された台詞であった。
「あたし、アレクのフラグなんか立ててないよね?」
ブラジル人は、ちょっと親しい人間には普通にこれぐらいはする。(マジです)
全く悪気のないまま、アレクは事態をややこしくしようとしていた。
軽く頭を悩ませるシーナも含め、白富東は甲子園へ向かう。
第一試合は終了しており、春日山が3-1で勝利していた。
「やっぱ樋口のリードかなあ」
春日山の上杉は、兄にはさすがに及ばないまでも、それでも超高校級の投手だ。
最速154kmのストレートは、それだけでもそうそう打てるものではない。
だがテレビ中継に映る限りでは、わりと球速は抑え目で、津軽極星を完封していた。
打たせて取ることが多く、球数もそう多くはない。やはり樋口のリードが大きいと見るべきだ。
「二回戦と三回戦は、本庄が先発してるんだよな?」
「そうだね。三回までと四回まで投げて、両方二失点。地方予選では本庄以外にも、樋口がピッチャーしてたりもする」
「まああいつが投手なら、自分で投球組み立てられるだろうしな」
もし戦力的に順調にチーム力で勝ちあがるなら、準決勝に残るのは他に、大阪光陰、帝都一、白富東となる。
その中で最も二番手投手の弱いのが春日山だ。
本庄は投手が専門ではなく、鬼塚程度のレベルである。
ストレートが速くてコントロールもそこそこいいが、強打のチームに出せる投手ではない。
おそらく春日山は、白富東以上に、投手のやりくりに苦労している。
そして苦労しているのは宇佐美監督ではなく、キャッチャーの樋口だろう。
去年の夏、直史は樋口をキャッチャーとして、春日山のスタメンと勝負した。
事前準備も全くなかったのにもかかわらず、樋口は直史をリードして、自軍のスタメンを全員凡退させたのだ。
あの時の直史の球速は、130kmも出していなかったはずだ。
自軍のメンバーの好みは全て頭の中に入っていただろうが、それでも優れた配球であった。
それにあの時、直史は一度も首を振らなかった。
振るまでもなく、直史と樋口の考えは同じであったのだ。
優れたバッターやピッチャーとは、勝負し、投げ合ってきた直史であるが、あそこまで呼吸が合いながらも、凄みを感じたのは樋口だけだ。
今日の対戦相手である福岡城山のキャッチャー立花も、高校屈指のキャッチャーと言われている。
案外今日は、キャッチャーのリードが試合の肝となるかもしれない。
第二試合が終わった。
大阪光陰が11-0の圧勝である。
甲子園の準々決勝まできて、まだこの圧勝。
二回戦の神奈川湘南との戦いが、事実上の決勝戦だったと言われるかもしれない。
「福島ー加藤ーリキの投手リレーか。こりゃ明日の先発は真田かな?」
「いや、普通に継投でくるだろ。単に点差が開いたから、リキのやつにも経験を積ませるってことで」
「……リキが四番手って、マジであそこの投手層おかしい」
おそらく大阪光陰の選手が聞いたら、佐藤と白石の揃ってるあのチームがおかしい、と言ったことであろう。
とりあえず大阪光陰は勝利し、準決勝のくじを引いた。
春日山とは当たらない。つまり、白富東が勝利した場合、春日山か大阪光陰のどちらかと当たる。
当たるとしたら春日山と準決勝で当たり、投手リレーをして勝利。決勝では残った力の全てを振り絞って決勝に上がってきた方に勝つ。
出来れば大阪光陰と決勝を戦いたい。白富東の選手は、おおよそそう考えている。
だが、まずは目の前の一勝だ。
「ほんじゃまあ、楽しみますか」
相変わらずお気楽そうに手塚が言う。
甲子園のベスト8。春もここまでは来た。
この先は未知の領域であるが、恐れる心はない。
(つーか連れて来てもらったもんだしな。俺のすることはこいつらの緊張をほぐすことぐらいか)
甲子園出場チームのキャプテン。手塚は今後の人生で、おおいに役に立つ肩書きを既にもらった。
(ナオとか大介とか、あとアレクもタケも野球で活躍するだろうし、将来の話のネタには困らないな)
おそらく直史と同じぐらいに打算的なキャプテンは、にこにこと目の前の試合を楽しむのであった。
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