05 ケーキとスヴェン
作れるものは作らにゃ損!
今の私は”以前”の私と違って料理が作れるのだ。そしてそれはとても美味しい。
だからだろうか、ご飯もお菓子も作れるものは作りたくて仕方がない。
「とりあえずバターと牛乳はつかえないっと」
先人たちの知恵から分かるにバターと牛乳を使ったケーキが一番美味しいとは思うが、いかせん乳製品は手に入りにくい。うちにあるにはあるがやっぱり使うのは躊躇うし、折角秘密基地でいっぱいオリーブオイルが取れるのだから、それを使用するのが必然だろう。
保存食であるドライフルーツを棚から取り出しナイフで粗く刻み、小さなボールにブランデー(秘密基地産)と合わせしばらく放置。その間に卵白と黄身を分け、卵白のみを白く濁るまで混ぜていく。そのあいだ間に少しずつ砂糖を加え、ツノがたつまでだから根気強くだ。
でもこれがまた腕に来るから次からは力の有り余っている祖父にやってもらった方がいいかもしれない。
次に卵黄と牛乳の代わりの水、お酒でふやけたドライフルーツと砂糖を混ぜ合わせ、そこに少しずつ小麦粉を入れて更に混ぜる。ダマがなくなったあたりでメレンゲを二度に分けてヘラで切るように混ぜこれで生地の完成だ。
かまどの火を片側に寄せ、弱火程度に保ちながらオリーブオイルを引いたフライパンでじっくりと生地を焼いていく。すると徐々にいい香りがあたりに漂い、その匂いにそそられて私のお腹はグゥとないた。
今日という日をどれだけ待っただろうか。祖父とアルノーはここから半日ほどかかるヒエムス村までファングの肉を売りに行っている。
今までは獲れる量も限られてたし、私やアルノーを連れてまで売りに行くことはなかったが、祖父があんなに元気になってしまったからか獲れるファングの量が桁違いに多いのだ。
祖父の冒険者として、ハンターとして生きてきた知恵と私の所持している知識を活かしてジャーキー(干し肉ではなくジャーキーである!)に加工もしたがそれでも捌ききることはできず、私達家族では食べきることは不可能だと祖父はやっと判断してくれた。
売りに行くのにも留守番は駄目だとかでも連れていくのもとか葛藤があった様だが、アルノーはついていく気満々で祖父の足に絡みついていたし、私は私でいざという時は秘密基地の方が安全だからと説得し今に至る。
つまり今の私はフリーなのだ。
卵をとられる心配もなければお酒を使う事に文句を言われることもない。嗚呼、なんて素晴らしいのだろうか!
分厚くふわふわに焼けたケーキを皿に移し、ここぞとという時のために生産してみた蜂蜜をたっぷりかけニマリと私は笑う。メープルシロップも近いうちに出来るはずだが、蜂蜜は蜂蜜で私の大好物の一つであり生前もメープルより蜂蜜を多用してしまう。そのため需要は断然蜂蜜が優位であり、そしてこれはまだアルノーも祖父も知らない私だけの宝物。
「それじゃあいっただっきまー!」
あーんと口を大きく開けパクリと食らいつけばブランデーの染みたドライフルーツの甘さが口いっぱいに広がり、蜂蜜の濃厚な味わいが、香りが鼻に抜けていく。
至福のひと時だ!
パクリパクリとフルーツケーキを堪能していた時、ドアを強く叩く音が室内に響いた。口にいっぱいのケーキを含めながらそちらを見れば、そこには見知った人間が顔をのぞかせている。
焦げ茶色の髪、顔の右側には大きな傷が入っているが年は三十前半程でそこそこ若い。
その男は祖父の古い友人である商人のスヴェンだ。
「美味そうなの食ってんなぁ。お前一人か? おやっさんはいないのか?」
「こんにちはスヴェン。お爺ちゃんはヒエムスまでファングを売りに行ったから、帰ってくるのは明日だと思うよ」
久しぶりだな、大きくなったなとグリグリと私の頭を撫で回すスヴェンに成長期ですからと子供らしからぬ言葉を返し、右手に持っていたいたフォークを再びケーキに突き刺し食う。
スヴェンがきたからおやつを食べないなんて考えは私にはないのだよ。
もきゅもきゅとケーキ食べていると横からフォークを奪い取られ、大きめの切れ端がスヴェンの口へと消えていく。一瞬眉間に皺を寄せるももう一口とフォーク突き刺そうとするとスヴェンの手を叩きそれを阻止し、お皿を持って離れた場所へと移動する。
「これは私のおやつ!」
今日という日を待って作った贅沢おやつなのだ、奪われるわけにはいかぬ!
グルルとスヴェンを睨み威嚇して見れば悪いと髪をかきあげ、それでもフォーク片手に一歩一歩距離を詰めてくる。
「なぁ、リズ。それは何処から仕入れたんだ? お兄さんに教えてごらん」
「お兄さんじゃなくてオジさんの間違いでは?」
「そこはお兄さんだ。んなことよりソレだソレ! そんな高級品誰が持ってきた!」
高級品と言われたのはこのケーキである。
お酒と砂糖、蜂蜜をふんだんに使ったケーキなんて一庶民が買えるわけがなく、ましては此処は山奥の一軒家。こんなところまで物を売りにくる物好きの商人なんてスヴェンくらいしかいないだろう。
それなのにそんなものを私のような子供が食べていたのならば驚くのも無理はなく、それを提供する商人が現れたとしたらスヴェンにとっては一大事でもあるのだ。
だって商売敵になるもの。
「リズ! 怒らないからいいなさい!」
「これは私のおやつ! 私が作った自信作だから!」
「嘘つくな! お前の料理は魔物に等しいっ!」
「っ!! 今は上手になったの!」
テーブルを挟みグルグルと追いかけっこを続けること数分。真っ先にへばったのは勿論幼い私である。
両目に涙を溜めながらこれは私が作ったのだと、誰にもやらんとひたすらスヴェンに抵抗していると、ついにスヴェンは諦めたように私の頭を撫でた。
私に視線を合わせるためにしゃがみ込み、大人げなかったと謝るスヴェンの頭をペシペシ叩き怒りを露わにすると、スヴェンはもう許してくれと苦笑いをする。
メシマズにメシマズと言うなんて外道だ、外道!
フンっと顔を逸らし再びテーブルにつき、隣の椅子を叩きスヴェンをそこには座らせる。
大人しく座ったスヴェンに仕方なしにケーキの残り半切れを渡し、二人でのおやつタイムとした。
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