第62話 影の勇者との最終ゲーム①




 せっかくの愛紗とのデートだった筈が……。


 楽しみにしていたのに、『王田 遊星』からの連絡で状況が一変する。


「――愛紗を預かっただと!? どういうつもりだ、テメェ!?」


『拉致したんだよ、彼女を……お前に渡さないためにね。証拠を見せよう』


 写メが送られる。


 どこかの室内で、愛紗が気を失っている画像だ。


 それを見た途端、俺の背筋が凍る。


「しょ、正気か!? こんな真似して自分が何をしているのかわかっているのか!?」


『……正気さ。もともと僕はこういう事を平気で出来る人間さ……ただ家柄上、自分から手を下さず健斗や翔をストレス発散で利用していただけにすぎない。シン君は切り札的な存在だったから別なポジだったけどね。もう関係ないけど……』


「いくら、お前の爺さんに力があろうと、こんな真似して許されると思っているのか!?」


『おじいちゃんはもう関係ない……全てを捨てる覚悟で行動を起こしている』


「全てを捨てる覚悟……?」


『そうだ……全ては南野さんを手に入れるためだ。その為に、僕は家柄も身分も捨てる覚悟だ』


「なんだって!? 愛紗をどうするつもりだ!?」


『安心しろよ。無理矢理に貞操を奪うとか、そんな下衆な真似はしない……特に南野さんに対してはね』


「だったらどうするつもりだ!?」


『僕が本当に欲しいのは「彼女の心」だ。その為には、お前がどうしても邪魔なんだよ、神西 幸之――』


 王田は口調こそ冷静だが、語尾に怨念や執念のような何かを感じる。


 俺は改めて思った。

 こいつは異常すぎる奴だと。



『――これからゲームを開始する』


「ゲームだと?」


『今駅前にいるだろ? 僕は繁華街から裏通りに面した廃墟ビルにいる。勿論、彼女もだ』


「廃墟ビル!? どこのだ!?」


『そのスマホのナビに登録してある。それを頼りに進めばわかるよ……徒歩なら、20分くらいかな?』


 このスマホは、そういう意味もあったのか?

 クソッ! 手の込んだことばかりしやがって!


「俺がそこに行けばいいんだな!?」


『そうだ。お姫様を助けたかったら、まずここまで来てみろよ。それから話の続きをしよう』


「……王田、お前……一体、何を考えてやがる?』


『続きは来てからって言ってるだろ? 当然ながら他言無用だ。警察はおろか仲間にも言うなよ……追い詰められたら、僕だってブレーキが効かなくなる。南野さんにだけは手荒な真似はしたくないんだ……』


 クソッ、こいつ! 拉致しておいて、よく言いやがる!


「わかった……待ってろよ、王田! 必ず、テメェをぶちのめしてやる!」


『待ってるよ、神西……決着をつけよう』


 スマホが切られる。


 俺は手を震わせながら、スマホを握りしめる。


 ――きっと生まれて初めてだ。


 心から人をぶん殴ってやりたいと思ったことは……。

 これまで喧嘩なんかしたことのなかった俺が。

 嘗てこれほどまで激高し、いきり立っている。


「愛紗……待っていてくれ。必ず俺が救い出してやるからな!」


 俺はスマホのナビアプリを確認しながら、設定された目的地へ向かった。




 繁華街、裏通り。


 普段から人気はない所だが、日中のしかも午前中なら尚更だ。

 時折、朝帰りと思われる大人達をすれ違う程度。


 そんな中、


「――お前が神西って奴か?」


 ガラの悪そうな男三人に声を掛けられる。


「……あんたら、誰?」


「俺達ぃ~、ある人に頼まれてよぉ~。ここに来る、神西って冴えないモブっぽい奴をボコボコにすれば現金で10万もくれるって言われてんだよぉ~」


「ある人だと? 王田 勇星か?」


「名前なんて知らねぇよ。でもよぉ、凄げぇ気前いいぜ、あいつ。前金で俺ら一人ずつ、3万円もらっているからなぁ。お前をボコれば、残り7万ゲットだぜ~!」


 つまりこいつらは、王田に金で雇われたなんちゃらって奴か?


 糞共が……。


「あのさぁ、俺、あんた達に怨みないんだよねぇ……見逃してくれない?」


「駄目だな。オメェをボコった姿を写メで撮らないと、残りの金をくれねぇんだよ。そういうルールだ」


 ルールだと?


「まぁ、俺らもお前に怨みがあるわけじゃねーし、大人しく痛い目に合うだけ合ってもらうぜ~」


 黙って聞いてりゃ、ゲーム感覚で言いやがって……。


 俺は握る拳に力が入る。

 感情がより昂り、全身を震わせる。


「おい、こいつビビって震えてるぜ! このまま泣き出しちまうんじゃねぇ!? ギャーハハハッ!」


 チンピラ達は腹を抱えゲラゲラと馬鹿笑いする。


 ったく、どいつもこいつも……。


「――そうか……残念だな」


「「「あん?」」」


 三人のチンピラが俺の態度に顔を顰める。


「俺、今スゲェ機嫌悪いんだ……手加減する余裕はねーぞォッ!」




 ――3分後。



「……マ、マジか、こいつ……ボクサーだったのかよ……ぐふっ」


普通モブっぽい癖に、メチャ強え……うっ」


「頼む、も、もう……赦してくれよぉ……」


 三人のうち、二人のチンピラが地面に倒れ気を失う。

 残り一人がボロ雑巾になりながら、辛うじて立って怯えている。

 俺はボクシングの構えフォームを維持しながら、ハッと我に返った。


「……あっ。頭にき過ぎて、覚えたての『蹴り技』とか『肘打ち』使うの忘れてたわ」


 初めての実戦だったが、ほぼ拳打パンチだけで勝ってしまったじゃないか。


 まぁ、この程度の連中相手じゃしゃーない。

 多少は身体を鍛えているようだが所詮は筋肉だけ。

 技術どころか、スピードやスタミナがまるでない。


 つーか勢いと見かけだけだ。

 動きが遅すぎるので、この程度の相手なら数の多さも大して気にならなかった。


「おい、お前」


「はい! すみません! すみません!」


 最後の一人がやたら謝罪してくる。さっきの威勢の良さは消失している。

 こういう奴は一人じゃ何もできないもんだな。


「お前ら全員、王田から3万もらってんだろ? それを治療費に当てろ。俺のことは金輪際忘れろよ」


「はい! わかりました!」


「それと、他に雇われた奴とか心当たりないのか?」


「いえ……わかりません」


「そうか……悪いが、もう少し気を失ってくれ」


 俺は左ジャブを男の顎に向けて的確に叩き込む。

 そのまま脳を揺らし、男の気を失わせた。



 ブーッ、ブブブッ。



 タイミング良くスマホの着信が鳴る。


 自分が所有しているスマホからだ。

 後輩の『風瀬 耀平』からである。


「はい」


『急な電話、すまないっす。サキさんに知らせておきたい情報があって――』


「ごめん……今それどころじゃないんだ。後にしてくれないか?」


『まさか、もう仕掛けられてんっすか? 王田に?』


「どうして、それを知っているんだ!?」


『……はい。昨日から王田が繁華街に出現し、ガラの悪そうな連中に声を掛けまくっているっていう情報があったす。こりゃ近いうちに何かしでかすって踏んでいたっすよ』


 流石、『情報屋の傭兵』と異名を持つだけのことはある。


 にしても……。


「そうか。つーことは、他にも同じような連中が潜んでいる可能性があるな」


『え!? もう戦っているんっすか!?』


「……まぁね。なぁ耀平、この事は黙っててくれないか?」


『どうしてっすか!? 火野さんに応援を求めた方が良くないっすか!?』


「駄目だ! これは俺の問題なんだ! これ以上、リョウを巻き込むわけにはいかない! それに……」


 下手なことをすれば、愛紗に危害が及んでしまう。

 それだけは避けなえればならない。


『……サキさん。俺には良くわからないっすけど、独りで背負っていい問題なんっすか?』


「そうだけど……」


『王田に何言われたか知らないっすけど、あんなクズの言う事、いちいち間に受ける必要ないっすよ。サキさんには仲間がいるっす! 俺も協力するっす!』


 一理あるか……。


 俺が約束を守っても、王田が守るとは限らない。

 現に金で雇った連中が、こうして何人もいるかもしれないんだ。


 万一、俺がやられちまったら、愛紗を守れなくなる。

 男の約束云々より、まずは彼女の安全を優先しないと駄目じゃないか?


「ありがとう燿平……じゃ、30分後に警察へ連絡してくれないか……愛紗が人質に取られているんだ」


 俺は耀平に、これまでの事情と場所を教えることにした――。






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