03 秘密基地と変化



 



「ふんっ! ふんっ!」


 祖父にお粥を食べさせ始めて今日で三日目。


「ふんっ! ふんっ!」


 一日目、二日目共々祖父に回復の兆しはみられなく、それでも泣きベソをかくアルノーと二人で看病を続けた。


「ふんっ! ふんっ!」


 そして祖父はついに。


「ふんっ! ふんっ!」


「おじいちゃーん!」


「おぉ! どうしたアルノー!」


 ムキムキのマッチョになっていた。


「いやいやいやいや」


 アルノーの脇の下に手を入れ体を浮かせ、グルグル回しウフフと楽しげに祖父は笑う。

 昨日まではヨボヨボの爺さんだったのに、死にかけてたのに、諦めかけてたのに。奇跡が起こったと喜ぶべきか、それとも祖父が筋肉マッチョになった事を悲しむべきか。いや、普通は喜ぶべきにちがいない。たとえ祖父が筋肉マッチョになったとしても、だ。


「おじいちゃん、ムキムキかっこいー!」


 やっぱり訂正。

 アルノー、君は少し不思議に思いなさい。

 普通ではありえないこの状況を、なりえないその肉体を不思議に思わないなんてなんて無邪気なのだろうか。

 きゃははうふふと笑う二人を私は遠目で眺め、頭を抱えた。


「何がいったいどうなった!」


 実のところおかしな出来事は祖父の身体の事だけではなく、あの秘密基地でも起こっている。あの日見つけた米はあの場で今もみのり続け、米のほかにも料理に不可欠な砂糖に塩、味噌や醤油までも草花にみのるのだ。

 葡萄だと思い口に含んだら醤油だった衝撃は忘れやしないだろう。


 そしてみのるのは調味料や米だけではなく、私が食べたいなと思った果物や野菜までも一日たつと育っている。目を輝かすアルノーを他所に私は若干引いてしまい頭を悩ませた。


 一体全体何がどうなっている?

 確かに私は”神”と言われる奴に会い、所望した。だがしかしこんな事になるなんて誰が思おうか。


 しかしまあ、もう食料不足に悩み、飢える心配をする必要なんてなくなるのだとプラスに考えれば有り難くもある。

 ガザゴソと麻袋から真っ赤に色づく林檎を取り出しひと噛みすれば、それはとても甘く水々しい。もう一口と口を大きく開けた時、アルノーのズルイと言う叫びが聞こえた。


「リズ! 僕も食べたいっ!」


「はいはい」


 麻袋からもう一つの林檎を渡すとアルノーは勢いよく噛り付き、美味しいと言い笑った。

 その笑顔に満足しつつ私も食べ続けようとするも、二つの瞳が林檎と私に向いていた。それは祖父からのもので、買った覚えも育てた覚えもない果物をさも当たり前のように私たちが食べていると言う疑問の視線。


 祖父が今、疑問を持っているのならばいい機会だろう。

 私はそう考えると林檎と貪るアルノーの手を引き、祖父を連れて秘密基地へ向かった。


 秘密基地へ着いたらすべき事はただ一つ、祖父にその中へ入ってもらう事だ。


「お祖父ちゃん、何にもなかったら出てきてね?」


 祖父は戸惑いながらも私の言葉に頷き様子を見に足を踏み入れるが、一分も経たないうちに外へ出てくる。何もなかったと首を振る祖父の手を取り、今度は私と二人で中に入った。


 するとどうだろう?

 瞳に映るのは色鮮やかな草花と広がる大空。木には林檎や桃がなり茂り、あたりに甘い香りを漂わせている。


「これはどういう事じゃ!?」


 祖父が驚くのも無理はないだろう。

 先ほどまで何の変哲もない縦穴が、今はまるで草原だ。そりゃ戸惑う。

 そしてこの場所に来れるのは私か私に手を引かれたもので、アルノーにも試したが私と一緒でなければくる事はできなかった。しかし一度入ってしまえば次から一人で入れるのもアルノーで確認済である。


 別にわざわざ確かめた訳ではない。アルノーが桃を食べた! と自慢したからわかったことだ。


 驚愕する祖父の手に白い塊を食べてみてほしいと渡し、恐る恐るそれを口にした祖父は私の思っていた通りの反応をしめした。



「これは塩か!」


「そう、塩だよ。んでこっちが砂糖」


 コロンと渡した白い結晶、いうならば氷砂糖と言うべきそれを祖父は口にし再度驚いたようだ。

 私の知る限り塩も砂糖も結晶のまま花の実になる訳ではなかったはずだが、この場所では二つとも”実”として採れる。摩訶不思議という言葉がよく似合う現象だろう。


「こんな事が、なぜ……」


「リズが神様にもらったんだよ!」


 祖父の声に応えたのは私ではなくアルノーだった。その手にはまたもや桃が握られており、どうやらアルノーは桃が好きなのだと理解した。


「それにね、おじいちゃん! リズ、ごはんも作れるようになったんだよ! それも美味しいの!」


「何じゃと!? そんな馬鹿な! あのリズエッタが! 奇跡じゃ、奇跡が起きたのじゃぁぁぁあ!」


 おぉ神よと跪き天を仰ぐポーズを祖父がすると、アルノーもそれを真似ておぉ神よと天に祈る。確かに私の料理は料理と言えたものではなかったがそれはあんまりではないか。

 しかし問題はそこではない。私の料理の腕があがったことではないのだ。


「お祖父ちゃん、これで無理しなくてすむよね? だって野菜も果物もたくさんあるんだから、ね?」


 祖父は私たちに食べさせる為に狩りに出て、怪我を負った。けれどもここにはこれだけの食べ物があるのだから、もう必要以上に頑張る事はない。


「嗚呼、リズ! リズエッタ!」


 私を抱きしめる祖父の両手は暖かく、たとえ筋肉がムキムキだろうと肌がツヤツヤだろうと祖父は祖父なのだと改めて感じる。



 だがしかし、秘密基地から出た祖父は力が漲っておる! と言い残し森の奥深くへと走り去っていき、夕暮れ時には自分の背丈ほどのファング(猪のようなもの)を仕留めて帰ってきた。

 その姿に呆れながらもファングを捌き、秘密基地で取れた醤油と生姜で味をつけ焼き食事に出せば、美味い美味いと声をあげ祖父もアルノーも笑った。


 私が作った料理を笑って食べてくれる人が、家族がいる。

 ただそれだけでとても嬉しかったのは私だけの秘密にしよう。




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