99 オベントウ2

 

 



 体力のない私にとって、十人以上のお弁当を抱えて街まで行くのは過酷労働だ。

 なのでもっぱら扉から扉へのチート移動主義である。



 庭から孤児達の家の扉へ移動し、その扉から彼らの元へは徒歩数秒の距離。仕事に行っていない子供らにお弁当の詰まった籠一つと黒板、販売時に使う敷物を持たせ、そこからはだいたい三、四人で販売場所へと向かう。

 はじめの頃は場所取りが上手くいかなくて奥の方になる事が多かったのだか、最近は何故か場所がキープされているという摩訶不思議現象が起きている。

 一度不思議に思い周りの人間に聞いてみたところ余ったら食べたいからだという謎返答をもらったのだが、今のところあまり余計に作る気は無いのでその期待に応えられる日はそう来ないだろう。



「ロジー、リラ。私は一旦ギルドに顔を出してくるから準備は頼んだよ! いつも通り知らない人には売らないように、価格は間違えないように! 後払いの子には"正"の字ね? わかった?」

「わかった! リズねぇちゃん、いってらっしゃい!」


 ニコニコと笑って私に抱きつくロジーとその側でせっさと準備するリラにお駄賃代わりの鬼まんじゅうを渡し、私は二人分のお弁当を持って商業ギルドへと向かった。




 商業ギルドの中はいつもと変わらず人が少なかった。

 某ギルドと違い冒険者よりも商人が使用するギルド故に人がごった返すことはないのだろう。

 唯いつもと少し違うのは、職員と思われる人達がチラチラと私を気にしているところだろうか。

 なんとなくその訳を察しながらいつも通りにウーゴの待つカウンターへ向かい、そして例のものをお届けに参りましたと笑顔で言う。

 するとウーゴは身を乗り出しながら私の抱えているものをじっと見つめ、側にいた職員に顎で何かを指示した。


「よう嬢ちゃん。一応聞いとくがこれが例の"オベントウ"とやらか?」

「そうです! 今日は簡単におにぎりと鬼まんじゅうにしました。ウーゴさんもよろしければどうぞ」


 ニンマリと笑みを浮かべながらお弁当の一つをウーゴに手渡すと、彼は貰っていいのかと大袈裟に驚いてみせた。


「ウーゴさんにはいろいろお世話になってますし、これからもなるつもりですし。所謂賄賂ですかね? 今後もご贔屓にー!」

「お、おうよ! ありがとうな、嬢ちゃん」


 ウーゴも私につられて厳つい顔に笑みを見せ、渡されたお弁当を大切そうに抱える。

 その姿は余りにも不釣り合いで私が更に頬を緩めていると、ドタドタと忙しい足音が聞こえてきた。


 その音を生みの親はここのマスター、ウェダ。

 何やら嬉しそうに顔を歪めており、目はキラキラと輝いていた。


「早速持ってきてくれたのね! さぁ、頂きましょう!」

「え、お弁当はお昼の食べ物なんですけど……?」

「私、楽しみすぎて朝から何も食べてないのよ! だから今すぐ頂きますっ!」


 あまりにも必死な形相で詰め寄られ、私は持っていたもう一つのお弁当をビクつきながらもウェダに渡す。

 するとウェダはニコニコと笑いながらも指を高速で動かし包みをあけ、ペロりと唇をひと舐めしてからおにぎりを手に取った。


 最初に掴み取ったのは白米のおにぎり。

 パクリとそれを頬張ったウェダは何度も咀嚼し、そして目を細めておにぎりをじっと見つめた。


「ーーこれは、不思議な食べ物ね。パン、ではないしパスタでもない。でも一粒一粒は同じ形をしているし、粘り気があって甘い。中に入ってるこの黒いのは甘しょっぱくて、この白いのがより美味しく感じるわ! ……でも何方も私が知ってる食材ではないし、これは一体何かしら?」

「白いのはお米といい穀物の一種ですよ。黒いのは海で採れる海藻を加工したもので、佃煮と言います。多分ここら辺で作れるのは私だけでしょうね!」


 無論、醤油を所持しているのは今のところ私だけだろうし、あったとしても醤油に似た何かだ。佃煮を作れるとは思っちゃいない。

 米に至っては市場で見ることもなければ話に聞くこともない食材だし、ウェダにとっては初体験の食べ物であったはずだ。


 ウェダは"オコメ、ツクダニ"と何度も呟き、あっという間に一つ目のおにぎりを完食。

 次に手を伸ばしたのは茶色い筍ご飯だ。

 こちらもまずは一口と口にすると、ウェダは頬をつりあげて味の感想を述べた。


「これもオコメなのかしら!? でもさっきよりもっちりして味が染みている! シャキシャキしてるのは野菜ね。所々に入っている肉はーーそうね、この食感だと鳥だと思うのだけど、あってる?」

「そうです、鳥です! でも老いた鳥じゃなくて最初から食肉用に仕留めた鳥なので、元から美味しい肉ですよ! お米も餅米という種類を混ぜているのでよりもっちりと仕上がっています! 最後に残ったおにぎりも同じく餅米を使用していますのでどうぞ!」


 どうぞどうぞと五目ご飯おにぎりを勧めるとウェダはためらいなく三個目に手を伸ばし、そのままかぶりつく。

 何度も口に含んでは小さく唸り頷き、そしてニッコリと、それであって妖艶に彼女は笑った。


「さっきと同じ食感だけど風味が少し違うわね。野菜がたくさん入っているから歯ごたえはより一層あるし、甘みも増している。ごろっとしているし鶏肉にも味が染みていてとても美味しいわ! いつもこんな美味しいものが食べられる彼らが羨ましいわねぇ。ねぇリズエッタちゃん、今後贔屓にさせてもらうからうちにも売ってくれないかしら?」


 駄目かしらと眉を下げて首をかしげるウェダとギロリと私を見つめる職員達の瞳。

 ウーゴに視線を向ければ目を逸らされ、大事そうに、そして隠すようにお弁当を抱えていた。

 もしかしたらウーゴは最初からこうなるのに気づいていたのかもしれない。


 数分の沈黙を保ち、私は一息ついて彼女に最後に残ったデザートを勧めてそしてニッコリと笑った。


「無理ですね!」

「どうして? 利益もあがるわよ!?」

「だって今でさえここまで運ぶのが一苦労なんですよ? ここの人たちの分まで作ってくるなんて、体力がいくらあっても足りません! 時間も人手も足りません!」


 諦めてくださいと頭を下げると、ウェダは鬼まんじゅうを食べながらまたしても唸る。

 話すのか食べるのかどちらかにしろと言いたいが、食の魅力に勝てなかったのだろう。私は見て見ぬ振りをしてその行為を許そう。


「デザートでさえこんなに美味しいのよ! 甘くて! これはバタータかしら? 市場に出回ってるやつより甘みが強いけど、味の系統は似ている。オベントウじゃなくていいから私は食べたいわ! 人手が足りないならうちの職員こき使ってもいいし、ここの調理場を使っても構わないわよ? どうせだぁれも使ってないんだもの!」


 必要な経費は商業ギルド持ち、勿論材料費もギルド持ち。 売ってくれるのならば売り子だって職員を貸し出すからと懇願するウェダに、それに頷く職員たち。

 私としては食費がかからないのなら作ってあげなくはないが、やはり庭で作った方が皆の手伝いがあって楽なのだ。

 それに一人では火も水もまともに使えない私を知らない彼女達は、その所までフォローしてくれるのだろうか。


「ーーお聞きしたいのですが、どうしてそんなに私のご飯が食べたいんですか? 別にそこら辺でもご飯は買えるでしょう?」

「出店のご飯と貴方の料理を一緒にしてはいけません! この前外で肉を焼いてたでしょ? あの暴力的な香りに抗えると思えるっ?! それに孤児達はみーんな美味しいって言ってニコニコたべて、中身を見たら知らない料理ばかりじゃない! 商人として未知のものを口にしたい、試してみたいと思うのは当たり前なのよ! だから、お願い! オーロッシとストルッチェの運搬費はとらないし、仲介料もいらないから、ね!」


 大の大人が何度も子供の私に頭を下げて懇願するのは如何なものかと思うが、運搬費と仲介料が掛からなくなるのはありがたい。


 家から庭へ、庭からギルドの扉を使えば移動は早くなるし利点はある。

 でも作らないと最中の匂いはしないし、うっかり入られてしまってはいないのがバレる。


 私はどうしたらいいか頭を悩ませ、そしてふと心にある言葉が浮かんだのだ。


 めんどくせぇ。


 いろいろ考えるから面倒なのだ。

 なる時はなる。

 ヘマったら逃げる。

 それでいいじゃない。

 と。


「ーーお皿やスプーンフォーク等の食器は個人で用意してくださいね。あと調理するにあたって孤児の出入りもさせますし、そのままここでご飯を食べさせます。私は魔力なしなので簡単なお手伝いを頼むかもしれませんが、快く引き受けてください。何より孤児達よりも料金高いんで、ご理解くださいね?」


 それを条件としましょうと言って笑うとウェダは目を見開かせて喜び、私の手をとった。

 その手は若干おにぎりのせいでベタベタとしていたが、気にすることはないだろう。



「リズエッタちゃん、これから末永くよろしくね? 私のことはウェダと呼んでいいから!」

「ーーこちらこそよろしくお願いします。でも呼び捨てはご勘弁!」


 ニッコリと笑うウェダの顔に何やら他の思惑を感じたが、面倒だから知らん顔をしておこう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る