38 悪魔の見た目


 




 活気溢れる街並みに磯が香る商店街。

 行き交う人々は皆活気に溢れ、私やスヴェンと違って肌の色が少し濃い。港の街だ、山に住んでる人間より日焼けしていて当然なのだろう。


 領主に荷馬車の話をしたところ二、三日待って欲しいという返答をもらい、その間はハウシュタットを観光することになった。

 そしてその時に領主の屋敷に滞在するのは申し訳ないと、ついでに家を出たことのない私が宿屋に泊まってみたいと我儘を言い出した事により屋敷を離れ、街に宿を取る事が許可されたのである。

 勿論私が我儘を言ったのは宿屋ならば魔石を使って室内で料理が可能である事と、いちいち屋敷に買ったものを持ち帰りたくなかったという理由があり、なんとかもぎ取った主張でもあった。


 ハウシュタットはエスターやヒエムス、グルムンドと違い海と隣接している街だ。

 そこで私が手に入れたいのは何と言っても海の幸の数々。当初の予定ではハウシュタットで食べられる分だけを買う予定でいたが予想外の出来事により大量買いができ、待ちに待った、できると思わなかった魚の加工ができるのだ。このチャンスを逃してはならない。



 スヴェンと手を繋ぎ彼方此方に歩き回り、店の隅々まで目を通す。新鮮な魚介類は勿論、天日干しされた干物のようなものやオイル漬けなど様々な加工食品を見つける事が出来た。

 それらをほんの少しずつ購入しつつも辺りを徘徊し、ふと目にした先にとある物体を発見したのである。


「おじさーん、これは幾らですか?」


 どれどれと私の指先にある物を見た店の亭主は顔を歪め、それは売り物ではなくただのクズだと答えて私に違う魚を勧めてくる。

 スヴェンもスヴェンで私の興味を他のものに逸らそうとこっちの方が新鮮だ、美味そうだと腕を引くが私は頑として動かずに笑ってそれを下さいと丁寧に頼み、その他にもそこそこの量の小魚を買い付け、一度商店を後にした。


「おいリズ、何でそんなもん買うんだ。んなもん気持ち悪くて食えるわけねぇだろう」


「気持ち悪いとは失礼な! これは凄く美味しいよ。一度食べれば分かるって」


「好き好んで蛇や亀を食うヤツの言葉が信じられるかっ」


 絶対不味い、気持ち悪いと言葉を連ねるスヴェンに過去に出会った異国の人を思い出した。


 自国である日本では当たり前に食べられていたが、フォルムが気持ち悪いだとか悪魔の使いだとかなんとかで食べない国も珍しくもなく、きっとスヴェンや店主の反応からするとこの国では前記の意味で食べられていないのだろう。

 生食は勿論、焼いても揚げてもお煎餅にしても美味しいというのに食わず嫌いとは恐ろしいものだ。かく言う私も幼い頃は苦手で食べられなかった人間だから、好き嫌いはしちゃいけませんなんて言える義理などないのだが。


 るんるんとスキップをしながら泊まることになった宿屋へ帰り、亭主にご飯は要らないと伝えて階段を上る。二階の角部屋に用意された部屋は領主の屋敷とは違い、幾らか親しみを感じるが平民が泊まるような宿屋とは言えない。

 此方が屋敷を出るにあたって用意された宿は下町にあるようなものではなく、大商人や小金持ちが泊まるような綺麗な場所だ。部屋に入って見ても綺麗なベッドが二つとテーブル、シンプルながらも高級感のある作りになっている。


 部屋の隅にテーブルを寄せ、その上に今回買った物と魔法石が組み込まれたコンロを置き調理開始。


「スヴェンさーん、オナシャース!」


「━━ヘイヘイ」


 家や庭ならば火を熾してフライパンを温めるのなんて簡単なんだが、ここにはかまどなんてない。あるのはこの魔製品。つまり魔力のない私には使えない品物である。

 アルノーがいた時は魔法を頼めたが、スヴェンでは細かい火の扱いは難しく魔製品を使うのがセオリーだ。


 スヴェンに稼働してもらったコンロの上でフライパンに干物を皮を上にして置き四、五分やき、焼き色がついたら裏返してまた四、五分。再度返して焼き色がついてたら完成だ。

 皿にのせクンクン匂いを嗅いでみると焼き魚のいい香りがしているが、さて、どんなものなのだろう。


 魚焼いてみたとスヴェンに声をかけ椅子に座らせ、持参したフォークで身をほぐす。試しにパクリと食べてみればちゃんと旨味が出ていてうまい。ただ一つ文句を言ってもいいのならば塩味が足りない気する。

 ベッドの横に置いておいた肩掛け鞄から一つの小瓶を取り出し、スヴェンに断りを入れ数滴振りけた。


「これでどうだ!」


 黒い水滴、つまりは醤油をかけた干物を口に含めば足りないものが埋められより一層美味しく感じる。

 美味しいねぇとスヴェンに声を変えれば醤油って凄いんだなと見直した声を上げ、バクバクと干物を喰らい尽くしていった。

 その姿をジト目で観察して入れば食べ終わった後にスヴェンは私の顔に気づき、バツの悪そうに目を背けた。私はそれに追い打ちをかけるように先ほど買ったネチャネチャした物体をぶらんと目の前に垂らした。


「さぁ、スヴェン。私のご飯を作ろうかぁ」


 にっこり笑ってそう言えばスヴェンはギョッとしながらも諦めたようにため息をつき、大人しく私の言葉に頷いた。

 じゃあ始めにとフライパンを端に寄せ、持参したまな板にそれを、蛸を乗せて頭を切ってワタや墨袋を取り出す。

 その後目玉とクチバシを除去し、次にとりかかるのはぬめり取りだ。


「さぁやってみよう!」


 塩の入った麻袋をスヴェンに渡し、さぁやれと首で指示を出す。

 それに拒絶反応をしめしているスヴェンに私のご飯食べたのは誰だと威圧し逃げ道を塞ぎ、塩を握らせ全身全霊をかけて揉ませていく。すると徐々にぬめりは取れていき、ぬめりがとれたところで一度水洗いをした。

 勿論水洗いをする際はスヴェンに水の球を出してもらい、そこに突っ込むという単純な作業をしたわけだ。


「気持ち悪ぃ━━。これマジで食うの?」


「食います! 次はこの熱湯に足から入れてってねぇ」


 蛸を塩もみしてもらっている間に沸かしたお湯に塩を加え、上下させながら脚を茹でていく。頭も茹でて三、四分経って引き上げたら茹で蛸の出来上がりである。


 今回は脚を二本切り取ってぶつ切りにし、オイルをきったドライトマトとニンニクと塩と胡椒、ハーブを加えてフライパンで炒めた炒め物を私のご飯とした。

 他の残った部分はタコ飯と唐揚げ用に取って置き、室内に用意された保冷庫に保存。


 全くもって氷の魔石付きの保冷庫は素晴らしい。

 わたしの知っている冷蔵庫にはおとるが冷気を保つにももってこいの代物であり、大量に購入した小魚もここに保存中だ。


 そんな事を考えながらフライパンや使用した器具を洗い片付け、綺麗になったテーブルの上に置かれた料理をパクリと頬張った。

 トマトの酸味とニンニクの香り口いっぱいに広がり、プリッとするタコの感触はたまらない。


「うまうまー! さすがタコ! 嗚呼、たこ焼きも食べたい!」


 これもこれで美味しいのだが、私にとってはたこ焼きに入っているものが一番美味しいと認識している。ゆえにたこ焼き機のないこの状況であってもそれを望んでしまうのは仕方ない事だろう。


 美味しい美味しいと呟きながらタコを食べていると、いつの間にかスヴェンは片手にフォークを持ちながらチラチラとお皿の上を眺め唸りを上げている。

 食べたければ食べればいいと声をかけ、一欠片のタコを刺したフォークを口元に持っていってみればスヴェンは唸りながらもそれをパクリと食べた。

 一度躊躇いながら噛み、その後二、三度と噛み出せばタコが不味いものではないとわかったのか美味い? と呟き、もう一口くれと口を開く。私はそれに応え、またタコを刺したフォークを差し出した。


「案外美味しいもんでしょ。姿はあんなんだけど食ってみると美味いもんは、世界に溢れてるんだよ」


 だが無理に食べる必要はないけど。

 高級レストランで見た目が重要視されるように、見た目が駄目で食べられないものも沢山ある。それを黙って、我慢して食べるなんてたとえ美味しくても苦痛だろう。

 だから私は美味しいと言われても絶対に虫だけは食べない。


「ーーなぁリズ、アレはどうやって食うつもりなんだ?」


「ん? 残りはタコ飯とタコ唐揚げ、それでも残ったらお好み焼きでも作ろうかなと」


「そうか、そん時は二人分な」


 どうやらスヴェンはタコを気に入ったようで気持ち悪いと言いながら保冷庫を開けたり閉めたりしている。その姿をのんびりと眺めながらやっぱり美味いもんの効果は偉大だと再認識した。



 以前私が作ったタコ飯擬きはぬめりを取らなかった為に不味いし臭いし、悲惨な出来だったとだけ伝えおこう。





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