93 嫌な予感
領主から無言の了解をとると、私はティモに頼んで馬車をここまで運んできてもらう。
その間に怪我のひどい亜人がどれだけいるかを確かめ今後の方針をきめた。
「あ、そういえば。領主様、他に亜人っていたりしますか? 例えば耳が長い亜人とか。さっき見た気がするのですが」
見た目私たち人間のような、耳だけ長い亜人は存在しているのかと問えば領主は少し頭を悩ませていたはずだと答えた。
それは私が馬車の中で見た亜人のことなのだが、ここの中を見てもそれに該当する見た目のものは見当たらない。そうなるとあの時すれ違った亜人だけが別の場所で保管されていると考えていいだろう。
「まさかと思いますが、私に見せたくないからその亜人を隠した、とか? 私が見た亜人は小綺麗でしたがまともな格好で怪我はしてなかったと思いますし、結局こういった傷物しか譲りたくないということでよろしいでしょうか?」
「そんな事はない! 私とてここに居ない亜人のことなど知らぬ!」
「ではいったい、その亜人は何処に?」
領主が知っていようが知るまいが、あれらが亜人だというのならば私に見せないのは契約違反だ。
さっきもまともな亜人を、と言ってたのにもかかわらずそのまともなものを隠したとなれば私が格下に見られてると考えて間違いない。
どういったことでしょうとにっこり笑って領主に詰め寄れば、領主はロレンツァーを呼べと側近へと叫ぶ。ここを運営しているのはあの小太り親父だとすれば、すぐにでもあの亜人達が何処にいるかわかるだろう。
しかしまあ、なんとなく、なんとなく嫌な予感はする。
ここは奴隷の墓場。
それなのに怪我のなく小綺麗な奴隷。
それも出で立ちは人にそっくりときた。
ゲスい事は考えたくはないが、そう考えてしまう私の脳はおかしいのだろうが。
私はロレンツァーがここに来る前にここへ到着した馬車へ一度乗り込み、庭へ渡ってレドを呼ぶ。
そして今回は人数がいつもの数倍以上でそして重傷の亜人が多い事を告げ、庭での仕事を一旦中止しても良いから運ばれてくる亜人の世話をするように命じた。
庭から急いで外へ戻り、スヴェン達の手を借りて身動きの取れないものから荷台へと詰め込んでいく。
三十人弱の亜人はきっと一台には乗り切らないだろうと思い領主にダメ元で馬車を借りられないかと聞くと、先ほどのやり取りかあったからから快く頷いてくれた。
護衛をつけようともいってくれたがそれは辞退し、深入りしないクヌート達に頑張ってもらう事にしよう。
どうせ家まで馬車で運ぶつもりはないし、余計な存在はいるだけ無駄で迷惑なのだから。
「おい、リズエッタ!」
ロレンツァーが来る前に必死に亜人を詰め込んでいると、スヴェンが小声で私に話しかけた。
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃねぇよ! でしゃばりすぎだろうが! 相手は領主と貴族だぞ?! なんて行動しやがるっ!」
そう言ってスヴェンは私を睨みつけ、もう少し行動と発言を抑えろという。けれど私としてみればそれを了承するなんて事は出来ないのだ。
だって最初に見下してきたのはあっちなのだから。
「スヴェンが気にするのは分かるけど、私は態度を改めないよ? だって私を馬鹿にしてきたのはあのクソデブだし。領主だって私を子供だからと侮らなかったら今回ここにきてない。全部あっちが勝手に私を見下したせいでしょ? ここでペコペコしてたらまた舐められる!」
「それでも常識的に考えてなぁーー」
「常識もクソもあるもんか! それに私がどんな態度でも領主は私に文句言えないんだよ! だってあの人は私の作る食料が欲しいんだもん。私が離れて困るのはあっち、私は困らない。前回の"お話しあい"で領主はきっとそう思ってるよ」
私の態度が気に入らないのならば保存食を諦めて私を切り捨てるか、権力にモノ言わせて私を平伏させればいい。
それなのに怒ることなく亜人を私に全て譲り、それでも尚私の機嫌を損ねないようここにいない亜人さえも探し馬車までも用意した。
それはつまり私との取引を手放したくないのだ。
「スヴェンさん、今ここで一番権力を持ってるのはもはや領主ではなく私なのだよ。それだけのものを私は作ってると自覚もしてるしね」
「ーーーーお前ってやつは」
「私といるのには苦労が必要だって、もうスヴェンは分かってるでしょ? 諦めた方がいいんじゃない?」
爽やかににっこりと笑う私とは対照に、スヴェンは頭を抱えて目を瞑った。
ロレンツァーがこの場に到着したのは亜人を半数ほど馬車詰め込んだ頃だった。
急かされて走ってきたであろう額には大粒の汗が光り脂ぎっている。日頃の運動不足がみてとれた。
「バーベイル侯爵! 御用とはなんでありましょう!?」
荒く息を吐きながらゴマをするように手を捏ねて、ロレンツァーは不機嫌な顔をした領主に問いかけた。
領主は息の整っていないロレンツァーの事など気にするそぶりなどなく、ただ亜人を全て出せと怒鳴りつけたのである。
「あ、亜人でしたらその小屋にいるもので全てでございますっ!」
「嘘をつけっ! 彼女が見たと言っている! まさか隠している訳ではないだろうな!?」
「そんな滅相もないっ! そこの小娘の勘違いでしょう!」
焦りながらも私に視線を向け、まるで私が嘘をついてるようにロレンツァーは振る舞う。
だが残念だったなロレンツァー。
私はあれを亜人と認識したのだ、領主への嫌がらせでここに居る亜人は全てもらって帰ると決めたのだ。
お前の意見など聞き耳など持ってやらん。
「領主様、私は自分の目を信じています。この"使用人"は余程私に亜人を連れていかれては困るようですね。ーーーー勝手に探しても構いませんか?」
「何を言っているっ!? 平民風情が勝手にここを荒らすなどっーー」
「黙れロレンツァー! おい、コイツを縛り付けておけっ!」
「バーベイル伯爵!?」
私最優先の領主は暴れ縋るロレンツァーを縄で縛り付け、探されて困るものがあるのかと詰め寄っている。
いくら領主だとしても貴族を縛り付けるのは如何なものかと思うが、私が口にすることはない。
領主は側近にロレンツァーを預けると探しに行こうと先陣をきり、私はそれに続く。
さっき荷馬車で見たのはもっと綺麗な屋敷の方だと指を差すと、ならばそこからだと足を向けた。
ティモとクヌートに馬車を預け、私達は亜人を管理する者達が住まう宿舎へ足を踏み入れた。
外の小屋とは違いきちんとした作りの屋根のある宿舎には、今は住人がいない。
日もまだ高いし、仕事をしている時間なのだろう。
プライバシーなどの言葉など知らないふりして一室ずつ部屋を覗き確認して行くと、一階の奥に宿舎に似合わない地下室を発見することが出来た。
全くもって、犯罪の匂いしかしない。
スヴェンを先頭に階段を降りていくと少しずつ騒がしい声が聞こえてくる。
よく耳をすませてみると苦しみもがく声と、それを楽しむかのように笑う複数の声。
「……リズ、お前ここで待ってろ」
「だが断る。私が欲しいって言ったんだから私が行かなくてどうするよ」
待ってるだけだなんて馬鹿らしいとスヴェンの言葉を否定し、そのまま追い越して先へと進む。
どんどん大きくなる笑い声を不愉快に思いながらも、嫌な予感が当たりませんようにと珍しく神に祈ってもみた。
私が目の前に現れた扉を開ける前に一度深く息を吐くと、今度はスヴェンが私を追い越し扉を蹴飛ばす。
勢いよく扉が開く音と共に驚きの声が上がったが、それよりももっと私の方が声をあげたかった。
汚ねぇもの見せんじゃねぇよ、と。
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