第49話 開幕
「というわけであたしたちの貞操のためにも」
「大阪光陰に勝ってね、大介君」
「お前らちょっと、そこに座れ」
珍しく本当にぶち切れた直史の前に正座する双子である。
「アホかーっ!」
散々双子に引っ掻き回されるのには慣れている長兄であるが、これはさすがに許してはいけない。
「女の子がそんな簡単に、操を賭けるようなこと言っちゃいけません!」
まともである。
内面が複雑な直史であるが、反応はけっこう常識的なことも多い。
「だって~大介君が~」
「どんだけアプローチしても、手を出してくれないから~」
「俺のせいかよ!」
大介のせいではない。
彼も情動に突き動かされる高校二年生。もしこれが普通に、桜か椿のどちらかのみからアプローチを受けていたなら、あっさりと陥落したであろう。彼はおっぱい星人であり、双子のカップはEに近い。
だが、佐藤家の双子は違う。
どちらかを選んで、ではなく、両方を愛して、という選択なのだ。
野球以外は割と常識的な大介が、手を出せないのは当たり前のことである。
直史は頭を抱えた。
そんな兄の姿を見つめて、武史も溜め息をつかざるをえない。
「大介さん、この二人は本気なんですよ。どうか世界の平和のためにも、両方もらってください」
「そんなもん俺の平穏が乱されるわ!」
困ったことだ、とセイバーも頭痛をこらえる。
これでいきなり大阪光陰と初戦で当たったら、直史と大介のパフォーマンスは、ちゃんと発揮されないのではないだろうか。
「白石君、日本人としては重婚はどうやっても無理だけれど、世の中には事実婚というものもあるの」
セイバーは人種の多様なアメリカで過ごした経験があり、複数の妻を持つ人物にも知り合いがいる。主に中東や東南アジアの人物である。
「男は甲斐性よ! 頑張って二人を養えるほど、野球で稼ぎなさい!」
「いやいやいや」
割とセイバーはこのあたり、恋愛に関してはフリーダムである。彼女は監督であるが、教育者ではない。法律のグレーゾーンを渡るのも好きなので、割と道徳観も期待出来ない。
直史も正直なところ、大介が己に許すなら、むしろ応援したい立場である。
誰も味方はいないのかと、大介は周囲を見回す。
男からも女からも、ゴミ以下のものを見る目で見つめられた。
「エロゲーでも双子ハーレムエンドなんてあまり知らないなあ」
手塚は虚ろに言う。まあないわけではないが、学園物や現代物では少ないだろう。ハーレムルートのあるゲームは珍しくないが。
手塚以外はほとんど、大介を軽蔑の目で見ている。
大介は全く悪くないのだが。
「別に養ってとか言わないよ」
「そうそう、生きていくためには二人で助け合うし」
「遺伝子同じだから、どっちが赤ちゃん産んでもいいし」
「お前らもう黙ってろ!」
再びマジギレした直史であった。
子供の頃から、大きくなったらお兄ちゃんと結婚すると言っていた双子である。
それがかなりマジであると気付いたのは、中学に入ったあたりだろうか。
「聖徳太子のお父さんとお母さんって、母違いの兄妹なんだよね」
「しかも母親の血筋から見たら従姉妹だから、ほとんど兄妹と変わらないよね」
だとか。
「エジプト王朝はその血の神聖さを保つために、兄と妹とか姉と弟で結婚してたんだよね」
「あのクレオパトラも、最初は弟と結婚したらしいよ」
などと。
直史が思春期になっても、普通に女の子と付き合わなかった理由は、この双子の執着にもあったと言える。あくまで一部で、ほとんどは彼の精神の問題だったが。
そんな双子が、ようやく兄以外に目を向けたのが大介だ。
一目ぼれだったと、双子は言った。
兄の勇姿を見るために試合を観戦しに行ったら、そこでとてつもなくかっこいい選手がいた。それが大介だ。
大介が直史の家に遊びに来た時、完全に彼はロックオンされた。
どれだけ大介が抵抗しようと、いずれは陥落するだろう。そう諦めていた直史だったが、この春にその傾向も少し変わったように思う。
イリヤが現れたからだ。
おそらくこの世界の人間のほとんどを、下に見ている双子。家族であっても祖母と兄以外には、価値を感じていない異常者。
それが大介に恋をして、イリヤと友達になりたがった。
イリヤとは性別を超えた関係を築きつつあり、それは直史にとって、双子が安定するためにはとてもいいことだと思えた。
「というわけで、こっちに来たらどうにかしてくれる?」
『珍しく直史から電話があったら、そういうことね』
向こうでイリヤが笑いをこらえているのが分かった。
『任せて。だから貴方は、大阪光陰に勝つことだけを考えてね』
直史が祖母と瑞希以外の女性にこれほど感謝したのは、生まれて初めてだったろう。
とにかく目星はついた。
大介は隔離されてコーチ陣の部屋にいるが、まあどうにか許されるだろう。
それにしてもあの妹たちは、放置しておくと危険すぎる。
(初戦が大事だなあ)
のんびりと思う直史は、特に緊張することもなく、甲子園最初の夜の眠りに就くのだった。
八月三日、大阪フェスティバルホール。
甲子園に出場する47都道府県の代表が、ここに集まって抽選を行う。
(ここをいきなりテロリストが襲って占拠したりしたら、日本の野球界は激震するだろうなあ)
のんびりと手塚は考えているが、内心では動悸が激しい。
夏の甲子園。それは日本の風物詩の一つとさえ言われている。
春とは全く違ったトーナメントの一発勝負。かつては東日本と西日本の高校が一回戦に当たらないように配慮されていたこともあったが、今ではそれもない。さすがに北海道や東京の代表校同士が潰しあうことはないように調整されてあるらしいが。
さて、どこへ入るのがいいだろう。
もちろん手塚は超能力者ではないので、トーナメントを操作することは出来ない。
ただそれでも希望することはある。
まず、大阪光陰と戦って勝つ。これだけは大目標として存在する。
春夏春と三連覇し、前人未踏の四連覇を果たそうという絶対王者。
普通に聞いたらありえないと思うが、あの二人が自分の前に出現してから、ありえないことはごく普通に起こっている。
(どこがいいかなあ。いきなり大阪光陰は、さすがにまずいよな。でもナオを投手として使うなら、割と最初の方がいいのかな? とりあえず打撃全振りなとこは避けたいかなあ)
大介がいればまず一点は入るので、投手の強いところと当たるのは問題ない。
大阪光陰も尋常ではない得点力を誇っているが、データの上ではそれ以上のチームが二つある。
鹿児島代表の桜島実業と、愛知代表の名徳だ。
(お?)
どうやらその二校が、二回戦で当たりそうな山になった。
(やっぱ投手の枚数があるって言っても、二回戦から登場のところに入りたいなあ)
そう思っていると、大阪光陰が一試合少ないところに入ったりする。
あれだけのチームなら、スカウトの目に止まるために、むしろたくさん試合をしたいだろうに。
(150kmが三人に、それに匹敵する一年って、うちより投手力上じゃね?)
この抽選では、まず三回戦までのトーナメントが決められる。
そしてその三回戦がある程度進んだところで、準々決勝の試合が決まり、そしてその中から準決勝の相手がまた選ばれる。
つまり先を見て相手の強さを考えて対応出来るのは、三回戦までということだ。
(あ、大阪光陰と神奈川湘南、二回戦で当たるか)
しかも両者一回戦が不戦勝である。これはおそらく、大きな山場である。
色々と考えていたが、手塚の番がやってきた。
もうかなりの山は埋まっている。
(う~ん、19番と21番は嫌だな。他のところならどこでもいいけど、甲府尚武と当たる33番は微妙かな?)
確率的には、悪いところは四分の一。
割とこういう運の強い手塚が選んだのは――。
「げ」
やってしまった。
顔から血の気が引くのがはっきりと分かった。
19番。つまり初戦の相手は――。
「桜島~」
そして勝ったとしても、次はおそらく名徳。
考えうる限りで、ほぼ最悪の場所に入ってしまったと言える。
対戦相手を聞いて、途端に大介はやる気をなくした。
桜島実業は、今大会屈指の強打のチームだ。しかし失点も多い。
レギュラーの野手の肩が強いのを適当にマウンドに上げて、キャッチャー小松が必死でリードするというチームだ。
強いピッチャーと戦いたい大介としては、燃えない。
そして統計的に、あるいは戦力的に考えるセイバーやジンも、あまりいい顔はしなかった。
まあこれが、大会終盤の連戦であるよりは、よほどマシであったが。
一回戦と二回戦であれば、間が空く。つまりピッチャーを休ませることが出来る。
白富東は主に田中が頑張ってくれたおかげで、予選でピッチャーの疲労が溜まっていない。
三回戦は正直全く予想がつかない、微妙なチームの集団から上がってくるはずだ。
戻ってきた手塚は、やっちゃった、てへぺろ、という顔をしていた。
「きゃぷて~ん」
「やってくれたね、きゃぷて~ん」
「やっちゃったね、きゃぷて~ん」
普段はキャプテンと呼ばないやつすらも、キャプテン呼ばわりである。
「別に相手はどうでもいいけど、大会初日の第二試合ってのがね」
直史は淡々としているが、おそらくスタメンに一年の多い白富東は、プレッシャーに慣れていない。
甲子園は、あのマリスタの大観衆より凄まじいのだから。
「きゃぷて~ん、もうついでに、選手宣誓もしてきたら~?」
「目立つよきゃぷて~ん」
「彼女にアピールしようよきゃぷて~ん」
「はいはい、遊ぶのはそこまでにして、帰ったら作戦を立てますよ。それに甲子園練習の日程もあるんですから」
セイバーとしても、打撃が強いチームよりは、投手や守備の強いチームと当たりたかった。
大介が打てない投手など、おそらくこの大会にはいないし、ホームランを打てば守備は関係ないからだ。
打撃に関しては、直史が完全に全力を尽くすなら、一試合だけは問題ない。だが直史は連投を計算して投げるし、全力を尽くすのは決勝か大阪光陰との試合と決めている。
桜島実業は、完全な打撃のチームだ。そして一番から九番まで、ホームランの打てない打者はいない。
しかし攻撃自体は粗い。データ野球で翻弄するなら、いくらでもやりようはある。
良い方に考えたいセイバーであったが、厄介な相手であるのは間違いなかった。
桜島実業。創立130年を誇る白富東よりも古くから存在する、古豪の公立である。
甲子園に出場した回数は14回。ただし優勝経験はない。
主力となるのは四番ファーストの西郷と、九番キャッチャーの小松。
チームの方針は、全打席ホームラン狙い。
取られた以上に点を取れ。
打力なき者は去れ。
殺される前に殺せ。
「まあ、なんというか……真面目に分析するのがめんどくさくなるチームですね」
セイバーはそう言って、後はジンに説明を任せるようだ。
「不祥事というか、まあ内部の練習が過酷すぎた事件で一年間、対外試合禁止になってた学校だね。ただそれでも、四番の西郷は高校通算で70本のホームラン打ってる」
「脳みそまで筋肉かよ」
「むしろ脳みそまで、あえて筋肉にしてると言うべきかな。ちゃんと頭使ってる人、キャッチャーの小松だけだと思う。あと監督の大久保さんね」
桜島実業は公立の高校であり、スポーツ推薦などもない。
だがここまで打てるようになるのは、徹底的に打撃を鍛えるためだ。
その鍛え方も、よくある打撃偏重チームと違って、ピッチングマシンはあまり使わない。
各選手が順番でバッティングピッチャーを務め、それを打者が打っていく。
そんな生きた打球で守備練習をするので、守備自体はそこそこ堅い。
もっとも連係プレイに難があるので、そこも突ける部分ではある。
ピッチャーをする者はストレートと他に一つ変化球を持っていて、試合中にはどんどんと継投をする。
なおバッターが守備側にあえてホームラン以外を打つ場合、相手をライナーで殺すつもりで打つとか。
……やはり薩摩人は蛮族である。(超超ド偏見!)
「あ~、こういうの相手は、ナオの方がいいよな」
岩崎は逃げ出した。
「次は名徳だと思うけど?」
しかし回り込まれてしまった!
「名徳の方がまだいいかな。俺のリードがちゃんと使えるし」
ジンとしても、正統派の岩崎を使って、正統な攻撃をしてくるチームと正面から戦ってみたい。
まあ日程からいっても、おそらく二回戦までに、直史は回復しているだろう。
分析は完了。
あとは仕上げを見せるだけ。
そして八月の六日、ついに夏の甲子園は開幕したのである。
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