ゾウ 転生編
ゾウ・イン・ザ・パンツ
ピンポーン――。
階下でチャイムが鳴った。
僕は転がるように階段を駆け下り、玄関の扉を開く。
「すいませーん、宅配便でーす」
そこに立っていたのは、宅配の気のよさそうなお兄さん。
「はい、ありがとうございます」
差し出された伝票にシャチハタを押し、僕は小さな段ボールを受け取る。
「リオー、何だったのー?」
居間でドラマを見ていた母さんが大きな声で聞いてくる。僕はそれに「自分宛の、頼んでた本が届いたんだ」と嘘をつき、弾む足取りで自室へと戻った。そしてすぐさま、段ボールに貼られたガムテープを剥がしていく。
(さぁて……)
この瞬間すでに、僕の心臓はどくどくと大きく脈打っていた。胸を焼くような感情の昂ぶりを感じる。長年妄想していたものをついに実行してしまった、その解放感が体内で暴れ回る。
段ボールの中から、可愛らしいピンクの箱を取り出す。さらにその箱を開け、僕はそれを両手で持つ。
それは、ピンクでふりふりの女性用下着だった。
* * *
昔から女装に憧れがあった。
女装、と呼んでいることからも分かるように、僕自身の性自認は男で間違いない。これまで好きになった人間も女の子だけだし、まぁごくごく大多数に分類されるのだろう。
けれどいつからか、女の子を服を着てみたいと思うようになっていたのだ。フリルのいっぱい付いたスカートや花柄の可愛いワンピースを見て、着てみたいと思う自分に気が付いたのである。高校生となった今ではショッピングモールの洋服を眺め、それを着る自分のことを想像してしまうくらいに欲求が膨らんでいる。
でも、実際にそれを行う勇気が僕には足りていない。買った服が家族にでも見つかったらどうしよう――なんて考えてしまっているのだから、女装して外を出歩くなんて夢のまた夢だろう。
でも、やっぱり、着てみたい……。
かくして欲求とヘタレに挟まれた僕が出した結論が、まず下着から身につけてみようというものだったわけである。下着なら容易に隠すことができるし、他人からは見えないから着たまま外出することもできる。
そう考えネットで購入してから三日。今僕の手には、僕自身のパンツがあった。
(それじゃあ早速――)
ドアの鍵を閉め、僕はズボンとパンツを脱ぐ。せっかくだからと下の毛も昨日のうちに処理していた。
唾を飲む。初めて女性用の衣服に脚を通す瞬間に、鼓動は際限なく速まる。
そして僕の股間と、ピンクでふりふりのパンツが邂逅したとき――
僕の股間が、視界を埋め尽くすほどに光を放った。
* * *
『少年よ……』
一体、どのくらいの時間倒れていたのだろう。気が付くと僕は、Tシャツにショーツという童貞の想像する自宅ぐーだらお姉さん的格好で床に倒れていた。
『少年よ……』
体を起こす。特に痛いところもないし、体に異常はなさそうだ。
『おーい、少年。聞こえてるんだろう?』
それにしても、さっきから見知らぬ声が聞こえてくるのだがこれは一体何だろう。まさか駄目になったのは頭だったのか?
『いや、君は心身いたって正常だよ。僕が保証する』
(なんだ、お前は。どこにいる?)
声に出さず思っただけの言葉に、その声は『やっぱり聞こえてるじゃないか』と反応した。
『僕がいるのは、君の股間だよ』
(……ごめん、今聞き間違いじゃなきゃ僕の股間って言った気がするんだけど?)
『そう言ったね――ああいや、下着は脱がないでおくれ。君がその下着を脱いでも僕の意識が継続する保証はまだないんだ』
ああ、だめだ。やっぱり僕は頭がおかしくなってしまったらしい。
『いや、待ってくれ。せめて話だけでも。先っちょ、先っちょだけでいいから!』
変態の常套句を吐いて引き留めようとする謎の声。驚きもあるのだが、それ以上に感じられる嫌な気配に僕は肩を落とす。
(仕方ないから聞くけど、お前は一体なんなのさ)
『僕が何者ということか。とりあえず要点だけ掻い摘まんで、一言で説明しよう』
そうして言い放たれた言葉に僕は言葉を失うこととなり、そしてこれが、これから始まるろくでもない日々のその最初の一声となったのだった。
『僕はゾウ。念願叶い、どうやら君のち○こに生まれ変われたらしい』
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