第14話 まりこ

 提携の駐車場に車を止めて、シックな雰囲気の飲食店に入る。


 店内は薄暗い。


 数組の客。熟年カップルと、老夫婦といったところか。いつもここへ来ると平均年齢が高いなぁと思う。


「いらっしゃいませ。ご予約のタクミ様ですね?」


「はい」


「こちらへどうぞ」


 店員はもうすっかり顔なじみで、私たちを見るとすんなりいつもの奥のテーブル席へ通してくれる。私が制服でいることで、親子だと思ってくれているのだろう。


 私と2人で平気で店内を歩くときの彼の顔は、どこか堂々としていて格好良い。


 私は自分の10年後、20年後を想像する。


 こんなおじさんと結婚してるのかな?


 今私が考えていることを、その時も覚えているのかな?


「ご注文はいかがなさいましょう」


「いつものコースでお願いします」


「かしこまりました。お飲み物は?」


「僕は車だからペリエと、えっと──」


「私、オレンジジュースで」


「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」


 店員が黒のエプロンを翻して踵を返して行った。


「はは、ごめんごめん。名前を呼ぶときだけはどうも慣れなくてね」


「えへ、私だってそうだよ“お父さん“」


 彼の名は拓海。本名偽名かまでは知らないが、彼は自分のことをそう名乗っている。私は流石に本名までは教えていないので通称マリーで通している。ハーフ顔でもないのにマリーとは、彼も流石に呼びずらいのだ。


「ねえ」

「何?」


 拓海さんが優しい眼差しで私を見る。


「大人になったら、私の価値って同じじゃなくなる? 」


「えっ? 」


 拓海さんは何かを喉につっかえたようだった。


「どうしたの急に」


「大人になったら、お父さんは私のこと見捨てる? 」


「何を言ってるんだ。僕は君のことをずっと思っているよ。何故そんなことを聞くの? 」


 拓海さんが可哀想な顔になった。ここでこの話をするのは不味かったのかもしれない。


 ──放課後、椎名と別れた後、校舎裏でクラスメイトと女子トークをしていた時に感じたこと。


 サエとコウキが両思いらしいこととか、実際最近はどうなのとか。数年後、2人が結婚してたらどうする? 子供の顔はどうなる? とか。


 ハタチになってもみんな変わらないで、こうして同窓会で喋ったりするのかな? とか。


 今の価値観、みんなどうでもいい子供っぽい連想ばっかりで、正直退屈だったのだけれど。親の言うように安定の銀行員を目指すために、今から塾なんだとか、今度の期末は本気出さないとやばいとか。


 みんな本当は自分のことが一番大事で、勉強してないふりして頑張ってる。不良なふりして根は真面目なのもバレバレで。


 会話の端には探りの単語が並んでいて、誰が一番か、何において勝ちなのかを探してる。


 拓海さんといるとそんなこと考えなくていいから楽でいい。だって私には価値がある。


 少なくとも彼にとっての私は。


 彼の可哀想で不安そうな顔を和ませるために私はわざと甘えたように言った。


「今日は最後に甘いの食べたいな」


「甘いの? だけど……」


「大丈夫だよ、ねえいいでしょ? 」


「うーん……なんとかするよ」


「やったあ、ありがとうパパ! 」


“甘いの”は、隠語。


 今日は帰りたくないので、側にいてほしいという意味だ。


 妻子ある身へのこの言葉の重みは分かっているつもりだったが、今日は何故だか無性に一人で居たくない。ストーカーのせいもあるかもしれないが、拓海さんが一緒に喜んでくれるようにという願いも込めて、


「大丈夫、なんとかなるよ〜」


 と、今日一番の笑顔を見せてあげた。すると萎びていた拓海さんの表情も多少は綻んだ気がする。


 今の私の価値を出し惜しみするのはもったいない。少なくとも私は、学校のみんなみたいに呑気な生活では生きてけないと直感で知っているから。


 誇大妄想かもしれないけど、期待するよりも期待されたい。


 それがダメでも、昔より今、今より未来に期待していたい。


 互いがそんな存在であれば、この関係はいつまでも続くとそう思えるのだ。


 今日は帰らない、だけどそれは拓海さんに強要はできない。数時間だけ、泊まりもしないシティホテルで2人だけで過ごすの。そこで、自分の価値を確かめる。


 一人の家になんか帰りたくない。本当は怖い、隣の男がいつ襲ってくるのかもわからないのに。


 だけど私は名士の娘の肩書きを背負っている。やりたいことだらけ、背伸びして欲張りな子ども。どうか、拓海さんにだけはバレませんように……。


 両親が不仲だって誰にも言えないし、それが悪影響だからって家を追い出されるような形で一人立ちさせられて、本当はわたしのケアが面倒なだけなのだ。いつだって大人は自分の保身ばかり。


 だけどわたしは自分の力で生きていく。

 社会不適合なストーカー男になんか負けない。


「パパはいつでもわたしの味方? 」


 拓海さんは微笑んで言ってくれる。


「当たり前じゃないか。お前に何かあったらすぐにでも飛んでいくよ」


 私は笑顔を作った。

 心底嬉しいといったように。


 いざとなったら拓海さんに言えばいい、本当の親になんか頼らない。


 警察の世話になんかならない。

 父親に煙たい顔をされなくて済むのなら。

 そうだ、そうしよう。だって私は天下のまりこ様。


 どんな時だって一人で好きなように切り抜けてきたんだから──。

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