97 ギルドマスター
「ねぇねぇねぇ、ウーゴさん。 コレ、本当に欲しいんですよぉ〜。 勿論それなりのお金は払いますからぁ……」
私はその日、商業ギルドの受付に張り付いてウーゴにある依頼を出していた。
一度依頼書を読んだウーゴは目を細め無理だとひと蹴りしたのだが、それでも私は交渉することを辞めない。
本来ならば冒険者ギルドにも出した方が良い依頼なのかもしれないが、私はあそこにだけは頼りたくないのである。
「本当に無理ぃ? オーロッシ、大量発注できない? あと
最初は祖父にお願いしグルムンドのギルドに依頼書を出したのだが、そこで手に入れられたオーロッシの数は老いた雄二匹のみ。雌がいなきゃ繁殖は望めないし、ストルッチェに至っては飼育しているものがいなかった。
それならば搬送までに時間がかかるがグルムンドより大きな都市であるハウシュタットならどうにかなるだろうと、頼み込んでいるところである。
「あのなぁ、嬢ちゃん。 幾ら何でも大量には無理だ。 若いオーロッシは農畜に使うため育ててるもんも多いが、誰かに譲るほどじゃねぇ。 ストルッチェは元から飼ってる奴らなんていないだろうし、どうしても欲しいのならばとっ捕まえるしかない。 時間もかかるし、大量には無理なんだ」
「そこをなんとかぁ!」
どうしてオーロッシやストルッチェそんなに大量に欲しいんだと首をかしげるウーゴに、私は祖父が欲しがっているからと嘘をつく。
本当はそれらを繁殖家畜化し食肉にする予定だが、私が言ったところで分かってもらえないだろう。
土地問題や労働力問題、そして何よりそこまで大量の食肉が必要とされている事を彼は理解していないのだから。
迷惑そうに息を吐くウーゴにそれでも私は付きまとい、ひたすら懇願する。
なるべく早く用意しないとうちが食糧難になってしまう。計五十人にもなる亜人に、最近食い盛りの祖父。孤児達のお弁当。 私やスヴェンのご飯や領主やダンジョンへ卸す商品の数々。
どう考えても肉だけは賄いきれない。
お願いしますと何度目か頭を下げていた時、頭上から色気をまき散らすような声が聞こえた。
「いいじゃない。 請け負ってあげなさいよ」
ニッコリと笑って階段を降りてくる女性の肌は褐色で髪は紺色。ぷっくりと膨らんだ赤い唇は艶やかで、豊かな胸と細く折れそうなクビレ。
どう考えてもギルドに見合わない女性がそこにいた。
「えぇーっと。 どちらさん?」
「ーー私はウェダ。 ウェダ・マカラ。 ここの商業ギルドのマスターよ。 聞き耳を立てさせてもらったのだけど、条件次第でその依頼、受けましょう?」
条件次第という事が気にはなるが今は悩んでいる場合ではない。
一度ウーゴの方を見てみれば彼も驚いたように目を開いていて、これは滅多にない事なのだと察する。
そういえば商業ギルドで今までマスターにあった事はなかったし、存在すらも気にしていなかった。もしかしたら滅多に出てこないレアキャラのような特別な存在なのかもしれない。
「その条件とはなんでしょう? 依頼金の他にソレをプラスと考えても?」
「えぇ、依頼金は別で特別手数料ってとこかしら? でもとっても簡単なことよ! 私、貴女の"オベントウ"を食べてみたいのっ!」
グッと距離を詰め目を光らせるウェダは私の両手を強く握りしめた。
オベントウとはなんぞやと一瞬考えたが、どうもソレは私が孤児達に売りつけているもので間違いなさそうだ。
何故そのようなものをと疑問を口にすると、だって美味しそうだからと単純な答えが返ってきた。
「貴女は知らないかもしれないけど、ここら辺ではもう有名よ! 美味しそうな食べ物を売ってるって! 前の肉焼きなんかは特に! 私も気になって様子を見に今まで何ども足を運んだけど大体孤児達で売り切れで手に入らない、でも食べたいっ! 何度苦渋を味わったことかしら! だから私はそのオベントウで貴女の望みを至急叶えてあげるわっ! だから食べさせて頂戴っ!」
「ーーーーえ、ハイ。 そんなんでよければ明日にでも?」
美人の必死な形相に引きながらも、私は少しホッとした。
もしウェダが何処ぞのクソギルマスの様に薬草やら何やらを求めてきたらどうしようと不安もあったのだ。でもお弁当だけで手配してくるなら有り難い。
それもウェダは商業ギルドのマスター、下手な場所や人間に頼んで納期を破る手配を遅らせる、なんてしないだろう。
「では明日、お弁当用意しますね! なのでオーロッシとストルッチェの手配よろしくお願いします!」
「任せて頂戴! 伝手を頼ってすぐにでも手に入れてみせるわ。確認なのだけどそのオーロッシ達は貴女に届ければいいのかしら? それとも違う所に?」
「可能であればグルムンドかヒエムスまで届けてくれると助かります。 祖父がそっちに住んでいるので! 森に住むヨハネスへ、か、商人のスヴェンへといえば伝わるかと。 勿論配達分の代金は上乗せさせていただきますので」
よろしくお願いしますと一度頭を下げ、私はニッコリと微笑んだ。
商業ギルドのマスター、ウェダ・マカラ。
彼女は使い勝手の分かるいい人間だ。これからも仲良くしていきたい。
二人で固く握手を交わし、私は明日のお弁当は何にしようと商店を回って帰宅したのであった。
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