第158話 残された勇者達の思惑




勇岬ゆうさき 茶近さこんside



 俺のスマホに勇魁からメールが届く。


 どうやら神西に返り討ちにあったらしい。


 おまけにミカナにも正体がバレちまったようだ。


 こいつ、もう終わったわ。


 初めは楽観的に思っていた。

 だが次の内容を見て、俺は驚愕する。




 ――今後、神西君に手を出すことは許さない。


 たとえキミ達でも、僕と天馬が相手になるだろう。




 なんだと?


 勇魁の奴、まるで神西に取り込まれて味方になっちまったみたいじゃねぇか!?


 しかも天馬と二人だと!?


 あの野郎ッ! 俺らを見限って『勇磨財閥』に寝返ったってのか!?


 そもそも、天馬を引き合わせたのは、テメェの方からじゃねぇか!?


 あの野郎、ふざけんなよぉぉぉぉぉっ!



 ブブブーッ!



 スマホが鳴る。


 鳥羽 堅勇からだ。


「しもしも~♪」


 おどけた口調で着信に出るが内心では相当煮えくり返っている。

 幼い頃からの勇岬ゆうさき家の教育で、『喜』以外の感情は押し殺す術を身に着けているんだ。


『茶近、ボクだ。メール見たかい?』


「ああ、もちだよ、ケンユ……ユウちゃん、神西に負けたみたいだね。おまけにこれまでのこと、ミカちゃんにバレちゃったみたいだわ」


『まさか、あの勇魁が負けるとはな……色々噂を聞いてたが、予想以上の奴だな』


「問題はそこじゃないだろ? 最後の文見た?」


『ああ、何を思ったのか、神西側についているな……おまけに天パゴリラまで一緒ときている……』


「どうするよ? 俺らのこと、ミカちゃんに話してんじゃね?」


『勇魁は口が堅い。それに、ボク達はただ支援に回っただけさ。時には私情で、奴をけしかけることもあるけど、手を下していたのはあくまで勇魁本人だ……それに、ミカナなら説明すればわかってくれるだろう』


 ふん。


 こいつもナルシスト風を装い、相当したたかで頭がキレるが、女のことになるとポンコツ化してしまう事がある。


 自分に靡く、女子達を「ファミリー」と称し、異常なほどの溺愛をするんだ。


 中学の頃、そんな女達の虚言で、生き甲斐だったフェンシング会から追放を受けた癖に、未だにわかっちゃいねぇ。


 ――女なんて、どいつも根っから信じちゃいけない生き物だ。


 奴らこそ笑顔の裏で何を考えているか、わかったもんじゃねぇ。

 保身に駆け引き、自己主張の塊じゃねぇか?

 イジメに関しても下手に腕力がない分、陰湿さは男以上だと思う。


 俺も見た目がこうだから……余計、そんな連中の内面性がよくわかる。


 ――唯一、俺らが信じていいのは、美架那だけだ。


 あれほど裏表ない、真っすぐな女子は出会ったことはねぇ。

 本人は天馬を抑えるため、あえて友達になり利用していた事を悔いているようだけど、そんなことはない。


 俺が彼女なら、もっとエグイやり方で利用しているし、それこそ『勇磨財閥』も自分のモノにしようと目論んでいるぜ。


 それをぜず、自分の不幸な境遇すら誇りを持てるなんて……。


 こんないい女、そうはいない。


 だからこそ余計、神西にムカつくんだよぉ……。

 これ以上、俺らの領域を荒らされてたまるかよ!


「――ミカちゃんなら、きっとわかってくれるね。俺も、そう思うよ、ケンユ……でもよぉ」


『でもなんだ?』


「このまま、神西を放置していいのか?」


『……いや、とても座視できる状況じゃない。かなり脅威だと思っているさ』


 うん、いいね。


 こういう攻撃的な面は、こいつと妙に気が合う。

 だから天馬の傍にいつつ、二人で勇魁を煽ってより険悪化させ、『偽りの仲良しごっご』を演じさせていたんだ。


 勿論、俺一人じゃ無理だ。


 この堅勇がいて初めて成立した関係。


 だからと言って、俺はこいつを根っから信用しているわけじゃない。


 あくまで共存関係だ。


 美架那を手に入れるまでのね――。



「だったらよぉ、俺らでやるしかないんじゃないか? もうなりふり構ってられねぇよ……ミカちゃん、絶対にあの野郎に取られちまうよ。なぁ、ケンユ……」


 俺はわざと煽り立てるような言い方をする。

 堅勇の攻撃的な性格を見越して、あえて駆り立てているんだ。


 冷静な勇魁なら「正義がうんたら」とか言って乗って来ねぇけど、単細胞の天馬ならこれで一撃だぜ。


 こいつも天馬同様に単細胞な所があるから、きっと乗っかってくるに違いない。


 まず堅勇に神西をぶつけて、俺は遠くで応援してやるって寸法だぜ。


『勿論、阻止するさ。全力を懸けてね……だが茶近、まずはお前も動きを見せろよ』


「え?」


『え、じゃないだろ? まさかボクだけ神西とやり合って、自分は高みの見物ってわけじゃないよな? 前は天馬と勇魁がいたから、それでもいい。だが、今はボクとお前の二人だけだ……そんな調子のいい外野ポジがいつまでも許されると思うなよ』


「わ、わかってるよ……ケンユ」


 忘れてたぜ、このナルシスト野郎……時折、変に鋭い観察眼を持ってやがるんだ。


 一見バカを装って見ている所はしっかり見ている嫌なタイプの男だ。

 実は一番取り扱いに困る奴なのかもしれねぇ。


 しゃーねぇ……少しだけ手の内を見せてやるよ。


『んで、お前は何をしてくれるんだ、茶近?』


「ちゃんと考えてるさ……ケンユなら、『T-レックス』って知ってるだろ?」


『T-レックス? 2~3年前から隣町で色々と騒がれている半グレみたいな自称喧嘩チームだっけか? 何故ここで、そいつらが浮上するんだ?』


「そいつらのリーダーと知り合いでね……そいつらから、何人かの腕利きをチョイスしてもらうよ」


『まさか神西にぶつける気か? 確かに奴は強い……だが、やりすぎるのも考えものだぞ? ボクは別に神西のことを心配しているんじゃない……あくまで自滅するような行動はごめんだって意味だ』


 今更ビビりやがって……手段を選んでいたら欲しいモノも手に入らねぇだろうが。


 それに、俺が動くってことはそういうことなんだぜ、堅勇さんよぉ。


「前にユウちゃんが『美架那と付き合う覚悟』について云々と言ってたよな? 俺は天ちゃん同様こういう家柄だから、それを捨てきれない事情がある。だがそれ以外の方法なら、なんだってやってやるつもりだぜ。これが俺のミカちゃんに対する意気込みと覚悟の示し方だよ、ケンユ!」


『…………悪かったよ。茶近、どうやらお前の覚悟を見くびりすぎていたようだ……とにかく神西の件はボクに預けてくれないか?』


「わかったよ、ケンユ……その代わり、早々に頼むよ。そう時間はないと思うぜ」


『わかってるさ……』


 堅勇は応答を切る。


 この野郎は祖父の力を借りさえすれば、ヤクザだって動かせる癖に肝心の所で尻込みしやがる。

 美架那に出会ってから、余計に後先を考えるようになりやがったな。


 いや、元々そういう奴なのかもしれない。


 ただガチでブチギレた時の爆発力は半端ねぇんだ。

 それだけは、俺でさえ戦慄を覚えてしまう。


 ガクブルってやつさ……。


 だから堅勇のそこに期待している。


 たとえ神西だろうと火野だろうと――本気の堅勇には勝てない。


 俺でさえ、負傷覚悟で挑まないと危ないからな。


 あの中で唯一対抗できる奴は暗器を使う浅野くらいか……。



 ブブブブブッ



 スマホの着信が鳴る。


 画面に「牛田」と表示されている。


「――俺だ」


 堅勇と違い、抑揚のない声で応答に出る。


『チャコちゃんっすか? 俺です、牛田です!』


「何の用だ? 悪戯に掛けてくんなって言ってあるだろ? せめてメールで来いよ!」


『すんません……ですが、最近、こっちに来てくれないじゃないっすか? リーダーがいねぇとチームも締まらないんすぉ』


「こづかいはやっているだろ? それとも揉め事か?」


『……はい。それが、俺らの縄張りを新しく出来た「ブラック・マウス」ってチームが荒らしてきやがって……もうウチらの兵隊の何人か、そいつらに病院送りにされています』


「ブラック・マウス? だっせ―名前だな? お前と馬場でなんとかならねぇの?」


『ええ……雑魚どもだけなら、俺らどうとでもなるんっすけど、そこのリーダーの三木って奴がやたら強いらしくて、どうやら総合格闘をベースにしているらしく……通称、ミキ・マウスって呼ばれているらしいんっすけど」


 ミキ・マウスって……あんま連呼すると何かの禁句ワードに引っかかりそうな通り名だな。


「わかった、二~三日中に行くぜ。それまで戦闘の舞台を整えておけよ、牛田」


『うぃす! 待ってるっす、チャコちゃん! 俺ら「T-レックス」の恐ろしさ見せてやりましょうぜ、リーダー!』


 牛田とのやり取りが終わる。

 まぁ、神西の件は堅勇に任せたから、スケジュール的にはなんとかなるだろう。



 俺がスマホを握りしめ、口角が異様に吊り上り微笑を浮かべる。


 隣町で暴れまくる喧嘩チーム、『T-レックス』のリーダー・チャコ。



 それが、俺のもう一つの顔である。






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