第149話 咬ませ犬勇者と観察者の持論




「――勇磨先輩は完全に気を失っている……サキ、お前の勝ちだ」


 リョウから言葉を聞いた瞬間、俺の超集中状態ゾーンが解かれる。


 身体中の力が抜け落ち、その場でへたりと座り込んだ。

 どっと疲労感が襲ってくる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……もうやりたくないよ」


 心からそう思った。


 それくらい際どい戦いだった。

 リョウとシンの助言がなければ、今頃どうなっていたか……。


 ガチのタイマンとかだったら、下手したら俺が病院送りか……そう思えてしまう。


「だが見事だったぞ。シャツが破れるのを上手く利用して、一瞬の打撃スペースを作り奇襲を仕掛けるとはな……練習して身につくことじゃない。これまでの実戦経験の賜物かもな」


 シンが背後からベタ褒めしてくれるけど、あまり嬉しくない。

 出来ることなら平和的に暮らしたいからな。

 

 けど、戦えるようになって、その機会が増えているのも確かだ。

 強くなると戦闘狂の連中を引き寄せる何かがあるのだろうか?


 まぁ、今はいいや。

 

 とにかく勝ったことに違いない。


「……シンのいうズルさとは違うかもしれないど、俺なりに考えた作戦だ。もうこのシャツは着れないけどね……」


 ワイシャツ一枚で大怪我しないで済んだのだから、安いものと考えるしかないだろう。



「勇磨先輩……生きてますかね?」


 いつの間にか、黒原がスマホを持って覗き込んでいる。

 こいつはどうやら、ずっと俺と天馬先輩の戦いを撮影してたようだ。

 もうセコンドの意味なくね?


「一応、大丈夫だと思うけどよぉ……とりあえず、何か冷やすモノ持ってきてくれ。タオルも必要だ」


 リョウが指示する。


 すぐに黒原とシンがクーリングと数枚のタオルを持ってきた。


 リョウは機敏な動作で、天馬先輩の後頸部や患部分をアイシングしている。

 にしても、やたら手際がいい。

 きっとボクシングジムでトレーナーである親父さんの動きとか見ているのだろう。



 数分後。



「う……くっ、俺は負けたのか?」


 天馬先輩が意識を取り戻し、むくりと起き上がる。


「大丈夫っすか? 頭病みが酷いようなら救急車呼びますか?」


 リョウがクーリングを差し出しながら言ってくる。


 天馬先輩は受け取り、自分の顔や頭を冷やした。

 座り込んでいる俺と目が合い、フッと微笑みを浮かべる。


「その必要はねぇよ……俺の完敗ってやつだ。神西、無理に付き合ってくれてサンキュな」


「い、いえ……そんなことは、すみません」


「お前が謝ることはねぇ。おかげで踏ん切りもついたぜ……」


 言いながら、天馬先輩はすくっと立ち上がる。

 ほとんどダメージが見られない。

 どうやら俺より回復力が早いようだ。


 しかし、気になることを言ったな。


「……踏ん切りってなんですか?」


「――俺はミカナを諦める」


 天馬先輩は迷いなく、はっきりとそう言った。


「諦める? ミカナ先輩のことを……」


「ああ……どの道、俺は『勇磨財閥』を捨てることはできない。ミカナと肩を並べて、あいつを守ってやることができない……ミカナと俺は所詮、生きていく世界が違うってことなんだ」


「そうですか……」


 俺には、天馬先輩を引き止める言葉は浮かばない。


 仮に今の勝負で俺が負けたとして、天馬先輩の中どのような結論になったかさえ定かじゃないんだ。


 あくまで、ミカナ先輩と天馬先輩の問題だと思う。


 俺だけじゃなく、リョウとシンも口を閉ざしている。

 きっと二人共、これ以上自分達が言うべき言葉はないと考えているようだ。



 すると突然――



「……女神を諦める、ですか? 潔いと言えば聞こえがいいですが、僕の中ではちゃんちゃら可笑しいですね」


 何故か、黒原が鼻で笑いながら言ってきた。

 また妙なスイッチが入り、キャラが変わっている。


「なんだ、お前? いたっけ?」


「……ええ、勇磨先輩。ずっと拝見させて頂きました。そして思いましたよ、貴方は女神のために何も努力してないとね。ただ近寄る男や気に入らない者に噛みつき排除する、まさに地獄の番犬ケルベロスの如く……しかし、そんな姿勢では彼女の心は永久に掴めないんじゃないでしょうか?」


 黒原、お前どうした?

 俺達じゃ思い浮かばなさそうな台詞をさらりと言っているぞ。


 ――まるで恋愛マスターだ。


 しかし、天馬先輩はムッとしている。

 

 いくら正論だろうと、見た目が陰キャで上から目線なものだから、相当イラッとしているようだ。


「随分と好き勝手に偉そうなこと言ってくれるじゃねぇか、おい? テメェ、覚悟はできているのか!?」


 案の定、天馬先輩は威嚇してくる。


 普段の黒原なら、「ヒィィィッ!」と悲鳴をあげ、俺かシン背後に隠れるが、今回は違う。

 堂々と両腕を広げ、「ははぁ~ん」と挑発している。


「……いつもの暴力で訴えますか? はい、どうぞ。別に構いませんよ。ただ僕に手をあげる暇があれば、貴方は女神のために何をしてあげれるかを考えるべきだ、違いますか?」


「ぐっ……確かにそうだ……しかし俺はもう……」


「……勇磨先輩。何故、我らが副会長である神西くんが女の子ウケするかおわかりですか? それは彼が『異端の勇者』だからです。ですが超能力とか非現実的な要素じゃない。彼は女の子のニーズに応えつつ、その優しさと包容力で平等に接する器量があるからです」


「男女平等ってか? んなの『勇磨家』の家訓にも謳ってだんだよ!」


 確か『譬え蟻一匹のような存在でも、敵ならば全力で踏みつぶせ』とか攻撃的かつ暴力的な家訓ばかりなんだよな。

 生まれた時から、そんな教えを聞かされてたら、そりゃ見境のない凶犬に成り果てるわ。


 黒原もドン引きして、天馬先輩に対して冷めた眼差しを向けている。


「……いや、先輩の言う男女平等は戦闘に関しての平等じゃないですか? 副会長は女の子に手を上げたことなんて一度もありませんよ。そもそも、そんなの平等じゃないし……ただ見境なくブチギレやすいクズ野郎の言い訳です」


「そ、そうなのか!?」


「……はい。なので、まず先輩は今も困っている女神に対して、貴方自身ができることを考え悩み努力するべきだと思います。誰の力も借りず、あくまで貴方だけの力でね」


「ミカナのために、俺だけの力で何をするべきか考えるか……」


「……ええ、そうです。それでも女神が振り向いてくれなければ、その時は潔く散ればいいでしょう。次のステップへ切り替えるのも勇気であり潔い『恋愛道』です」


「凄ぇな、お前……見た目に寄らず大した男だ。舐めてかかって悪かったな、一体お前は何者なんだ?」


「……僕は、黒原 快斗。観察者オブザーバーと呼ばれし者です」


 誰も呼んでねーよ! その観察者オブザーバーって自称じゃねぇか?

 普通に俺のクラスメイトで生徒会の会計監査係って言えよ!


「――オブザーバーの黒原か。なぁ、これから恋愛道の師匠って呼んでいいか?」


「……お好きにどうぞ」


 嘘だろ……黒原のやつ。

 あの天馬先輩に「師匠」って呼ばれてんぞ……。

 シンじゃないけど、実はとんでもない器を秘めてんじゃないのか?


「神西……師匠の言う通り、俺はもう少し頑張ってみるぜ。ミカナには『もう気にするな』って伝えておいてくれ。後、そのワイシャツは弁償するからな」


「わかりました。頑張ってください、先輩……」


 天馬先輩は親指を立て、俺達から背を向ける。


 意気揚々と胸を張って道場から出て行った。




 なんて言うべきか……結局どんな終わり方なんだ、これ?


 ともあれ丸く収まって良かったと思っておこう。



 しかしあれだ。


 最後の最後で、黒原に全て美味しい所を持って行かれた気がする。

 実に見事な説得だった。


「やっぱり黒原君はただ者ではなかったな。俺が見込んだだけのことはある」


「まったくだ見直したぜ、黒原……俺も今までバカにして悪かったな」


 シンとリョウも、そんな黒原を持ち上げている。


 うん、俺も今回ばかりは見直している。


「……いえいえ」


 黒原は薄い微笑を浮かべながら、何気に俺の傍へと近づいてきた。


「……副会長。僕が勇磨先輩に言ったほとんどが、今プレーしているエロゲーの中で、周囲に馴染めず孤立する大富豪の令嬢ヒロインを攻略する時に言った口説き文句を引用して、さもそれっぽく改良アレンジしたんですよ……フフフ」


 わざわざ耳元で、ネタ元をぶっちゃけてくる観察者オブザーバーこと、黒原 懐斗。


 にしても、エロゲーの口説き文句って……。



 ――前言撤回。



 やっぱり、こいつはとんでもなく腹黒いわ。




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