92 鉱石場
スヴェンから手紙を受け取って三日後。
案内の通り領主の使いは私達を迎えに来た。
同行者はおっさん達三人と私とスヴェン。そして領主の使いのもの五人と領主その人。
なんでお前もいるんだよ!と、軽くツッコミたくなったのだが、スヴェンが亜人を所持しているのだからとそれも私優位の条件を出したのだがら当たり前だと言い切ったので渋々不満を飲み込んだ。
領主が所持しているという脆弱な亜人がいる鉱石場はハウシュタットから馬車で一日ほど掛かる場所にあり、道中私は馬車酔いと嘘を吐き、庭に待機しのんびりと過ごした。
ティモに聞いた話によると朝夕とも食事はとても豪勢だったらしいが、どれも口に合わない料理の数々で、食後四人はこぞってジャーキーにかぶりついたとか。
まぁ、あの味付けだけがくどい豪勢な料理は、私の味付けに慣れてる人間にしちゃ辛いだろう。
ビバ! 旨味成分! である。
鉱石場についたのは明くる日の昼過ぎ。
働いているものは主に犯罪奴隷や借金奴隷で、管理する人間もチラホラといるが殆どは死んでも構わない者達の墓場といっても過言じゃないような場所だ。
その中の一番底辺に存在しているのが亜人奴隷。
生きてようが死んでようが物のように扱われ、死しても尚ゴミクズかのように捨てられるだけの存在が、私の欲しているモノ。
スヴェンの隣で周りを見渡してみると、人の様な、でも耳が長い奴隷達に目がいった。
鎖で繋がれているしここにいる以上奴隷なのに変わりがないのだろうが、他の奴隷よりは小綺麗な衣類を着ていて何処と無く表情は暗い。奴隷だから和気藹々と仕事をしてるとは思っていないが、死んだ目をした、否、生のないガラス球を埋め込んだ様な瞳が少し気になった。
馬車は敷地内のある建物に着くと止まり、私は漸くそこで地面に足を降ろす。馬車の揺れを先ほどまで感じていたせいか身体がまだ揺れている様な感覚が抜けないが、それもそのうち無くなるだろう。
室内でまずお茶でもと誘う領主に首を振り、私は早めに奴隷を見たいと頼み込んだ。
ぶっちゃけまた領主の都合のいい様に話を進められるのは嫌なのだ。
パパッと済ましてお暇させていただきたい。
スヴェンは私の対応に眉を顰めたが領主はソレをすぐ了承し、今度は馬車を使わず徒歩で移動をする。
後ろから領主を呼ぶ男の声が聞こえ振り返ってみると、小太りで頭の毛が薄い男が必死に走っている姿が見れた。
奴隷とは違いきちんと衣類を着こなしているし、指元には宝石が光っているのがわかる。きっとこいつはここの支配人か何かなのだろう。
「これはこれはバーベイル侯爵! ようこそお越しいただきました。 奴隷の件でしたら私がそちらの方々を案内しますので、侯爵はどうぞあちらで休んでいてください!」
「ーーいや、彼等は私の客人なのでな。 私が案内するのが筋だろう」
ですが、と声を荒げる男は私達の方をチラ見と見るとニヤリと口元をあげた。
その行動は貴族に見えない私を馬鹿にする行為そのもので、なんとも気分が悪い。
「領主様。 私は領主様とお取引したいのです。 どんな輩か分からない、それも子供だからと私を卑下する人間と話し合いは出来ません。 それとも領主様はこのような仕打ちをする様に"使用人"に言いつけているのですか?」
売られた喧嘩は買ってやる!
相手が"使用人"ではない事は分かっているが、相手を見て対応を変えるならばこっちだって生意気な態度をとってやる。
ニッコリと笑って領主と男を見ると男の顔は赤く染まり、領主様は私とその男の様子を見て深く息を吐いた。
「ーーそのような態度をとる様にいった覚えはないが、気分を害したのなら謝ろう。 ロレンツァー、ここは私が預からせてもらう。 貴公は下がれ」
「でっ、ですがっ!」
「二度も言わせるな、下がれ!」
領主としてはロレンツァーと呼ばれた男より私の方が大切な"お客様"なのだ。
下手に出て気分を害して、また保存食売らないよーなんて言われたら堪らない。貴族の機嫌を伺うよりも私の機嫌を直すことの方が、今の領主には大切な事なのだ。
ふふんと鼻を鳴らし馬鹿にした様に笑うと、不意に後ろから頭を叩かれた。
犯人は勿論スヴェン。
後ろに控えていたおっさん達の顔にも冷や汗が流れ、またもや私は出すぎた行為をしてしまったらしい。
だがそこで止まる私じゃないのだよ。
敢えてニッコリと笑い返してみた。
そこからロレンツァーと別れ、行き着いた先はオンボロの建物。
屋根はかろうじてあるくらいで、若干柱が斜めになっているのが気にかかる。辺りを見渡すと他の建物はそこより幾分かマシな作りになっている。という事はこの乱雑な建物に入るもの達こそ底辺中の底辺。お求めの亜人達なのだろう。
とは言ったもののはこの建物に入るのは少し勇気がいる。直ぐに崩れないと思いたいが、いつ崩れてもおかしくない見た目なのだ。
入るのを躊躇っている私をよそに領主とその側近は中へと足を進め、私はスヴェンの服の裾を握りしめて覚悟を決めて歩き出す。
どうか崩れませんようにと神に祈り、薄暗い室内へと目を凝らした。
室内は異様な臭いが立ち込めており、お世辞にもいい環境とは言えないものだった。きっと汚物やら何やらが放置され続けた結果なのだろう。ハンカチを鼻に当て進んでいくと薄っすらとした光の中に何かがいることが分かった。
それはやせ細った亜人の成れ果て。
レドの様な獣の亜人もいるが所々毛皮が剥げているし、手足の方向がおかしいものもいる。人の様な見た目だけれども背丈が私程しかないずんぐりむっくりな生態は、手足は細く健康とは言い切れないだろう。
蛇の様な鱗を持つものは切りつけられた様な、仕事では出来ない様な怪我をしていた。
私は思っていた以上の杜撰な扱いに、思わず息を飲んだ。
この場いるのはおおよそ三十名弱。どれも死んでもおかしくない状況で、人ならば死んでいて当たり前の状態の亜人があまりにも居すぎだ。
本当は十人くらい貰えればいいかなと思っていたのだが、態々死ぬ予定なものをここに置いておく必要はない。
捨てる命ならば私が拾ったって文句はないはずだろう。
「領主様、領主様。 私の見立てではここの奴隷はいつ死んでもおかしくない状態だと思います。 死んでゴミになるくらいならばいっそ、私に全てくれませんか?」
「全てか? 死ぬかもしれんのに、全てを欲しがるとは可笑しなものだ。 まともなのを選べば良いのではないか?」
「だって死ぬんでしょ? なら無駄死する前に一仕事させたいじゃないですか! どうせあんな状態じゃ鉱石なんて掘れやしませんよ! 出来ることと言えば他の奴隷の捌け口くらいでしょ? 違います?」
見た限り、まともに鉱石が掘れるのは数名足らずのはず。足がへし曲がっていたり顔が潰れていたりするものが仕事なんてできやしない。
それを踏まえて考えれば亜人である彼らがここに居る理由なんて、人の捌け口でしかないのだ。
犯罪奴隷も借金奴隷も亜人ではなく人間。
底辺にいてもその下にまだ居ることを知ればまだマシに思えてしまう、屑な人間。
彼らの不満を抑えるために必要とされるものが亜人だっただけだろう。
「ダメなんですか? どうせここで生きてても意味なんてないでしょう? 私が有効活用します!ね!」
ニッコリと、悪気のない笑みを浮かべれば、何故が側近達に引かれた様な顔をされた。
なんとも解せぬ。
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