第52話 文化祭の余興とガチファイト




 チラッとリング下の観客席へと視線を向けた。


 愛紗、麗花、詩音が心配そうな眼差しで見守ってくれている。


 そして、王田 勇星――奴も、しれっと傍観している。



 俺の中でメラメラと、これまで感じたことのない闘志が湧いてくる。


 今まで、ずっと人と争うことなく平凡に生きていた。

 厄介ごとは、友人や他人に任せて、ずっと逃げてきた。


 ――けど、わかったんだ。


 時には全力で立ち向かい、自分から戦わなければならないこと。


 でなければ、本当に大切な人達を守ることはできないのだということ。


 例え、王田が爺さんのコネで大人達をいいように動かして法律やルールを捻じ曲げようと……。


「俺は絶対に負けない!」


 三人は俺が守る!



「――ファイト!」


 急遽レフリーとなったリョウの合図。


 俺は浅野と軽くグローブを当て、ファイティングポーズを取った。





 ~浅野 湊side



 ようやく、この時がきた。


 神西 幸之とのボクシング対決だ。


 さっきの騒ぎで生徒の誰かが昼休み中の先公達にチクりを入れているかもしれない。

 しかし五分、いや三分あれば十分だろう。


 あの『三美神』と勇星さんが見ている前で、神西を叩きのめしてやる!


 俺はボクシングスタイルで構えて様子を見る。


 ……なるほど。


 あの火野と猛特訓して鍛えられただけのことはある。


 隙のない構えだ。

 ステップも軽い。


 だが、それだけ。


 さっきの……なんだっけ? 鈴木? 山だっけ?

 あのボクシング部の主将と同様に、力でゴリ押せばなんてことはない。


 いくら筋力アップしたとはいえ、所詮はあの細い身体。

 二~三発のパンチを喰らった所で、どうせ大した威力はないだろう。


 こちとら中二までイジメられ、ずっと殴られて生きていたからな。


 したがってだ。


「――打たれ強いんだぜぇ、俺はぁぁぁっ!!!」


 そのまま踏み込み、突進していく。



 が――!



 シュッ



 風を切る音。



 ドン!



 気づけば、俺はマットに片膝をついていた。


「……あれ?」


 なんだ? 今、俺は何をされたんだ?


 次第に視界がぐるぐると回っていく。


 眩暈? これは……脳震盪のうしんとうか?


 顎だ……顎にじんじんと痛みが増してくる。


 いつの間にか、この顎に一撃をもらっていたというのか?


 ――神西に!?



 あまりにも瞬時の出来事に周囲から雑音が消え失せる。



「ワン、ツウ、スリー、フォー……!」


 火野が俺に向けてカウントを取ってきた。


 やめろぉ! 俺はまだ――……。


「――戦えるんだよぉ!」


 俺は立ち上がり、ファイティングポーズを構えた。

 強引に意識を繋げながら、足の震えを押さえ込む。


「おし、ファイト!」


 試合続行の合図。


 クソッ! 油断したか!?


 見くびらないつもりが、さっきの心理戦で頭に血が上っていたらしい。

 おかげで、もう頭が冷えた。


 ラッキーパンチは二度とねぇぞ!



 シュッ



 神西の左ジャブ。

 速い! それに異様に伸びやがる!

 さっき、これにやられたのか!?


 よく見りゃ、奴は俺より身長が低い癖にリーチが長い方かもしれねぇ。

 

 こいつ、アウトボクシング・スタイルか!?



 パン!



 俺はガードして受け止め、一歩だけ後退する。

 速い癖にやたら重い。

 まるでストレートを受けている感じだ。


 俺は足を使いフットワークで、奴の懐に入り込もうとする。


 神西は左半身構えから右半身構えにチェンジし、右でジャブを打ってきた。


「うおっ!」


 俺は躱して回り込む。

 もうちょっと踏み込んでいたら、また一撃を喰らうところだった。


 にしても、こいつ……まさか両利きか!?

 やたら器用なことしてきやがって……。


「こうも逃げられると、流石に当たらないか!」


 神西の皮肉が込められた台詞。


 俺はカチンとなる。

 勇星さんの支援の下、あらゆる打撃系格闘技をマスターしてきたプライドと自信がある。

 その中には当然、ボクシングも含まれているんだ。


 だかが、二ヶ月やそこら鍛えた程度のにわか仕込みの真似事ボクサー如きに……。


「――この俺が負けるわけねぇだろーが!」



 シュッ



「がぁ!」


 俺は再びマットに両膝を付いてしまう。


 今度は右からのジャブだ。


 な、なんなんだ……こいつ?


 何かが異常だ……。


 普通であって普通じゃない……。



 ――そう。



 まるで得体の知れない異質のバケモノのようだ……。


 この俺が……そう感じているのか?


「嘘だ!」


 火野がカウントする間に立ち上がり、ファイティングポーズを取る。


 ……また顎が痛てぇ。


 まさか寸分の狂いもなく打ち込んでいるってのか!?


「そんな筈はない! そんなことできる奴はいない!」


 偶然だ。

 奴の舌戦に乗っちまった俺のミスだ。


 考えてみればにわかでも、あの火野とスパーリングで互角に打ち込んできた奴だ。


 ……待てよ?


 互角に打ち込むだと?


「ファイト!」


 火野の試合再開の合図と共に、今度は神西が突進してくる。

 俺は左ジャブで牽制するも、素早いフットワークで躱される。


 一気に至近距離まで詰められた。


 激しい、ボディブローとフックを打ってくる。


 まるで両方が利き腕のように、この鍛え抜かれた身体でさえ重く突き刺さってくる。

 ガードを試みるが受け続けるのは危険だと判断した。


「野郎ッ!」


 俺もインファイトで応戦し、負けずに神西にパンチを浴びせる。


 だが神西は怯まない。

 あの時、俺がこっそり覗き込んだ特訓風景を彷彿させるくらいに当たり負けせず、打ち込んでくる。


 こいつも相当打たれ強い!?


 その試合展開に、観客達のボルテージが一気に上がる。


 神西のパンチと共に、歓声が耳に突き刺さっていた。


 しかし――!


 俺は気づけば、神西に抱きついていた。

 無意識で、自分からクリンチしてしまったのだ。


 ま、まさか……この俺がインファイトの打ち合いに負けただと!?


「おい、浅野! いい加減に離れろ! 試合になんねぇだろが!?」


 火野が俺達を引き離してくる。


 ダメージの回復どころか、精神的なショックの方が大きい。


 なんなんだ……これ? 一体どんな状況なんだ?


 俺は何故、こんなに苦戦しているんだ?


 神西如きに――!?


「ふぅ……浅野、一つ助言してやるぜ」


 火野が俺の耳元に顔を近づけてくる。


「……助言だと?」


「そうだ……サキには欠点はねぇ。パンチも機械みたいに正確だし、アウトでもインファイトでも器用にこなせる。しかもボクシングに関しては両方利きだ。どういうわけか、麗花さんによって、ずっとそう鍛えられていたんだ」


「麗花……東雲だと!?」


「多分、元々備わった才能をそのまま底上げするように身体強化が図れていたんだろうぜ……あいつの唯一の欠点は経験不足とズルさがないってことくらいだ」


「……何故、俺に教える? 敵であるお前が?」


「凄ぇ、いいファイトしているからだ。見ていて気持ちいいぜ、お前ら」


 火野はニッと笑い、俺から離れて行く



 ――いいファイトだと?


 周囲を見ると観客席にいる全員が立ち上がり、俺と神西に向けて声援を送っている。


 どちらに味方して非難するわけでもなく、純粋に俺達の戦いを称えているように見えた。


 なんだ、この感覚……この気持ち?

 殴り合って褒められるって……喧嘩じゃ絶対にあり得ない。


 これがボクシング……スポーツなのか?


 けど、ただ一人。


 勇星さんだけは、その場で座り込み、ムスッと俺の無様な姿を凝視している。


 ――わかってますよ。


「これは遊びでもスポーツでもない! 俺にとって真剣勝負だ!」


 俺は火野の合図と共に、神西と対峙する。



 が――



「うっ!?」


 神西の構えを目の当たりにして、俺は尻込みしてしまう。


 ま、まるで銃口を向けられているような威圧感だ。


 神西の射程範囲内に踏み込んでしまえば確実に撃たれる。

 そんな恐怖心を抱いてしまう。


 現に俺は二度も、奴に顎を打ち抜かれている。


 決して、物怖じした妄想なんかじゃない。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 呼吸が荒くなる。

 心拍数が上昇し鼓動が激しくなっていくのがわかる。

 

 俺は恐怖しながら興奮している。


 命のやり取りをしているような緊張に襲われ、今にも心臓が破裂しそうだ。


 けど、なんだ?


 充実して楽しい。


 馬鹿な……真剣勝負なのに……?


 いや、真剣勝負だからこそ――!



「神西とガチで戦えることが楽しくて仕方ない!」


 気づけば俺は笑っていた。


 笑いながら無造作に、奴の射程内に踏み込んだ。



 パシュ――!



 神西の右ストレートが寸分の狂いなく、俺の顎先にヒットする。


 俺は気持ちよくなるくらい意識が飛ぶ。



 ドサッ



 そのまま、マットに沈んだ。






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