蕎麦とうどん
river
蕎麦とうどん
「此処は武蔵野だろ?だったら饂飩くらい出せるだろう!」
「何言ってんだい、ここは蕎麦屋だよ?」
「蕎麦屋だろうかなんだろうが、武蔵国だろう此処は。じゃ武蔵野うどんってなんなのさ。武蔵野にある飯屋なら武蔵野うどんを出せって言ってんだよ。ここは客商売を知らないのかね。うどんを食べたいってお客様もいるだろう。その人たちはみんな門前払いなのかい?」
「あのねぇここは深大寺前なの。深大寺といったら蕎麦に決まっているじゃないか。深大寺蕎麦のお店にきて武蔵野うどんを出せって言うあんたが世間知らずってもんだ。」
阿保らしい会話が聞こえてくる。店主も言う通り此処は深大寺の参道である。店の前の通り迄聞こえてくる。余程お互いが興奮しているようだ。
「深大寺前だろうかなんだろうが、武蔵野の中にあるじゃないかい。ならうどんを用意しておくってのが常識なんじゃないかい?」
「用意して無い物はしょうがないだろう?早くメニューから蕎麦を選んでくれないかね?」
「だからうどんを食べたいんだってば。食べたくもない蕎麦を勧めるのはどういう了見だい。」
客の方が分が悪いだろう。何しろ蕎麦屋に来てメニューにないうどんを頼もうって方がおかしい。周りの野次馬もこの喧嘩の結末が気になって耳を大きくしている。このクレーマーが最後どうなるか、皆が耳を傾けているのだ。
「そもそもあんたはうどんを食べたことがあるのかい?あの旨さをしっているなら蕎麦だけじゃなくってうどんもメニューに加えるはずだ。あの真っ白い太い麺をツルっと飲み込んだ時の喉越しが溜まらないんだ。しっかり踏み込まれた麺は噛んでも押し返すほどのコシがあるんだ。噛み切られた麺からは小麦のいい匂いがしてくるんだ。鰹節と昆布で丁寧に出汁をとって、濃厚な旨味はついているのに黄金色の輝いた汁も旨いんだ。こんな旨い料理を食べたことも無いんだろうな。あぁ勿体ない。」
「そういうあんたこそ旨い蕎麦を食べたこと無いんだろう。小麦の匂いとか言ってたがね、蕎麦の匂いが分からないかい?匂いっていうか香りだよ。小麦みたいに土臭い匂いなんかじゃなくって上品な香りがするんだよ。うどんの旨味なんて汁に頼ってばっかりじゃないかい。蕎麦はね、その茹でたお湯まで飲むほど旨いもんなんだよ。うどんはゆで汁なんて飲まないだろう?汁だってきキリっとした醤油の返しが効いていて、蕎麦湯を入れて最後まで飲んで楽しむのさ。」
二人とも中々の口上である。涎が出てきた。
「あぁもう話にならんね。うどんを出すべきだと折角アドバイスをしてあげているのに。」
「こっちこそうどうどんって口うるさい客に出す蕎麦なんてないよ。」
奥から女将がやってきて一言。
「さぁどちらもそろそろ喧嘩はやめなさいな。お客様は亭主との掛け合いが好きなようだからかけそばにしときなさい。お前さんもいい具合に引かないとい良い蕎麦が打てないよ。蕎麦は挽き方が大事だろう。」
これは別に落語ではない。
蕎麦とうどん river @Nearco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます