26-2 ガリレオ・バーベイル
ガリレオ・バーベイルはどうしようもなく戸惑っていた。
それは引き連れてきた従者二人も同じだろう。
森の中にひっそりと佇むように建ててあるボロ屋の中にあるのは見たことのない食事の数々。それらの匂いも初めて嗅いだ匂いで、それに応えるように一方の従者の腹が鳴る。
ガリレオもその従者の気持ちが痛いほど分かったが彼を庇うことはせず、下がらせごほんと咳をした。
そして目の前にいるヨハネスに視線を合わせ口を開いた。
「私はガリレオ・バーベイル。 知らぬわけではなかろう?」
領民ならば知ってて当然、そんな態度で初対面を果たした訳だがガリレオは自分自身の愚かさを同時に噛み締めた。
ここにきたのは偉ぶる為ではなく頼みごとをする為だ。それなのにわざわざ上下関係を示してどうする。
普段ならはまだしも、ヨハネスを要請する側であり、相手の機嫌を損ねる語り方は失敗だった、とその場で悔やむ。
「ーー領主様のことは存じ上げております。 何せ倅も、ここにいるスヴェンももと騎士でして。 私自身もハウシュタットで過ごしていた時期もあります」
ガリレオがそんな感情を抱いていているとは知らずヨハネスは何時もより畏まった口調で対応し、そしてスヴェンと共に頭を下げた。
顔を上げたヨハネスはガリレオに席を勧め、彼もそれに従いテーブルにつく。
何もないテーブルなら問題は無かったのだが、ガリレオの目の前には食欲をそそる料理が拷問のように並べられている。それを知ってか知らずがヨハネスは手元のジョッキにお酒を注ぎ、どうぞとそれを勧めた。
「ーーこれは?」
「私どもがよく飲んでいる酒です。 お口にあうかどうかわかりませんが、どうぞ喉を潤しください」
長旅でしたでしょうとヨハネスはガリレオを労わり、ガリレオは勧められたままにその酒を口にした。
ガーネット色をしたそれは熟成香が強く、口に含めばスパイスを感じるきめ細やかな舌触り。これは良い酒だとガリレオは理解する。
見た目だけでも美味そうな料理と、一般家庭では呑むことのまずないワイン。この二つから察するに自分が推測は間違っていないと確信を深めた。
そう考え、意を決してガリレオは口を開いた。
「ヨハネス、とは貴公だな?」
「ーー確かにヨハネスは私ですか……」
「私は貴公と取引がしたくて、ここまでやってきたのだ」
最初にガリレオが長年追い求めていたのは商人のスヴェンだった。
それはスヴェンを呼び込むことができればハウシュタットでも彼の商品を買い取ることが出来たからだ。しかしながら領主というか最大限の権力を駆使する前に恐ろしい可能性に気づき、それすらガリレオはできなかったのである。
それは権力を駆使して見つかった散々たる”死”の所為だ。
偶然にしては多すぎるほど、スヴェンに関わりを持とうとしたものは死に導かれている。
下手に声をかけて姿の見えない死に捕まるわけにもいかず、粘りに粘って漸く見つけ出せたのがヨハネスという存在だった。
スヴェンという商人に死が付きまとっているのならば、ヨハネス自体に交渉する事が安全だとガリレオは考えたのだ。
「六年前より貴公が売り出していた商品には神の加護がついているとしか思えぬ。 故に、どうかハウシュタットと我が騎士団へも卸してはもらえぬだろうか」
「神の加護、とは? そのようなものは存じ上げておりません。 なぁ、スヴェン?」
「ーーーー神の加護かはわからねぇが、まぁ、察しろよおやっさん」
スヴェンは頭を掻きながらそう呟き、その言葉にガリレオもヨハネスを目を開いて驚いた。
「知らずに貴公は作っていたのか!」
「そんな! まさか!」
大きな音を立ててガリレオは立ち上がり、ヨハネスはスヴェンに本当なのかと詰め寄る。
リズエッタが三日クオリティと名付けたそれは庭の外、この家でも食べているものでも発動する謎の力の一部だ。ヨハネスが筋骨隆々になったようにアルノーの魔力が有り余るように、摂取し続ければそれなりの結果は出る。
それは勿論、庭の作物で作ったりリズエッタが調理するものには全て付与されている訳である。
この事に気付いていたのは実験過程を観ていたスヴェンと当人リズエッタのみだ。
スヴェンはヨハネスに小声でリズエッタは神に選ばれたんだろう? と囁けば、感極まったのかヨハネスはその場で神に祈りを捧げている。
「おぉ神よ! なんたる祝福!」
その姿に慄いたのは誰でもないガリレオである。
「本当に、知らなかったのかーー」
ガリレオから見れば、ヨハネスが自分でも知らないうちに神の加護を振りまいていた、ということに驚きを隠せない。
信仰心が高いからこそ神の祝福を受けたのだ。
そんな事をガリレオに思い、彼も、彼と共に来た従者も神に祈るという摩訶不思議図がそこに出来上がっていた。
「祈るのはいいですが、領主様との取引はちぃとばかし難しいと俺は思います」
黙々と祈る三人にスヴェンは呆れたように言葉をかけ、視線を自身へ向かせると言葉を更に続けた。
「おやっさんは年の割に体力はありますが、アレを作るのには手間がかかるんです。 ましてやダンジョンではわざわざ買いに来てくれる奴らもいて、正直なところ手が足りない。 ハウシュタットに卸す分なんてないに等しい」
「ならばダンジョンに卸す分を減らせばいいのでは?」
「そう簡単に言わないでください。 商売には信頼関係が必要なんです。 他に上客が出来たと今までの奴らを蔑ろにしたら、もうそいつらは残らない。 もし領主様に切られたとき、俺らは客をすべて失っているんです」
「だがな、冒険者よりも騎士が優遇されるべきではないのか? フラフラしている奴らより領地を、国を守る者こそ優先されるべきだろう? 貴様は今の状況を分かっていないからそんな事が言えるのではないのか? このままでは騎士は疲弊し隣国にも、亜人どもにも背を襲われかねん」
スヴェンの言葉にガリレオはテーブルに拳を叩きつけた。
そうなるのも無理はない。ガリレオの言っている通り、今の騎士団は疲弊しきっているのだ。
長年睨み合っている隣国、アレスーデ。
十三年ほど前には一度戦争にまで発展し、その時には多くの騎士団員が死んでいった。それはつまり、リズエッタとアルノーの父もその戦で死んだという事だ。
一度停戦はしたが互いに牽制し合い、今はアレスーデの他にももう一つ問題になっている事もある。
それはガリレオの言葉でも分かるように、”亜人”という種族への対応。
亜人達の大陸と言われているスミェールーチと接しているハウシュタットには今、数多くの亜人が確認されているのである。
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