第47話 暗殺者の観察記録
~浅野 湊side
神西 幸之の様子が可笑しいと感じた俺は『観察記録』をつけることにした。
内容によっては、勇星さんに報告しなければならない。
○月○日 晴。
神西は今日も顔が腫れており傷だらけで登校してきた。
格闘熟練者の俺から見れば、あからさまに殴られたとしか思えない傷だ。
集めた情報を整理すると、どうやら2か月後の『文化祭の催し物』で火野と何か隠し芸的なパフォーマンスを企画しているらしい。
その腫れと傷を見て、『三美神』の女子達は度々、火野を非難している。
当人はしれっとしているがな。
しかし、相変わらずハーレムだ。
○月○日 曇。
神西はさらに傷やらダメージが増えている。
歩くのがやっとの状態だ。
昼休み、本人と火野は担任の田中に呼び出されてしまう。
どうやらイジメを受けていると疑われているらしい。
20分後、二人は戻ってきており、特に火野は「んなワケねーだろうが!」っとブチギレていた。
いつもの北条や南野や東雲が心配で駆け付け「大丈夫?」と、神西をちやほやしている。
やっぱりハーレム、ムカつく。
○月○日 晴、時々、小雨。
神西のダメージはさらに酷くなっている。
一人で歩けず、火野が肩を貸してようやく歩いていた。
流石の火野も「やりすぎだわ……しばらく休もうぜ」と囁いている。
神西は「問題ない。これからさ」と微笑んでいた。
何をしているかわからないが大した精神力だと思う。
このままだと、俺が直接手を下す前に奴の方が自滅するかもしれない。
それはそれで願ったり叶ったりでもあるが……。
しかし――
「サキ~♪ あたしの家に泊まりにおいでよぉ。学校から近いよ~」
「いえ、私の家のマンションがいいわね。お父さん単身赴任でいないから安心して」
「そ、それなら、わたしの家の方がいいよ! お母さん看護師だし療養できるよ!」
より過激に三美神からアプローチを受けている、神西。
やっぱりハーレム野郎はムカつく。
今すぐにでも手を下したくなってきたぞ。
「だ、大丈夫だよ……今日もリョウの家に泊めてもらうから……」
ん? なんだと? 今日もだと?
神西の奴……ずっと、火野の家に泊まっているというのか?
それであのダメージだと?
一体、火野の家で何をしているんだ?
それから二週間が経過した。
神西の徐々にだがダメージは無くなり、すっかり一人で歩けるまで回復している。
いや、なんだ……?
微妙だが前より足取りが軽いような気がする。
動作も軽快に見えるぞ。
何か変わりつつあるというのか?
念のため報告してみるか。
放課後、俺は勇星さんにスマホで直接連絡した。
これまでの経過を含めて、神西に関する詳細を伝える。
「――そろそろ仕掛け時でしょうかね?」
『ふむ。奴が最近、怪我をしてまともに歩けないことは僕の耳にも入っているけど……火野が関わっているのは気になるね』
「機会を見て、一度あの二人を尾行しようと思います」
『任せるよ。でも確か彼らは「文化祭」に備えて動いているんだっけ? それまで待つのもありかもな』
「待つ? 何を考えてます?」
『……最近、彼が頭から離れないんだ』
「神西ですか? 貴方ほどの人でも?」
『ひょっとしたら、僕の期待値に昇るかもしれない……そう考えるとね』
勇星さんは意味深に言っている。
その電話先から所々で複数の女子達の甘声が聞こえていた。
……どうやらまたセフレを増やしているらしい。
しかも楽しくパーティー中ってところか?
本当好きだよな。英雄色を好むとはよく言ったもんだ。
まぁしかし神西ほどイラつかない……きっとそれが成立するオーラがあるのだろう。
どの道、影である俺には関係のないことだが……。
「しかし、俺の潜伏期間は確か一ヵ月間の筈……待つのは構いませんが、先日入院させた『坂本』も復帰してくるでしょうし、あの『内島』や『間藤』も流石に……」
『あ~あ、問題ない。あいつらは親に大金渡して適当な所に転校させるから……シン君も悪いけど、もう一ヵ月くらい延長してもらっていいかい?』
「俺は構いません」
『ありがとう。許可を頂いているキミの両親にも協力感謝しているよ。おじいちゃんに報告して、いつも通りお礼は弾むからね』
「ありがとうございます」
俺の両親は、勇星さんの祖父に雇われている専属執事や秘書のような仕事をしている。
元々大手企業のホテリエだったが、俺が勇星と知り合ったことをきっかけに彼の祖父から直接引き抜かれたのだ。
両親も俺と同様に祖父からの信頼を得ており、今では右腕的な存在として扱われている。
なので『王田家』の事情にも詳しかったりもする。
『しかしだ。よくよく考えてみれば、「健斗」だけは有名人だから転校させると不自然になるか……。まぁ、今回の件で僕の恐ろしさは身に染みているから余計な真似はしないだろう』
「その内島に不安要素があれば俺が排除しますか?」
『……シン君は一生懸命だね。僕はキミを誰よりも信頼しているが、やりすぎるのがキミの弱点でもある。火消しする僕の立場も考えてくれよ』
「はい、すみません」
『実は先日、おじいちゃんに呼び出されてね……これまでのお願い事とか地味に釘を刺されているんだ……だから目立つ行動は極力控えるように頼むよ』
「わかりました。では――」
俺はスマホを切った。
流石の権力者一族も、勇星さんのこれまでの行動に危惧し始めたのか?
あるいは将来の跡継ぎとして懸念しているのか?
俺とて、あの人の立場を危うくするわけにはいかない。
迂闊な行動は控えよう。
しばらくは言う通りに『密かな観察者』を演じるしかないか……。
さらに一週間が経過した時、神西に変化があると気づいた。
出会った時から、それなりの身体つきだったが、何か所々に筋肉が増した気がしてならない。
だが相変わらず細い体形……いや絞っているのか?
無駄に肉がない分、とても軽快な身のこなしになっている。
そして、もう一つ異変があった。
火野だ。
今度は奴がよく顔に腫らし至る箇所に傷をつけて登校するようになった。
本人達はしれっとしているが、どうも気になってしまう。
やっぱり調べる必要がある。
――俺は、神西達を尾行することにした。
火野の自宅と思われる一軒家から、二人は出てきた。
どちらもランニングスーツを着用している。
そのままどこかへ向かって走って行く。
こいつら、なかなか足が速い。
俺でさえついて行くのがやっとかもしれない。
1キロぐらい走った先に広々としたスポーツジムのような建物がある。
神西と火野はその中へと入った。
「まさか、あそこは……?」
俺は建物に掲げられている看板を凝視する。
「――火野ボクシングジム?」
まさか火野 良毅の家ってボクシングジムを経営していたのか!?
俺はこっそり近づき、窓から中を覗き込む。
バシュッ! ドシュッ! バシュッ!
神西と火野がグローブを着用してリング上でスパーリングをしている。
一方的じゃなく、どっちも引くことのない激しい打ち合いをしていた。
ヘッドギアこそ装着しているも、ガチファイトさながらだ。
とても学校で仲良くつるんでいる者同士の戦いじゃない。
しかしだ――。
まさかこれまで、神西の傷や腫れの原因はこれが理由だったのか!?
後々調べてわかったことがある。
ここは業界では相当有名なボクシングジムであり、何人もプロボクサーを出している超名門ジムだ。
特に火野の父親は何度もタイトルを防衛した伝説の元世界チャンプであり、奴も幼い頃から英才教育を受けていた実力者だった。
そして神西 幸之は、そんな環境の下で、ずっとスパルタ式に鍛え上げられていたようだ。
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