06-1 クレープ


 




「スヴェンスヴェン、今日は其処に泊まるの?」


 私が言う其処とは家の前の庭先である。

 あれから少し時間が経ち、今は空が茜色に染まる夕暮れ時だ。


 それなのに彼曰く、家主がいないのに勝手に泊まるのは礼儀知らず、という事で春先の庭で一夜を過ごすようだ。


 スヴェンは私の言葉に頷き肯定し、庭の隅に馬車を移動し焚き木をし始め暖をとる。そんな彼に古びた毛布を貸し、私は台所へ再度足を向けた。


 一人で食べるご飯より二人で食べるご飯の方が美味しい。それは昼間のケーキでよく分かった。


 一人でひっそりと美味しいものを食べる背徳感も素敵だが、美味い美味いと笑いながら食べてくれる人がいる幸福感のが勝つ。故に私は今から二人分の夕ご飯を作るのである。


 小麦粉と塩を水で伸ばし、フライパンで薄く焼く。

 俗にクレープと言われるものだ。

 一枚二枚と数を増やし焼きったところでその上に千切りキャベツと酢水で辛みを抜いた玉ねぎをのせ、塩胡椒で濃いめに炒めた肉を入れ巻く。本当はマヨネーズとか照り焼きソースとか欲しいけどめんどくさいからこれでよし。

 あっという間にお菜クレープの完成である。


 お皿に二人前のクレープを乗せ改めてスヴェンの元へ向かえば彼はその日の夕食であろう干し肉を齧っており、怪訝そうの私の手の上にあるお皿をじっと見つめている。その視線に応えるように皿をスヴェンの目の前に突き出し、どうぞと私は言った。


「今日の夕ご飯、一緒に食べよー」


 返事など聞く気もなく隣にドスンと座り、クレープを一つ手に取り齧り付く。シャキシャキという歯ごたえとともに玉ねぎの辛さや酸味、肉の旨味と胡椒の香りが食欲を刺激する。私が大人であったのならば二、三個はペロリと平らげてしまうだろう。


 モグモグとクレープを食べ進めながらちらりと横を見れば、スヴェンは一口食べたままの姿でフリーズしている。脇腹を突けば思い出したかのように食らいつき、私が一つ食べ終わる頃には三つも食べ終え、さらに最後の一つへと手を伸ばしていた。


「いや! それは私の!」


 スヴェンの手をペチンと叩き最後の一つを奪い取り、そのままパクリと口へ運ぶ。味わって食べたいのはやまやまだが、ゆっくり食べるとスヴェンに奪われるような気がして急いで腹の中へと納めていく。途中喉に詰まりそうになったがスヴェンが背中を叩き、水を渡してくれた。

 私はゴクゴクと勢いよく水を勢いよく飲み、プハッと息を吐く。そしてそんな私を見てスヴェンは可笑しそうに笑っていた。

 ムスッとした顔で睨みつければすまないと謝ってはくるが、どうにもスヴェンの顔には謝罪の色が見られない。


「リズ、これもお前が作ったのか?」


「そうだけど……」


「……なんてこった」


 私が作ったのがそんなに気に入らなかったのか、スヴェンは頭を抱えて悩みだした。

 時より唸るような声がしたり頭を揺さぶったりしているが、私の料理はそこまで悩むようなことなのか?


 内心ショックを受けながらもそんなスヴェンを放っておきお皿を掴み立ち上がり、私は家の中へと戻り簡単に後片付けをしパジャマに着替える。

 幼い私にはもうすでに遅い時間帯で、祖父もアルノーもいないだだっ広い部屋の中一人ベッドに潜り込んで夢の世界へ旅立ったのだ。

 翌る日目が覚めたのは日が昇り始めた頃で、外では鶏が騒がしく鳴く声と人の話し声が聞こえてくる。ベッドから抜け出し扉の外に出て見れば見慣れた顔がそこにあった。


「お帰り、お爺ちゃん、アルノー」


 ただいまと抱きつくアルノーに随分早い帰りだねと問えば鶏が騒がしくて寝れなかったという。

 確かにうちにいる鶏の数がおかしいほど増えており、肉を売って鶏を買ってきたのだろうと理解した。


 どうりで外が騒がしいわけだ。


「でもどうして鶏を?」


「おじいちゃんと卵の取り合いしないですむように!」


「そんなに気に入ったのか、卵かけご飯」


「うん! あとオムレツも作ってー!」


 ニコニコと天使のような顔で笑うアルノーの髪を撫で、幸せを噛みしめる。


 何を隠そう私はブラコンだ。

 アルノーが可愛くて可愛くて仕方がない。アルノーが食べたいというのならばご飯でもお菓子でも頑張って作っちゃうよお姉ちゃん。な、状態なほどに。


 今度フルーツケーキを作ってあげようかと考えていると祖父に鶏を放して来なさいと背中を押され、アルノーともに鶏の籠を引きずり歩く。

 とはいったものの庭に放せば逃げてしまうし、鶏の小屋に入れるのに数が多い。どうするべきか考えている私をよそにアルノーは何処かへズンズン森の方へと進んでいってしまう。


「ちょっと! アルノーどこ行くの!」


「”庭”だよー! リズ早くー!」


 アルノーは庭だというが、ここはもう森の中だ。そして止まる事なく森の奥へと向かって行く。


「アルノー! 庭って……!」


「リズの庭だよー! だから早くー!」


 ”リズの庭”

 そう言われて思いつくのはあの秘密基地だ。

 確かに彼処ならば広いし逃げられる心配もないかもしれないが、逆に広すぎて管理するのが大変ではないか?


「リーズー! はーやーくー」


 少し離れた場所で私を呼ぶ声に返事返し、なるようになるさと自己完結。

 とりあえず毎朝の卵の取り合いは無くなるし、卵を使った料理も積極的に作れるようになる。

 とりあえず生活はまた豊かになるし、スヴェンにどうにか牛乳を手に入れてもらってプリンを作ろう。


 アルノーも祖父も喜ぶに違いない。




 ズルズルと鶏の入った籠を引きずりながらニヤニヤと笑う私をよそに、祖父とスヴェンの間で話されていた事なんて知るよしもなかった。




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