第140話 孤立する女神の事情×神的危険回避




 それは『神楽 美架那』こと、ミカナ先輩が高校に入学したての頃。


 天馬先輩が女子生徒に暴力を振るったことで、ミカナ先輩がブチギレて対立することになった。


 そんなミカナ先輩に当時の取り巻き連中が暴走して必要以上の嫌がらせと犯罪者まがいのことを仕掛けてくるも、彼女は決して挫けることはなく立ち向かったという。


 最終的には天馬先輩をボコボコにして、勇魁さん達も従わせることになったと言う。


 ミカナ先輩の強さに、彼らは惹かれ集団告白するも全滅。

 辛うじて『友達』として付き合うことで今の関係性に至ったらしい。


 ここまでは俺も麗花や詩音から聞いているし、よく知っている範囲だ。



「――当時の俺は嬉しかった。友達でもいい、あんな女の傍にいられるならなって……いつか振り向いてくれるかもしれないって淡い期待すら抱いていた。だが一方で、あいつを他の連中から孤立させてしまったのも事実だ」


「孤立ですか?」


「ああ。知っての通り、俺はこんな性格だし、『勇磨財閥』を背負う人間だ。教師や一部の女達がチヤホヤするも所詮は家柄があってのことだ。勇魁達だって似たような境遇で生きてきた……元々俺達はそんな連中の集まりなんだよ」


 なんだ、先輩自分のことわかってんじゃん。

 わかっていて、あのやりたい放題の大盤振る舞いだからな。


 ミカナ先輩がなんとかしたくなる気持ちも頷けるよ。


「俺達はいいさ。基本、犯罪でなければなんでもありだからな……だから小学や中学も好きなようにしてきたさ。だが、ミカナはそうじゃない。あいつは普通に生きてきたんだ」


「天馬先輩は何が言いたいんです?」


「そんな俺達に囲まれてみろ。あいつに普通の友達ができるわけがねぇ。現に中学で仲良かった女友達も、ミカナを遠ざけるようになったらしい。今まともに友達と呼べる女子は、それこそ亜夢ちゃんくらいだろうぜ」


「ミカナ先輩はそのことで何か言っているんですか?」


「言わねーよ。あいつは誰よりも強く気丈な女だ。俺が聞いても、きっと『私の友達は私が選ぶからいいの』ってドヤ顔で言うだろうぜ」


 確かにあの人なら言いそうだ。


「でも、天馬先輩達はそれをわかっても、ミカナ先輩の傍にいるんですよね?」


「ああ、ここまで逆に事を荒立てておいて、あいつから離れるなんていう選択肢はねぇ。それに俺達四人はミカナを大切にして、ずっと守っていくことを誓っている」


 女神を守る勇者達の誕生ってわけか……。


 けど、そのことで他所では、ミカナ先輩が孤立してしまっているなんて……皮肉な話だ。

 いくらヒエラルキーでは頂点でも、下位の連中に見放されては、ピラミッドは崩壊する。


 ミカナ先輩が自ら『ストッパー』になることで、天馬先輩達の暴走は止められ、そこまでは至らなかった。


 けど、その代償で彼女が周囲から浮いてしまったんだろうなぁ。



「……天馬先輩。俺……ミカナ先輩から、天馬さん達には言わないでって口止めされてました」


「なんだって? 何故だ?」


「わかりません……でも俺と話してくれる中、よく口にしていた言葉があります。『本来、住む世界が違う』って……」


 どうして俺はここまで口を滑らしたのかわからない。


 ――いやわかっている。


 ミカナ先輩と天馬先輩達……一度、みんなで腹を割って話してみるべきだと思ったからだ。


 ふと親友である『リョウと千夏さん』のカップルでも思ったこと。


 お互いに大切に想う余り、本音で向き合えないこともある。


 千夏さんの場合、過去のトラウマでそうなってしまったように、リョウは事情も知らずに自分のせいだとダメ人間になるくらい思い詰めていた。


 おそらく事情や状況は違えど、どこか重なって見える部分があると思ったんだ。


 それに、どこか俺と愛紗達の関係性に似てる気もする……。



「住む世界が違う……そうか、俺達のことそういう風に想っていたのか、あいつは……」


「けど、誤解しないでください。前置きで皆さんのこと大切な存在とも言ってたんですから……だから余計に今の関係を大事にしたいと思っているんじゃないでしょうか? 俺も同じような悩みを抱えているからよくわかります」


「……三美神か?」


「え? ま、まぁ……俺のことはいいじゃないですか?」


 絶対に話が脱線するし、恥ずかしくて言えない。


「そうか……もう一度だけ聞くが神西、お前はミカナのこと、どう思ってんだ?」


「好きですよ、敬うべき先輩として。だから応援したいし協力してあげたいんです」


「……お前の家で、ミカナは何をしているんだ?」


「昨日、一晩泊まったばかりですから……でも早朝からバイトしているし、お母さんの付き添いもあるから、帰ってくるのは夜中みたいです」


「じゃあ、ほとんど寝に泊まっているようなもんか?」


「そうですね。それに、俺の家には社会人で親戚の女性が保護者として、四六時中家にいるんで弟さんと妹さんの面倒も見てくれてますし、天馬先輩が心配するようなことは一切ありませんよ」


 流石に、愛紗達がずっと泊まりに来ているなんて、もっと恥ずかしくて言えない。

 別な誤解を生みそうだ。


「……そうなのか。変に勘繰って悪かったな」


 天馬先輩は顔を伏せ、軽く頭を下げる。

 この潔い所が憎めない一面でもあるな。

 あくまで人柄を理解すればだけどね。


「いえ、俺は別に……ちなみに、どうしてミカナ先輩がウチに泊まっているって知ったんです?」


「……すまん、それは言えない」


 まぁ、察しはつくわ。


 ――亜夢先輩か。


 う~ん、どう捉えるべきか。


 このまま、俺と天馬先輩の関係がこじれる事を目的としているのか?

 それとも、ただお喋りなだけか?


 一番掴みどころがない人だな。


「わかりました。ミカナ先輩には、天馬先輩達が心配していたって言っておきますね」


「ああ、頼むわ」


 こうして、天馬先輩と平和的に別れを告げ、俺は無事に危険回避することができた。






 ~勇磨 天馬side



 神西は俺の前から去って行く。


 思っていた以上に正直に話してくれて良かったぜ。


 堅勇や茶近が「用心した方がいい」って言ってくれたが、んなことは全然なかった。


 にしても、ミカナ……。


 前から超えられねぇ壁みたいなモノは感じていたけど……俺達との間をそういう風に考えていたとはな。

 確かに一人で家族を支えて生きているあいつからすれば、俺達は親のスネかじりもいいところだ。


 そこは否定できねぇ……。


 前はそれが当たり前だと思っていた。

 それを利用してドヤ顔で好き勝手やっていた。


 今だってそのスタイルは変えちゃいねぇ。


 変えちゃいけねぇんだ……。


 俺は将来『勇磨財閥』を背負う宿命のある男――。


 一般の人間とは生き方が違うんだ。


 そこはプライドを持たなきゃいけねぇ。



 けど、ミカナだけは特別なんだ……。



 あいつとは常に同等であり平等でありたいと思っていた。

 家柄なんて関係ない。同じ立場、同じ目線として傍にいたい。


 俺をそう変えてくれたのは、間違いなくミカナだ。


 きっと、俺だけじゃない。


 あいつらだって――。



「……天馬」


 勇魁が壁際の角から姿を見せる。

 その後ろには、堅勇と茶近もいた。


 事前に練った打合せ通り、身を隠して俺達の会話を聞いていたんだろう。


「……勇魁。聞いての通りだ。神西はミカナのために協力してくれているようだぜ」


「その通りだね。僕も正直、疑っていたが……彼が『善良』で安心したよ」


 勇魁はとにかく正義感が強い――。


 こいつにとっての物差しは『善良』か『悪人』かの二つしかないからな。


 善良と認めた奴には優しいが、悪人と思った奴らには容赦ない。


 現に、高一の頃、俺達の指示なくミカナに暴行を犯そうとした取り巻き連中をボコボコにして病院送りにした後で退学まで追い込んだのは、全てこの勇魁だからな。



 実は俺ら四人の中でキレたら一番ヤバイ奴なのかもしれない。




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