100-1 熊さん

 

 



 目の前に用意されているのは片栗粉に黒糖、大豆に小豆。

 私が今から作ろうとしてるのは和菓子である。


 庭で生活している人数と祖父とスヴェン、私のとり分と手伝いを申し出てくれた者たちへのご褒美分。勿論頑張ってそれらを作る私の取り分は多めで、合計するとちょっとしたお菓子づくりの定義を超えてしまう量だろう。


 かなりの量を作るにあたって手伝いを募集したところ、ミランとシャンタル、そして新人の四人が私の手伝いを申し出てくれた。

 新人は見たところ狐っぽいのが二人、レドより茶色い犬っぽいの一人に大型熊タイプ一人。

 どいつも顔が強張っており、お菓子作りに似つかわしくない雰囲気の奴らだ。


「んじゃ、シャンタルとそこの狐っぽい二人は片栗粉と砂糖、水を全部混ぜ合わせて弱火にかけて。焦げないようにちゃんと混ぜるんだよ? そんで透明になったら呼んでね! ミランは犬の子と大豆をいい匂いがするまで炒って、そのあとすり鉢で粉々になるまで潰して。んで残りの君は、黒糖と水を鍋で入れて溶かす! できる?」


 私がそう問いかけると皆一斉に頷き、各々の作業へと取り掛かる。

 分量はすでに準備しテーブルに置いておいたので、大きな失敗をすることはないだろう。


 私は一人で小豆を抱え、一度軽く洗って茹でていく。最終的にぜんざいやあんこにして食べるつもりだ。

 渋抜きをする為二度煮こぼし、三度目はゆっくりと煮て小豆を柔らかくさせていく。その後もう一度水を入れ換え砂糖を入れるのだが、そこまでいくのに小一時間はかかるだろう。


 ただ待っているだけなんて時間の無駄な行為は出来ないので、途中皆の仕事に手を貸すのも忘れない。

 シャンタル達が無事に一工程を終えたところで精霊からもらった水の花から冷水を出し、スプーンを二つを使って一口大に上手に丸く形をつくり水で冷やすことを教える。とても簡単な行動だが配る人数が多いので三人がかりでも時間がかかるだろう。


「水があったかくなったらコレで水を替えて、冷たい水で冷やしてね。で、冷えた奴は違うお皿に移して水を切る! そこまでよろしく!」

「了解した!」


 ニヤニヤと笑うシャンタルにつまみ食いしてもまだそこまで美味しくないよと釘を刺し、次に黒糖をとかしている熊さんの元へ。

 真っ黒い大きな熊が一生懸命に小さな鍋で黒糖を溶かすなんて、少し可愛く思えてしまった。

 だが私の一番はレドなので、それには及ばない可愛さだと断言しておこう。


「どう? 溶けた?」

「あ、嗚呼。ーーハイ、溶けた、です」

「んー、面倒だから好きに喋りな。特に話し方を強制するつもりはないよ」


 たどたどしく話す熊はオドオドとしながら私へ黒糖の溶けた鍋を見せ、そして小さな耳をピクピクと動かした。

 そんな様子を愛らしく感じながらもスプーンで黒糖を掬いひと舐めしてみれば、ちょうど良いとろみと甘さの黒蜜が出来上がっている。

 量も十分足りる程出来ており、よく出来たねと褒めてからミランの手伝いへ向かう為に熊の手を取ると、体を大きく揺らし彼を驚かせた。


「ほれ、早くいくよ! ビクビクしない!」

「ぅおおっ!」


 返事かどうかわからない声を上げる熊の手を引きミランの元へ向かうと、すでに大豆は潰す作業だけになっていた。大量の大豆を必死にすり潰してる二人の姿が見えて、何となく上手くやれているようだと安心する。


 私はミランに熊も使ってくれと声をかけ、出来上がった大豆、もといきな粉を少しだけ皿にとった。

 スンスンと匂いを嗅ぐとなんとも香ばしい香りがする。


 その香りを一人で堪能しながら急いで茹でていた小豆の様子を見に戻り、そしてまだ時間がかかると分かるとシャンタルの元から片栗粉で作った葛餅と作り終わった黒蜜を少し分けて味見用に盛り付けていく。

 モチっとした葛餅に黒くトロリとした甘い黒蜜をかけ、最後に香ばしいきな粉を。

 一皿に歪な五つの球体が転がり黒と茶色の地味なコントラストだが、知る人ぞ知る甘味物の完成だ。


「シャンタルー、ミランー、それとお手伝いの子ー。味見用できたからお食べー!」


 大声で皆を呼びつけると一番最初に来たのは甘いもの好きのシャンタルだった。

 彼女の後に続いて狐の二匹、ミランと犬の子、最後に熊。それぞれに一皿ずつ葛餅とフォークを渡し頂きますと手を合わせた。


 我先にと一粒にフォークを刺してパクリと口に入れるともっちりとした食感でありながらねっとりとした歯に絡みつき、続いて黒糖のコクのあるまろやかな甘さが広がる。

 甘さのないきな粉を振りかけているからか香ばしさで甘すぎず、ちょうど良い甘味が保たれていて美味しい。


 美味いだろうと問いかけようとシャンタル達の方へ顔を向けると、そこには私の思いもよらなかった光景が広がっていた。


「ーーーーなんで、泣いてんの!?」


 美味い美味いと言いながら葛餅を食べるシャンタルと、無言ながらも嬉しそうに頬を緩ますべくミラン。

 ここまでは良かった。

 次に私の目に映ったの大きな熊が目をこれまた大きく見開きしかも涙を流している姿で、それにつられてから狐二匹と犬一匹も鼻をすすってもごもごと口を動かしながらも声を堪えている。


 これは一体どういう事だと疑問をもちシャンタルに視線を戻せば、彼女は私の疑問を晴らすように、そして当たり前のように甘いものなんて食べた事ないからだと言ってのけたのだ。


「私だってここへ来て初めて作物ではない甘い食べ物を食べたんだ。多分そいつらもそうだろうし、他の奴らも同じだと思うぞ? お嬢からすれば当たり前の食べ物かもしれないが、"私達"からすれば贅沢品、嗜好品、生きているうちに食べることが絶対ないであろう食べ物なんだ。それをまさか生きているうちに食えるなんて思いもしなかったんだろうさ、涙も出てくる」


 私は堪えたけどなと自慢気に胸を張るシャンタルにも戸惑いながら、私は食べながらポロポロと涙を流す獣人達へと目を向ける。

 シャンタルの言うことが当たり前で、それが普通だとしたならば泣いて喜ぶのも無理はないのかもしれない。

 けれどこの庭で生活していくのなら毎度毎度泣かれるのは気が滅入りそうだ。

 慣れるまでの辛抱と言われればそうかもしれないが、些か心情がよろしくない。


「ーーここはあえて言っておこう。君らの食べてるものは別に特別じゃない、ここでは普通のご飯と同じように提供されるものだよ。まぁ、仕事の報酬としてだけどね? 見ての通りシャンタルは甘いものが好きだし、今回が初めてってわけじゃない。君らが私に従うなら今後もいろいろと美味しい料理を作ってあげる。だから毎回泣かないでね?」


 なんて言ったところで彼らの涙は止まることはなかったが、それでも小さく頷く姿は見れた。

 思いもよらぬところで私の日常と彼らの日常がこんなにもかけ離れていた事を認識し、私は小さくため息をつく。


 それは呆れからだろうか、それとも同情からだろうかは分からなかったが、何となくズンと何かがのしかかったような気がしたのだ。


 面倒ごとは嫌いだ。


 でもそれ以上に私は幸せに生きたい。


 たとえ誰かを何かを踏み潰してでも、私は平穏で穏やかな毎日を送りたいのだ。


 それを続ける為ならば少しくらいの面倒は大目に見てやろう。





 いまだに大粒の涙を流し続ける熊の姿を前に、私はひっそりと少しぐらい甘やかしてもいいかな、なんて思ってしまったのであった。



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