【実験シリーズ】搾る

鬼無里 涼

第1話 搾る

 突然ですが、みなさまは「しぼる」というと何を想像しますか?

 果汁? 柑橘かんきつ系は搾りやすくて美味ですよね♪ レモン汁なんかよく搾ります。

 ゆであずき? あんこを作るとき搾ります。

 牛乳? 乳牛は飼っていないので、体験させてくれるところに行かないと私は無理です。興味はあり。

 布巾、雑巾? 絞ってます。

 ない知恵? 絞りますねぇ。

 税金? うんうん、搾られてますよ。



 これまた突然ですが、油搾り器なるものを購入しました。自分で食用油を搾ってみたい衝動に駆られましてね。


 この油搾り器は手動式のもので、ハンドルを回すとオイルランプで暖めている筒の先端に油の材料が押し出され、小さな穴の開いたふたの中でぎゅ~っと圧縮されて油が搾られるという単純な仕組みのもの。

 主に植物の種子を搾るものらしいですが、柑橘類の皮もいけるかもしれません。


 オランダPITEBA社の手動式油搾りは、赤いボディの別嬪べっぴんさん。

 うっかりテーブルに固定するためのテーブルマウント部品(別売り)を購入し忘れたので、まずは自宅の作業台につけてあったC型クランプひとつで本体をテーブルに固定しました。


 本体にシリコンゴムでくくりつけてあった小瓶がランプ。燃料はパラフィンオイルが推奨されているのですが、我が家にはないのでとりあえず燃料用アルコールで代用。火をつけて本体にセットし、まずは10分加熱。本体の筒を暖めます。


 本体上部の投入口に広口の漏斗ろうとを差し込み、自宅にあった胡麻ごま(白)を少し投入。ほかにすぐ搾れそうな種、手元にないしな~。


 ――10分経ったし、じゃ、試運転いきますかぁ♪


 ハンドルをぐるぐる回していくと、だんだん重くなってきます。押し出された胡麻ちゃん達が少しずつ圧縮されていくのがこの手にグイグイ伝わってきます。


 本体のハンドル側、筒の下部に切れ込みがあって、そこから油が落ちてくるはず。その下にはきちんと油受けのびんもセットしましたよ。


 筒の先端にはかすを出すための穴の開いた強靱きょうじんな蓋がついております。と言ってもこいつはネジ式で、自分で付け外し可能な部品。

 蓋本体と先端につける大きなボルトがセットになっていて、ボルトをしっかり絞めてしまうと滓を出す穴がふさがってしまいます。かと言って開けすぎると胡麻ちゃん達がそのままの姿でボロボロと出てきてしまうぞと。

 で、ほんの少ししか開けない状態で搾りはじめたのですが……



 ――いかん……こりゃもう動かない⋯⋯



 穴が小さすぎたか、出てくるはずの搾り滓が前方から出てきません。その分中で逃げ場を失った胡麻ちゃん達がギュウギュウ詰めに圧縮されていて、もう限界ぢゃー! と叫んでいます。ハンドルが曲がりそうな勢いです。


 肝心の油はというと、ほんの少し本体の切れ込みから落ちてきて瓶に溜まりましたが、大半は前方の滓が出るはずの穴やネジの隙間から出ています。

 滓受けの皿に落ちてくれた分はまだいいのですが、蓋のネジの隙間からこぼれたものは本体を伝ってテーブルに。それで滑りの良くなった本体が、ハンドルを回そうとするたび動く動く……

 せめてC型クランプふたつで押さえりゃ良かったか? でもそうすると油受けの瓶が置けない(涙)。


 とりあえずボルトを緩めないとにっちもさっちもいかないと判断しまして、付属の工具でちょっと緩めましたが……



 ――やっぱり無理だよ……



 滓が出てきません。胡麻の量が少なかったのか? それとも胡麻ちゃん達がカラカラに乾いているから? でも湿った種は使えないと説明書に書いてあるし……

 それに、ハンドルをいじると本体がとにかく暴れます。片手で本体を押さえつつ片手で体重を乗せてハンドルを回そうとするのだけれど、滑って本体の角度が変わるのみ。


 ――ごま油、すっげー滑りがいいよぉ~~~。


 やむなくここで圧搾あっさく断念。

 アルコールランプを外して火を消し、蓋本体を大急ぎで取り外して流し台に……ぅあっちぃ!


 当然の事ながら、直火でなくとも火のそばにあった鋳鉄ちゅうてつ製の蓋は熱いです。軍手をせずに触れると大変。火傷はしませんでしたが、不用意に触れては危険。

 急いで軍手をめて専用工具で蓋を外して流し台に持っていき、蓋に詰まった搾り滓を取り出しにかかりました。



 圧搾だから覚悟はしていました。説明書にも「搾り滓は冷めると石のように固くなります」と書いてあります。なのでものすごく急いだつもりなのですが……



 ――2分も経たずにカッチコチ!!



 うーわ、すごいよこれ! 胡麻100パーセントなのに本当に石だよ。まだ熱いのに鋼じゃないと全然歯が立たないよ。生半可じゃ取れないよ……


 ドリル持ち出したらドリルが壊れそうな硬さです。


 先端のボルトをさっさと外し、ひとり台所で先の鋭いキッチンばさみでグリグリと削っていくのですが、途中でどうにも削れなくなりました。


 ――少し熱湯でふやかすか……


 大きめのボウルに蓋を入れ、熱湯を注いで数十分。もう大丈夫か? と取り出してみると……


 ――うん、表面しか柔らかくならないね(涙)。


 キッチンばさみが気の毒になってきたので、作業部屋から篆刻てんこく刀を持ち出しました。石を削るなら篆刻刀♪


 この読みは当たりました。少しずつではあるものの、着実に胡麻の石は削れていきます。

 厚さ3~4cmの石壁の真ん中にようやく風穴を開けられたのは、ふやかし後の削りはじめから20分近くが経過した頃でした。


 しかしこの先がまぁ大変。この穴を少しずつ広げていくにも、口径は最大4cm。これを2mm幅の篆刻刀でちまちまと……


 ――いや、ちまちまやってもらちが開かない! 表面をミクロン単位でしか削れてない!


 再び作業部屋からゴムづち木槌きづちを持ち出して、作業場所を庭へ。木板の上に蓋を置いて、篆刻刀をノミのようにガンガン打ち込みます。少しずつ砕ける胡麻100パーセントの石。


 槌を振るうこと十数分。ようやく大きめの塊がボロッと取れまして、やっと鋳鉄製の蓋の地金が少し見えました。


 ――突破口が見えてきたーーーッ!


 取れた塊の周辺をジワジワと攻めていきます。最初は蓋と塊の際を攻めようとしたのですが、蓋を傷つけかねないので塊を攻略。崩れた壁から3~5mmくらいずつ離して、塊の上に篆刻刀を打ち込みます。数打で跳ね飛ぶ胡麻100パーセントの塊。石つぶてのように腕や顔に当たります。いや、こいつが結構痛い。


 でも着実に蓋の鋳鉄が見えてきています。ちょっと引っかけるとボロッと大きな塊が落ちてくれる箇所も出てきました♪ よーし、あと僅か♪


 残り1/4くらいになったところで、塊が一気にボロッと取れてくれました♪

 しかし、こいつはネジ式。ネジ山に入り込んだ胡麻塊はまだ根強く残っている箇所も。無論楊枝や竹串では歯が立たないので、ネジ山を傷つけないように篆刻刀で慎重に……


 ――よっしゃ、落ちた! 終了~♪


 気づけば2時間近く格闘してました⋯⋯



 搾りたての胡麻油はにごっていて、売られているもののような透明感はありません。でも上澄みは割と透明。つまり、濾過ろかをしないとあの美しい色にはならないんですね。

 濾紙ろしはないのでコーヒー用のペーパーフィルターでしてみたのですが、いやー時間がかかりますね。15g前後の胡麻油、一晩では濾せませんでした。目詰まりしちゃったのが敗因。



 後日、追加注文したテーブルマウント部品が届いたので再挑戦しました。この話はまた次の機会に。

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