第9話 勇者の幼馴染達との大掃除
ドキドキしながら三人を家に入れる。
ちなみに俺の家は、4LDKの一軒家だ。
「ささ、散らかっているけど……」
「期待値以上ね」
麗花が眼鏡のフレーム位置を直しながら塩っぽく言った。
「そ、そお?」
「だ、大丈夫だよ、サキくん! 男の子だもん、これくらい!」
愛紗がフォローしてくれる。けど表情が強張り、ドン引きされているのが俺でもわかる。
「にしし~。こりゃ、捜索しがいがあるぞ~♪」
詩音はひたすら悪戯っ子の笑みを浮かべる。一体何を捜索しようとしているんだ?
自分では前日、人を招き入れるまで片づけたつもりが、やっぱりあかんかったか……。
それまでは、歩くスペースがあればどうでもいい暮らしだったからな。
「まぁ、いいわ。少しみんなでお掃除しましょ?」
「うん、そうだね、麗花。わたしも、そう思ってお掃除道具持ってきたから大丈夫だよ」
「んじゃ、あたしぃ~、サキの部屋を担当するよ~☆」
あれ? 女の子達で勝手に俺ん家を掃除することになっているぞ?
「いいよ、別にそこまでしなくても……あれだったら、みんなで図書館に行ったって……」
「駄目よ。不衛生な環境を変えるのもレベルアップには重要なの。サキ君には期待しているんだから」
「期待? なんの?」
「い、言わないわよ! さぁ、早くお掃除しましょ!」
頬を染め、急にデレる麗花。
クールビューティな生徒会長では見られない表情。
この中で唯一男である俺としては得した気分だ。
けど掃除するのは決定事項らしい。
急遽、予定が変更され、俺ん家の大掃除となった。
愛紗は亜麻色髪を後ろに束ねエプロン姿となり、俺が願望を描いた通りの『新妻風』の装いとなる。
料理だけでなく掃除も得意なようで、テキパキとこなすその姿はお母さんだ。
同級生なのに、お母さんっていうのもアレだが、これはこれで萌える。
それに、可愛らしくて絶対にいいお嫁さんになるだろうなぁ。
やばい……どこまでも妄想が膨らんでいく。
麗花も手際はいいと思うが、家具の配置にこだわっているようだ。
本人に理由を訊いてみたら「風水で気の流れが云々」と、うんちくを語ってきた。
この子も色々な意味で同級生とは思えない。
そして、ここに一人の問題児がいた。
「サキ隊長、質問がありますっ~!」
詩音が難色を浮かべて敬礼してくる。
「え? 隊長? 質問ってなんだよ?」
「エッチな本とかBDとか見つかりません! それともDドライブ封印されているのでしょうか~!?」
「ねーって言ってんだろうが、んなもん! お前は何が目的なんだよ~!?」
こ、こいつまさか……それが目的で家に来たのか!?
あ、危ねぇ~っ! 絶対に見つからない所に隠して正解だったわ~!
っという感じで大掃除は昼をまたいで、気づけば夕方にまで及んだ。
「ご、ごめん……なんか勉強どころじゃなかったよな? 俺ん家の掃除で終わっちゃって……」
「そんなことないわ。現にこうして、みんなでくつろげる状態になったじゃない?」
麗花に言われ、俺は周囲を見渡す。
逆によく一日で、ここまで綺麗になったと思えるほど見晴らしがいい。
「チェ……せっかくエログッズ見つけて、サキをイジってやろうと思ったのに~」
詩音め! ついに本心を現したな!?
このギャル、油断も隙もあったもんじゃねぇ!
そんなの『三美神』のあんたらに見られて軽蔑されたら、俺の学校生活終わるわ!
「みんな~、ご飯できたよ~!」
愛紗が微笑みながら食堂から声を掛けてくれる。
本当に嫌な顔しないでなんでもしてくれる子だと思う。
夕食はカレーライスだった。
久しぶりの温かい手料理に舌鼓、感動する。
「凄く美味しいよ、愛紗! こんなに美味しいカレーは初めてかも!」
「えへへへ、そぉ? 嬉しいなぁ……」
「サキ君も一人暮らしとはいえ、栄養にも気を使わないと……脳の活動にも影響するし健康にも支障が出るわ」
「寂しくなったら、ウチらにいつも声かけなよ~っ、遊びに来るからね~、にしし♪」
「みんな何から何までありがとう、俺なんかのために。みんなも困ったことがあったら、いつでも相談に乗るからな……俺でよければだけど」
「わたしね……サキくんのこと、もっと知りたいの。いっぱい知りながら、一緒に楽しんだり笑ったり……ずっと、そうしたいと思っているから」
愛紗の言葉に俺は胸が締め付けられる。
けど捉え方によっては告白にも聞こえてしまう……心優しい彼女なりの気配りなのに。
「愛紗、抜け駆けね。ルール違反よ」
「アイちゃん、アウト~♪」
「ち、ちがうもん! これノーカンだもん! 二人だって遠回しに言っているでしょ!?」
また揉めだした。
喧嘩するほど仲がいい証拠なんだろうけど。
…………。
この輪の中に以前は、あの遊井 勇哉もいたんだよな?
幼馴染として……ずっと。
きっと今頃後悔しているのか、開き直っているのか……。
最近、遅刻も多いようだしな。
そのうち頭を下げて、彼女達とよりを戻しにくるかもしれない。
……そうなったら、この子達はどうするんだろう?
このまま赦さないか、案外情があって赦してしまうかだ。
そうなったら、きっと俺から離れてしまうんだろうなぁ。
――ふと不安を覚える。
同時に仕方ないと割り切った。
元々、勇者に仕えるハイスペックな『超有能パーティ』か、あるいは『王国のお姫様』みたいな女の子達だ。
こうして仲良くなり、家に招き入れているだけでも奇跡みたいなものだと思う。
「サキくん、どうしたの?」
食事を終え、しんみりと思いに更ける俺に、愛紗が顔を近づけ覗きこんでくる。
地味に顔が近いんですけど……。
「……な、なんでもないよ」
「そう……前に勇くんに言われた件、誤解しないでね。あの人と離れたから、サキくんと仲良くしたいと思っているわけじゃないから。わたしはサキくんの良さを理解して……だから、サキくんの傍にいたいって思っているんだから……」
「愛紗……」
胸がチクリと痛む。
自分で勝手にコンプレックスを抱いて、彼女達の気持ちに向き合ってなかった。
確かに彼女達は他の女子より突出して魅力的だと思う。
でもやっぱり、普通の女の子なんだ。
特に仲良くなってよくわかった。
「実際に私達も心のどこかで自信家の勇哉に依存していたと思うわ……幼い頃から刷り込まれた洗脳みたいなものかしら? でも解き放たれて自由になったら世界が広がったのも本当よ。これもサキ君のおかげだと感謝しているわ……だから、三人で話し合っていくつか決めたルールもあるのよ」
「三人で決めたルールって?」
「そっ、あたし達は何があっても絶対にサキを裏切らない。どうせなら、サキが『勇者』と呼ばれるようにしてやろうってね」
「ゆ、勇者ぁ? 俺がぁ!?」
「まぁ、三人で誓いを立てる理念とか心構えだと思って。でも詩音じゃないけど、サキ君は勇哉なんか十分に超えられる才能があるわ。根拠は前に説明した通りよ……だから期待もしているわけ……迷惑だったらごめんなさい」
「麗花、そんなことないよ。自分のためにもなることだし、寧ろ感謝しているくらいさ、いやガチで」
「そう良かったわ……(そういうところよ。私が惹かれる理由はね)」
「あ、あのぅ、サキくん!」
「愛紗、どうしたの?」
「わたし……学校ある時、毎朝サキくんにモーニングコールしてもいい?」
「え? でも俺、朝はきちんと起きれる方だか――はっ!?」
俺が何気に言おうとした瞬間、愛紗は瞳を潤ませ上目遣いで懇願していることに気づいた。
か、かわいい……こりゃ、いかん! 断ったら犯罪ですわ!
それに毎朝、愛紗の生声が聞けるんだ……超ハッピー展開じゃないか!?
「お、お願いしてもいい?」
「うん、もちろん♡」
やっぱり愛紗の笑顔は最高だ。
しかも俺ん家だから、独り占め感が半端ない。
よくよく考えてみりゃ、学園のアイドルが俺に毎朝モーニングコールだろ?
なんか凄くね?
――しかし、俺は気づかなかった。
これが『三美女神』達による、勇者プロデュース計画の始まりだったということを――!
ナレーション:神西 幸之(俺)
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