96 手を取るのなら

 


 


 先日領主から貰った亜人はそれはそれは酷い有様で、一人が両腕欠損、もう一人が右足首の腱切断、最後の一人が顔面大火傷ときたもんだ。

 どんな依頼を出したか知らないがここまでくると生きてさえいればそれで良し、とでも言っていたのではと思い込んでしまいそうだ。




 スヴェンとティモ達は私の家へ一旦帰ると食料や備品の買い物に向かい、そしてすぐ帰路へとついた。

 今回のことでおっさん達にはそこそこの情報を渡したので、亜人は既に庭へ移動済み。空っぽの荷馬車二台を無意味に運ぶ事になるのだが、次にここはくるときはその荷馬車一杯の保存食を積んできてもらうつもりだ。そうすれば大量の亜人達が慣れるまで時間がかかっても、領主側がすぐに在庫不足にならないと考えたからである。





「さて、と。 やりますか!」


 あの日からの私の生活はとても忙しく目が回るもので、一日の大半は料理作りに費やしている。

 朝から孤児達に売るお弁当を作り、それと同時にレドとパメラとともに亜人達の朝ごはん作り。

 精神が病んでる亜人にはコンソメスープとパン、サラダを。他の外傷が酷いものには水分の多めのお粥を。

 お粥は作り置きしておくとドロドロになってしまうので毎食ごとに作るため、それなりに卵、きのこ、梅干しと味の変化をつけている。

 勿論健康体であるレド達にも別の食事を用意し、私はご飯だけで毎日三種類の食事を計九回用意しているのだ。


 勿論するべき事はそれだけじゃない。

 服なんて着ていないような格好の彼らのために大量に生地を買い、シャンタル達とシャツとズボンを一枚ずつ手縫いで作り上げていった。大きさは取り敢えず統一して作ったが、そのうち個々に合わせて買い直しや作り直しが発生するだろう。

 それに合わせて靴も準備しなくてはならないのだが、以前から鞣していたファングの皮がこの時役に立った。ありがたいことにエーフィが靴の作り方を知っていた為、それらも制作できた。

 亜人を大量入手したことにより手間も金も食料も大いに掛かったが、これからの為の投資だと思えば痛くはない。

 元から使いきれないほどのお金も貯まっていたし、これといって金銭面で頭を悩ます事はないだろう。


 問題があるとすればこの後。

 ここに来て三日経った亜人達への対応だ。


 レド達からの経験からすれば古傷や欠損は元どおり、筋肉ムキムキの身体になっているだろうと予測できる。となると心配される要素は私への反感。

 ティグルがいい例だったように、それをどう対処するかが問題となりそうだ。



 一度深く息を吐き、私は庭への扉に手をかける。

 どうか反乱が起きてませんように。

 どうか面倒な事になってませんように。


 そう願って私は庭へと足を踏み入れた。




「ーーーーアレ? 何もない?」


 庭は私が思っていたように荒れてる訳でも怒号が響いている訳ではなかった。

 むしろいつも以上に静かな気もする。

 もしかして今回は三日クオリティが発動しなかったのかと首を傾げたが、駆け寄ってきたレドによってその考えはうち砕かれた。


「お嬢っ! お疲れ様です! 彼奴らの怪我はいつも通りに治りやした。 今は大人しく待機させています!」

「待機、できたの? そりゃすごい」


 もっとこう、人間だー! 殺せー! 的な行動を起こされると思っていたのだが、そうはならなかったらしい。


 ニコニコと笑うレドに抱きかかえられ亜人達の元へ向かうと、怪我の治ったもの達は大人しく一箇所に固まっている。

 反乱を起こしてないのならばそれでいいやと考え、私はレドとともに朝食の準備に取り掛かった。


 怪我もなくなり見た限り体も健康のようだ。

 お粥は流石に可哀想だと今日は厚切りベーコンを焼く。

 それに加えてレドが作っておいてくれた焼きたてのパンと野菜たっぷりのスープ、ジャムや果物を用意し、本日の朝食はこれにて完成。

 本当は目玉焼きもつけてやりたいが、いかせん卵が足りない。

 オーロッシを見繕う際に家畜できる鳥も頼んでおかなくては。


 フライパンとおたまで大きな音を鳴らし朝食の準備が整った事を叫ぶと、大勢の亜人達はソワソワとその場に座り込んだ。

 レドとパメラに配膳を手伝ってもらい一人一人に手渡していくと、大半のものがビクリと肩を揺らす。

 どうやら彼らは人間というものを憎む前に畏怖しているようである。


「それではみんなにいき渡ったところで、いただきます!」


 お食べ、と合図してもレド達以外はなかなか料理を口にする事はない。

 温かいうちに食べた方が美味しいのにと気にするそぶりを見せながら私も一口食べれば、分厚いベーコンの脂が舌に溢れ出し口内をめぐる。そのままパンにかぶりついても脂のお陰で食は進むし、ジャムを塗っても尚旨し。


 ひたすら食べ進めていると、カチリと一人の亜人と目があった。


 彼は髪と髭がもじゃもじゃで、身長は小さくも体格はずっしりとしている。見た目は小さなおっさんのようだ。

 じっと見つめられるので同じく見つめ返しながら食べること五分。

 彼はフォークでズブリとベーコンを刺し、豪快にかぶりついた。


「ーー美味いっ!」


 そう叫んだ彼に続いて亜人達は漸く食事を開始する。

 どうやらこの中では彼が一番偉いようだ。


 私はゆっくりと腰を上げ彼に近づき、そして初めましてと笑って彼を見下ろした。


「私はこの庭を所持しているリズエッタ。 君たちの新しい主人となる人間だ。 食べながらでいいから私の話を聞いて」


 一度に全員へ発言するのは難しいだろうとそいつの前に座り込み、私はなるべく簡単な言葉でこの庭で生活してくために必要な事を話した。


 庭からは私の許可なく出られない事。庭内ではレドに従う事。与えられた仕事をこなす事。仕事が終わり次第自由にしていい事。仕事をきちんとこなしていれば出来るだけ各々の望みを叶えるつもりな事。


 そして一番大切な、逃げ場はないという事。


「私を襲って逃げようにも私の許可なくここからは逃げられない。 けどどうしてもここが嫌なら領主の鉱石場に連れて帰ることはできる。 また生き物として扱われないけど、それが良ければそうしてあげる。 私が君たちに求めるものは労働力だけど、一日のノルマが完了したのならそれ以上の労働は求めていないから自由にしてくれて構わない。 付け加えて言わせて貰えば、君たちを助けたからと私を信用しなくて結構。 別に信じて欲しいとも思っちゃいない。 自分が、自分達がまともに生きたいなら必死にもがいて生きろ、以上。 何か質問は?」

「ーーもしオラらが武器を欲しがったらどうする? 与えてくれるのか?」

「武器? いいよあげるあげる。 鍬だって鎌だってフライパンだって使い方によっちゃ武器にもなるし、私程度なら簡単に殺せる。 だから武器を与えても私が困ることはないしね? でもあんたは私を殺さないし、傷一つ付けられやしない」

「なんでそう言い切れる」

「だってレドの方が強いもん。 何人束になったって、レドの方が強い。あの子が何年私と一緒にいたか知らないでしょ? ここ三日で起こった"奇跡"はレドにも起こっている、起こり続いている。 その意味が分かる?」


 贔屓目じゃなくてレドは強い。

 祖父とアルノーには敵わないだろうけど、スヴェンとはいい勝負になると思う。

 だって私の料理を毎日食べてるレドが他の亜人より劣化しているわけがない。


「ーーーーオラ達は何をすりゃいい」

「ん? それはレド達が教えてくれるけど、今後家畜を買う予定だからそれの世話が増えるかな。 それで一応希望をもたせることも言うけど、君たちの働き次第でここに来る亜人はふえるよー」

「っそりゃ一体どう言うことだ?」

「あんたらがまともに仕事をし続ければ、また余裕ができる。 また死にかけの亜人連れてきても世話ができるからね。 よーく考えてお仕事してね?」



 傷つき死にかけてる亜人をもっと救いたいと、守りたいもと願うのならば行動を示せ。

 そんなところだ。

 レドもシャンタルもパメラもミランもティグル家族も、真面目に仕事してくれていたから私には精神的にも金銭的にも余裕がある。


 だから私はレドの我儘を聞いてあげてる。

 もし連れてきた亜人が私に逆らうものばかりならば次から次へと、大量に亜人を連れてきてはいない。

 少しずつ様子を見計らって増やすのが、本来は最善だったのだから。


「幸せは勝手にやってこない、自分で掴みとるんだよ」


 幸せになりたいと願うのならば誰かを何かを切り捨ててでも、蹴散らし蔑み踏み潰しても、それに向かって手を伸ばせ。


 恨みも妬みも捨て去り私の手を取るなら、私のついでに幸せにしてやってもいい。




 そう私は思っている。




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