90-1 成り行きジュース

 

 


 どんな素材でジュースを作るのが一番無難かと、食品倉庫で一人考える。

 ジュースというのならばまず甘みは大切で果実や蜂蜜を使うのが前提だ。

 それ以外のものでどんな植物を使うのがいいのかとアイデアをひねり出すもの、そんな都合よくこれだ!というものは思いつかない。

 ならば私の知っているものを手当たり次第準備するべきなのだろう。


 まず用意するのは私の好物である蜂蜜。

 蜂蜜は抗菌作用もあり咳止めにもなる優れもので、健康な人間も食べ過ぎなければ体にいい食べ物だ。

 次に健康になりそうな長寿草。

 私の庭で栽培しているのもは甘みもあって美味しいし、唯一薬草として入れてみてもいいだろう。


 あとは何を入れてみようとぐるりと倉庫内を見渡せば、籠に入った野菜の数々が目に入る。それらの中で一番最初に目に付いたのは濃いオレンジ色をした人参だった。

 人参ジュースはよく聞くものだしこれをベースにしていこうと手に取り、その他にセロリと林檎もチョイスする。

 そしてそれらを摩り下ろしにするべく、私は袖をまくりあげた。



 ゴリゴリゴリ。

 室内にただ響くのは私が磨りおろす人参の音。

 人参が固いせいがすでに私の腕は痛みをはらんでいる。この後も人参を数本と林檎と長寿草をするなんて過酷な労働にしか思えない。

 ならばこんな時に必要とされるのは労働力であり、私はすでにそれを所持していた。

 汚れた手を拭き取りドアを勢いよく開け、お菓子を食べたい人!と大声で叫ぶ。

 すると小さな二つの影と、それに似た大きな影がすぐさま私の前に現れた。


「お菓子たべるー!」

「たべるー!」

「おい! 走るんじゃない、危ないだろう!」


 現れたのは虎の親子のティグル、ガウナ、ツァックの三人で、子供らは目を煌めかせ両手を挙げている。

 父親のティグルはそんな二人を優しげな顔で見ながらも、私には特に挨拶をすることはない。

 以前はパメラに頼んで親を離して双子の面倒を見てもらっていたが今は夫婦共々逆らうそぶりはなく、今はこうして親子で行動することを許しているのだ。

 ティグル自身は私に未だに警戒心を抱いているようだが前のようにレドと対立する事も減ってきたし、私もそこまで警戒することはなくなっているのが現状だ。


「ささ、おたべー! そしたらお手伝いしようか? その後またおやつ作るよー?」


 双子に私用に用意していた特製蜂蜜パウンドケーキを渡し頭を撫で、ティグルもいる?と声をかければ不機嫌そうに頷き掌を差し出す。

 そこにちょこんと二人より大きめなケーキを乗せ、テーブルの上のものを摩り下ろして欲しいとお願いをした。


「人参をベースとしたジュースを作ってるんだけど私の力が弱くてね。作り終わったらその絞りかすで甘ーい人参ケーキを作るつもり。手伝ってもらえる?」

「ーーーー仕方ねぇから手伝ってやる。 ただできたら食わせろよ」

「もちろん!」


 力の一番強いティグルに人参と長寿草、セロリを摩り下ろしてもらい、ちびっ子二人は林檎を二人で一つ。

 私は磨り終わった順に麻布にそれらを入れてボールでジュースとなる液体を絞っていく。

 絞りかすは別のボールに入れ、ケーキ用に干しぶどうと蜂蜜、ラム酒を混ぜて放置。

 ジュースが完成したのちに粉と混ぜて焼いていこう。


 絞った液体にも蜂蜜を混ぜて甘さを調整し、酸味を出すためにレモン汁を少し加え瓶に移せばハイ完成。

 一人で作るよりもかなり早いスピードで人参ジュースの完成だ。

 勿論作った三人と私用に一人一杯分は残しておいたので味見はみんなでしようと、ついでにさっき上げたケーキももう少し切り分けて三人の前に差し出した。


「あっという間に完成しましたので、乾杯といきましょう! ハイ、かんぱーい!」


 かんぱーいと可愛い声を続き、コクリと喉がなる。

 人参独特の味はあるが林檎と蜂蜜の甘みが口の中に広がる。ほんのり香る薬に似た香りはセロリからだが、それがまたいい。レモンのほんの少しの酸味で後味はすっきりとしているし、甘い蜂蜜ケーキとの相性はバッチリだ!

 ゴクリゴクリとそれを飲み干し目の前の三人を見ればすでに飲み終わっていて、尻尾を左右に振りながらケーキを口いっぱいに放り込んでいる。

 その姿にしみじみ親子だなと感心していると、私の視線に気づいたティグルがもういくぞと双子を抱えてドアの向こうへ向かっていく。


「おかしー!」

「もっとー!」

「あとで作ったら置いとくよー! お手伝いありがとねぇ!」


 もっと欲しいとねだる双子に手を振り、私は出来上がったジュースと絞りかすを手にハウシュタットの家へ戻る。

 家の中は薄暗いと思いきや明るく、まだ夕暮れ前だというのに酒を飲むスヴェンの姿が目に入った。


「ーーまるで呑んだくれ」


 小声でそう言ってみるとなんだよとスヴェンはこちらを睨み、そしてテーブルの上をトントンとたたく。そこにあったのは一通の手紙で宛先には領主の名前が記されてあった。


「リズが留守の間に使いの者が来た。 先に読ませてもらったが三日後に迎えに来るそうだ」

「迎えって事は私とスヴェンだけってこと?」

「いや三人も連れていく。 領主が所持する鉱石場に亜人がいるらしくてな、そこで選んで連れてけだとよ」

「なるほど了解。 んじゃ三人にも伝言よろしく!」


 手に持っていたボールをテーブルに置き、さて出かけるかとスヴェンに背中を向けるも、すぐに襟首を捕まって動く事が不可能になっていた。

 何か用と振り返り首を傾げると、その手に持っているものはなんだと瓶から目を離す事なくスヴェンは私に問いかけた。


「これ? ーーなんというか栄養ドリンク? 病弱な人に与えてどれだけ回復するかなっと? 実験?」

「ーー誰に試すんだ?」

「ん? ホアンさんの娘」


 何か問題でもとも一度首を傾げてみればスヴェンの眉間に皺がより、右手は私の頭に向かって振り下ろされる。

 ゴンという事が音が頭に響いたと思うと次には怒声と痛みが襲ってきた。


「お前は何を考えてるっ!? ただでさえ薬草で目ぇ付けられてんのに次は薬かなんか作ってんのか!? 亜人や孤児達ならまだしも、足のつく人間で試すんじゃねぇ!」

「いや、薬ではないのだけどーー」

「兎も角! それは持ち出し禁止! 病を治すのは医者と薬師だ、余計な事はするな!」


 そんな事言われても折角のチャンスを無駄にするのは勿体ない。

 私はスヴェンに事の成り行きを話し、そして孤児達を黙らせとけば問題ないと言い張った。

 然し乍らスヴェン曰く薬師が嘘をついたという証拠は無いわけで、私が今勝手に動いてホアンが孤児を頼った事が明るみに出れば、ホアンの娘が治った時疑われるのは孤児達。そこから薬草繋がりで私まで行き着くのはたやすい事だろうという事。勿論そうなってしまった場合は私は庭から出ない、孤児を切り捨てるといった対応をする気だったのだが、そうなると私と仲の良いスヴェンに目がいく。

 つまりは全ての皺寄せがスヴェンへと向かうわけだ。


「んじゃホアンの娘を助けないのが正解って事でいい? 私は救済者でもなければ偽善者でもない。見知らぬ他人を見捨てて心が痛むなんて事多分ないけど、そうなると今後孤児達は使えないだろうなぁ。なんやかんやで彼奴ら私にグチグチ言うだろうし。面倒だ」

「そりゃまぁ、あれだ。しょうがねぇだろう。リズは悪いことをしてるわけじゃない。むしろ作っちまったソレが誰かに目ぇつけられる方が問題だ。取り敢えずソレは俺に渡せ、保管しとく」

「ん。使わないならスヴェンが飲んでもいいよ? だだの人参ジュースだし、美味しいよ!」


 長寿草も入ってなかなか美味いよと笑うと、スヴェンは私の頭をグリグリと乱暴に撫で回す。その時の顔はあまり見る事のない真面目な顔で、ほんの少しスヴェンを巻き込む可能性を考えて行動するべきだったと反省した。

 そして私は絞りかすを使った人参ケーキを作りながら、三人には材料が揃わなかったと言い訳しようと思ったのである。




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