第148話 咬ませ犬勇者と真剣勝負




 不本意ながらも天馬先輩との戦いが始まった。


 相手は黒帯の柔道家だ。

 実力は本物だと聞く。


 手加減することはできない。


 とにかく掴まらないようにしなければ――。



 バシュ、バシュ、バシュ!



 俺は相手の顎先に向けて左ジャブを連打する。


 だが、天馬先輩の手捌きで何度も弾かれてしまう。


 狙いが読まれているのか!?


 天馬先輩が急速に距離を詰めて来る。


 俺はフットワークを生かし旋回して背後へと回った。


「くっ!」


 迫りくる威圧感プレッシャーに、思わず舌打ちする。


 このまま後頭部への攻撃も脳裏に過るも躊躇してしまう。


「サキ、パンチにキレがないぞ、どうした?」


 審判役レフリーのリョウが聞いてくる。


 あるわけねーだろ?


 前は大っ嫌いな奴だったけど、今の俺は天馬先輩のことが嫌いじゃない。

 こうして話していて寧ろ好感すら抱いているんだ。


 そんな人を本気で殴れるわけがない。


 心の奥で、どうにか円満に収めたいと思っている。


「神西ッ! 遠慮すんな来い!」


 天馬先輩は振り返り構えながら叫んでくる。


 こちちの気持ちも知らないで……こういう所が坊ちゃんなんだな。


 しかし出会い当初は悪戯に殴り掛かってきたのに、今回はそれがない。


 完璧に得意分野で仕掛けてきている。


 俺を投げる気満って感じだ。


 その後も俺が繰り出す、ジャブは手捌きで弾かれる。


 ついにワイシャツの襟首を掴まれてしまった。


 ――やばい!


 本能が叫んだ。



 ガッ!



 瞬間、俺は肘打ちを天馬先輩の顔面に浴びせていた。


「ぐっ!」


 天馬先輩の体勢フォームが膝から崩れる。


 そのまま脇腹に向けてフックを打ち込み、掴まれた手が離れた。

 さらに前蹴りを繰り出し、天馬先輩の身体を押し出す。


 間合いを置くことで一時的に難を逃れた。


 危ない……あのまま許していたら確実に投げられていたぞ。

 だけど、がっつり食らわしてしまった。


「せ、先輩、大丈夫ですか?」


「ああ、今の肘打ちとフックは流石に効いたぜ……だがそれでいい。じゃないと勝っても負けても意味がないんだ」


 どこまでも潔い、天馬先輩。


 自己満足で一方的な動機だが、俺との戦いを心から望んでいる。


 その先に得られるモノなんてない筈なのに……天馬先輩だってわかっている筈なのに……。


 しかし、俺も受けたからは本気で倒しに行くしかない。


 逆に手を抜けば、先輩への侮辱になるからだ。


「わかりました……俺も本気で行きます!」


「おう、来い! 神西ッ!」


 天馬先輩は腕を掲げて挑発してくる。

 あくまで柔道で勝負を付けてくるつもりだ。


 俺は顎先に目掛け再びジャブを打ちこむも、天馬先輩は両腕を顔の前で揃えてくる。


 顔面への防御を強化させてきた。


 クソッ!


 しっかり顔面をガードされてしまったぞ。


 きっと他の部位は殴られようが蹴られようが、間合いを詰めるまで耐えられる自信があるのだろう。


 ならば――


 俺は左フックで、天馬ガードをずらした。

 修学旅行で内島と戦った時に見せた『ソーラープレキサスブロー』の応用技術。


 剥きだした顔面と顎先、そのまま踏み込んで右ストレートを放つ。


 が、


「これを待ってたぜ!」


 天馬先輩も踏み込み、俺の襟首と右腕を掴む。


 途端、俺の体が宙を舞った。



 ――背負い投げ。



 ダァァァン!



「がはっ!」


 受け身が取れず、もろ衝撃が背中から心臓と肺に伝わり息ができなくなる。


「――サキ、逃げろぉ!」


 リョウの声に反応し、俺は衝撃と痛みで心が折れる前に、とにかくジタバタと身体を動かした。

 四つん這いで逃げるように、シンが立っている出入口付近まで逃げ切る。

 なんともカッコ悪い絵面だが、この際そんなこと言っている場合じゃなかった。


 一方の天馬先輩は深追いせず中央の位置で立ち、黒帯を締め直して道着の乱れを直している。


 リョウが天馬先輩に近づき頭を下げている。


「すんません、先輩……審判役レフリーなのに思わず加勢しちまって……これルール違反っすよね?」


「火野、構わねぇよ。俺が無理矢理頼んでいる勝負だ。それに俺がお前の立場なら同じことをしているだろうさ」


 二人がやり取りしている内に、俺はなんとか息が出来るようになり呼吸を整える。

 掴まれたシャツの胸元のボタンが外れ、右肩の袖山部分も破れ掛かっていることに気づいた。


 そんなことよりも……。


 リョウの声がなければ、あのままきっと寝技に持ち込まれ、そこで終わっていただろう。

 それに畳の上だったのが幸いだった。

 ここが路上でコンクリートの上だったら……今頃、どっかの骨が折れていたのかもしれない。


 ――やっぱり、天馬先輩は強い。


 手段を選ばない人だったら、俺はとっくに病院送りになっていた所だ。



「サキ、やばいと思ったら降参するのもありだぞ。この勝負、勝っても負けてもお前に損得はないんだからな……」


 シンが逃げ込んだ俺に対して助言をしてくれる。


 確かにそうだ。

 勝っても負けても、俺にとってはなんの問題もない。


 本当は意味のない戦いなんだ。


 けど――


 俺は立ち上がり、シンの顔を見据える。


「――天馬先輩の想いと強さに応えるため最後までやるよ。もうそう決めたから」


「そうか……なら友達として一つ助言をする――ズルさを持て」


「ズルさ?」


「そうだ。お前の戦い方はとても素直すぎる。悪く言えば単調なんだ。いくら速く強烈な一撃を繰り出そうと、油断しない熟練者なら簡単に見切れるし、あるいはヒットポイントをずらして打撃に耐えて距離を詰めることもできるだろう」


 ズルさか……。


 確かに、以前の空手家である『菅野かんの 彰影あきかげ』と戦った時も相当苦戦したっけな。



「――やってみるよ」


 俺は頷き中央へと戻って行く。


 再び天馬先輩と対峙する。


「……神西、お前の強さは認めるぜ。俺との勝負を受けてくれて感謝もしている。だからこその全力だ……じゃないと意味がねぇんだ」


「俺にはまだ、天馬先輩と戦う意味がわかりません……けど、先輩の強さには敬意を持っています。だからここからは、俺も全力で応えて行きます」


 俺は意識を集中し、腹式呼吸を繰り返しながらイメージの中に陶酔する。



 ――超集中状態ゾーンに入った。



「ん? 神西、雰囲気を変えたな……ガチの本気になったってことか。それでいい……」


 天馬先輩が構え、俺も同時に構える。


「……こりゃ、俺もしっかり審判レフリーしておかねぇと、どっちかやばいことになるな」


 リョウが呟き「行くぜ、ファイト――!」っと叫ぶ。



 勝負は再開される。



 さっきと同様、俺は左ジャブの連打を打ちこむ。


 天馬先輩も再び両腕で顔面を中心に強力なガードをする。


 あっという間に距離を縮められ、俺のワイシャツの襟首が掴まれた。

 そのまま物凄い握力と腕力で、強引に身体を引き寄せようとする。



 ――ビリッ!



 ワイシャツのどこかの部位が破ける音。


 掴まれ引き寄せられた瞬間、俺は咄嗟に後方へと体重掛けて上半身をのけ反らせた。

 結果、上着が破けてしまったのだ。


 だが、そこで一定の空間ができる。



 それは俺にとって抜群の射程距離空間――



 ガッ!



 俺は左手で、破れたワイシャツを握っている天馬先輩の腕を掴む。

 逆に反動をつけて、自分の体勢を起こした。


 そのまま天馬先輩の顔面に向けて、カウンターとも言える右肘打ち叩き込んだ。 


「ぐっ――!」


 一瞬、天馬先輩が後ろに下がったと同時に、俺は畳の上を飛び跳ねる。



 バキッ!



 さらに強烈な飛び膝蹴りを顔面の顎先に当てた。


「がぁっ!」


 天馬先輩の大柄の身体が跳ね上がり、ドサッと大の字倒れる。

 起き上がる様子は見られない。


 っていうか動く気配すらないようだが……。



 リョウが審判レフリーとして覗き込み確認している。


 ようやく決着がついたのか?




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