37 どこへもドア


 





「お前なんなの? 本当にただの人か?」


「いやぁ、神の使徒、ですかね?」


 冗談交じりの言葉を吐き出し唖然とするスヴェンの背中を叩いた。


 私抜きで領主と話を進めてきたスヴェンに事の成り行きを話し、そして実際に庭と繋がった扉の中を見せつける。扉の向こうではレドと祖父がこちらに手を振り、私は律儀に手を返した。隣にいるスヴェンはその状況に頭が追いつかないようでポカンと口を大きく開け、そして一度扉を閉めると私を唖然と見つめながらその台詞を言い放ったのだ。


「わざわざ時間かけて来たっつうのに、扉の向こうは庭だと? 商人殺ししてんじゃねぇよ」


「いやはや、私だってこんな事が起きるとは思ってなかったんだよ、うん」


 ただ青色狸いないかなぁとか、何処でもいけちゃうドアとか欲しいなぁとか、美味しいご飯が食べられる庭に帰りたいとか思っていただけであって。


 えへへと笑いながらでもこれで帰りの食べ物に困ることはないと言えば、逆に怪しまれる可能性もあるとスヴェンはため息をつき私の頭をど突いた。


 確かに行きの旅路で多くの保存食を消費している。それなのにいきなりポンと出て来たとなれば流石に雇い主でもカール達は不審に思うだろう。

 だが背に腹は代えられない。ご飯こそ元気の源なのだから。


「ーーバレない程度にしろ」


「んじゃ瓶詰めジャムと山菜、果物くらいか」


 干し肉はギリギリもたせて、足りなくなりそうだったら適度に動物を狩ってもらって香菜ペーストでやりくりしよう。

 シロップ漬けの果物なら日持ちするし、こちらで不味いものを買っておいても口直しに含めば丁度いい。

 あとは乾飯でスープをカサ増しする程度しか見込めないだろう。


 頭の中でなんとなく作れそうなものを献立てて扉の先のレドに指示を出し、それらの瓶と追加の乾飯を準備してもらう。

 この屋敷に滞在するのは取り敢えず明日までと予定しているが、領主の考え次第で日は延びるだろう。何せ態々宿泊先をこの屋敷にしているのだ。帰ります、はいどうぞ、なんて上手くいくかすらわからない。

 しかし私としては長居してわざわざ不味い飯を食いたいとも思わないし、亜人二人の怪我や体調も不安だ。

 なるべく早く連れて帰った方がいいと決まっている。


「そう言えばあの二人を連れて帰るとき、あの荷馬車で平気なの? アレじゃ周りから丸見えだし気分が悪い」


 領主が亜人を動物のように扱うように、少なくともここの住人は亜人に対して良い感情を抱いてはいないだろう。

 彼女達を買い付けた私が言えることじゃないが、彼女達に不躾な視線を集める行為は私として避けて通りたいのだ。


 如何するのとスヴェンに視線を向ければ、領主が今より立派な荷馬車を用意してくれていた事と、それには布製の屋根が付属していると教えてくれた。


「出入り口にも布が取り付けられているようだし、周りからの目隠しにもなるだろう」


「うーん。 手っ取り早くその荷馬車の目隠しから庭に通じないかなぁ、無理かなぁ」


 クローゼットや他の扉で庭に通じたのならばもしかしたらという可能性はあるのではないか。

 取り敢えず試してみないことにはなんとも言えないが、それが可能ならば直ぐに庭に連れて行ける。そうすれば彼女達を人目にさらすこともなく、食料もその分少なくてすむ。


 ウンウンと唸りながら取り敢えずその荷馬車を見せてもらおうとスヴェンを通し領主に許可をとり、従者の一人に馬車庫に案内をしてもらった。そしてその領主にしては控えめなのだろう荷馬車の姿を確認し、スヴェンと二人で金持ちは違うと圧巻の溜息をついたのである。


 確かに屋根も扉も布地で出来ており聞いてた通りだが、その布地は麻布よりもっと立派な生地で出来ているように思えた。もしかしたらザイデジュピネの一級品なのかもと思える程に綺麗で、仕立てもしっかりしている布地。そんなものを一商人に与えるなんて少しばかり領主の頭が心配になる程の品物だ。


「スヴェンさんスヴェンさん、これはこれで注目の的だと思いますが如何思います?」


「ーーあぁ、これはこれでヤバいかもな」


 場合によってはこの荷馬車の見かけだけで山賊に狙われる可能性が大いに上がる事だろう。


 一先ずそのことは後回しにし荷馬車の中に入り、そしてひたすら庭に行きたい庭に行きたいとただ念じる。そして意を決して布を押し外へ足を踏み出すとやはりというべきか、そこにあったのは見慣れた庭であり、またもや唖然としたレドがこちらを見ていた。


「お嬢、今度は此処からですかい」


「んー! こりゃ便利!」


 客室の扉とは違う場所に出たようで、そこは庭だがその時々の戻って来る扉によっては到着地点は違う場所になるのだろう。

 またすぐ来るとレドに声をかけまたその布を潜れば荷馬車の中に戻り、今度は何も思わず普通に外へ出る。次にそこにいたのはレドではなくスヴェンであり、私は何も言わずグッと親指を出して成功を知らせた。


「ーーお前なんなの」


「私が分かるわけないでしょう」


 気色悪いと引き気味のスヴェンにこれで検証は終わったと声をかけ、次に出す議題はこの小綺麗な荷馬車についてだ。


 幾ら領主が私達を特別視しているとしてもこれはやり過ぎであり、私達としては所持し難い。この大きさがあればそりゃ沢山納めることも可能だが、此処に来る前に他者に襲われる可能性も増す。

 今回ハウシュタットに来る途中、運良くそれ等に出会わなかったとはいえ今後もそうであるとは言い切れないのだ。出来るだけ危険性のないものにするのが好ましいし、冒険者に護衛依頼するにしても、もう少し小汚い方が彼らの気持ちも楽だろう。


 スヴェンはもう一度領主と話し合ってくると溜息をつき、私は同意しスヴェンのお尻を叩いた。


「任せたよスヴェン」


「ーー目上と話すの苦手なんだがなぁ」


 面倒くさいと頭を垂れたスヴェンは従者に声をかけ、その従者は領主にアポを取り付けることもせずこちらへどうぞとスヴェンを案内していった。

 その後ろ姿を見ているとあの気難しそうな領主は少なからず私達に平民としてではなく、同等の身分として接しているように思えてくる。

 それはきっと最初に渡した長寿草の力でもあるのだろう。やはり使えるものはどんどん使ってある程度の地位は確保しておいた方が今後の為になるだろう。


 初めてあった時は若干威圧的であった領主だが、流石により良い取引を行う為に色々此方に配慮してくれている。その気持ちを汲み取りたいのは山々なのだが、こうも私からしたら不味い食事であったり、常識を掛け違えた荷馬車だったりともう少し度を落としていただきたいものだ。


「取り敢えず一旦部屋に戻って仮眠して、腹に美味しいご飯溜めておこう」


 いずれ来る夕食を控える為、私は新たに発見した事実を最大限にいかす行動をとるのだ。スヴェンは大人なのだから今後も私以上に頑張ってもらわなくてはなるまい。私は此処ぞとばかりに子供の肉体を使い面倒なことはスヴェンに押し付け、自分本位に気ままに生きるのである。



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