猫がいなくなる日
黒井丸@旧穀潰
第1話 私は正しい
表現規制の進んだ世界を書いてみました。
ただし『ほとんどの人が幸せになれない』という冠言葉がつきます。
規制というのは誰かにとってありがたく誰かにとって理不尽なもんだという
のになるんじゃないかと思いながら思考実験です。
常識がぶち壊れた世界をお楽しみください。
なお、私は犬も猫も好きで、漫画とプラモと歴史が好き。手塚治虫先生の作品は有名どころしか読んでないニワカです。
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「猫なんて気持ち悪いものを看板に書かないでちょうだい!!」
ヒステリックにわめく男性と女性がいる。
男はハイヒールにコルセット。
女性はサンダルにジャージという不気味な服装だが、彼ら彼女らはそれを全然不思議に思っていないらしい。
壁に貼られた可愛らしい猫のポスターを『善意から』破り、はがしているのは私の妻だ。
ゾーニングが進み、郊外に押しやられた猫カフェでひっそりと楽しんでいた所に押し掛けられた私は、何故こうなったのかを思い出していた。
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●猫がいなくなる日 作;黒井丸
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第1話;私は正しい
「またキモオタどもが気持ち悪い絵で騒いでいるよ」
今から3ヶ月前。
大分市のアパートでネットニュースを見ていた私は妻にそう言った。
「えーっ!またぁ?」
うんざりした声を妻もあげる。
「いい年して何であんな幼稚なものに夢中になるのか、意味が分からないな」
私たち夫婦はいい大人なので、アニメ絵とかマンガが嫌いだ。
あんなくだらないものを公衆の面前に出すとかどうかしている。
もっとファッションとか化粧、車、グルメなど、有意義なことにお金は使うべきだと思う。
「本当にキモオタは社会のダニね。いっそのこと駆除すればいいのに」
妻が物騒なことを言うが、気持ちは一緒だ。
私の名は●●●(スカした嫌味な男の名を入れてください)。
デザイン会社に勤める35歳のデザイナーだ。
同年代の妻と大分県大分市の市街地に住む普通の一般市民である。
一つだけ人と違う点があるとすれば無類の猫好きな点だろうか?
今日は休日なので我々夫婦は町に出かけている。
最近改装された駅を降りると広々としたロータリー広場が広がり、大友宗麟とフランシスコ=ザビエルの像が鎮座している。
幸いな事に大分はオタク文化は浸透しておらず、駅前に一軒だけ女性向けのそういった店があるだけだ。
まあ私は女性の味方なので、女性が好きなものにまで目くじらを立てたりはしないが、アニメ好きな女性というのも理解できないが口には出さない。
そう思いながらアーケード街を通っていく。いつものコースだ。すると
「あら?ちょっと見て。アナタ」
固い口調で妻が言う。
なんだろう?
幼児の頭部がついた蜂のような何か変な像でもあるのだろうか?
「あれは駅の中にある像でしょ。そうじゃなくてあれよ、あれ」
見ればお祭りのためか大きな招き猫がつり下げられている。絵本の中からで
たようなデフォルメされた顔で愛嬌がある。
かわいいねぇ。
そう言おうとした私の言葉を遮るように妻は言った。
「イヤよねえ。あんな、病原菌を家に持ち込む害獣を堂々と人前に出すなんて」
は?
予想もしない言葉に私は言葉を失った。
あんなにかわいい猫がイヤ?何を言っているのだろうか?
そんな私を後目に、妻は猫のぬいぐるみを撮影するとネットに投稿した。
題は「無神経な街中の、不快なオブジェクト」
『今日、夫と街を歩いていたら、とんでもなものがつり下げられていました。娘は「お母さん。なんであんな気持ち悪いのを堂々と町中に出してるの?」と言って具合が悪くなりました。
こんなものを町中で堂々と設置するなんて商店街の管理者の良識を疑います』
私たち夫婦に娘はいない。
まあ、それは大衆の注目を集めるための方便だからいいとしても、この内容はマズイ。
こんなおかしな投稿をしたらネットで炎上するのは目に見えているじゃないか。
「なあ、この投稿消した方がいいんじゃないか?」
好き嫌いは個人の自由だ。
だが、それを他人に押しつけるのはダメだろう。
彼女が猫を嫌いだというのは意外だったが、私はそれを尊重しよう。しかし、あんなに可愛い存在の悪口を書いても誰からも共感はされまい。
そう思っていると。
『本当に気持ち悪いですね!猫なんて害獣を堂々と出すなんて、常識がなさすぎます!』
『害獣駆除業者の広告でしょうか?殺虫剤のパッケージのようなものと考えても、こんな不快な生き物を町中に出すなんて良識をうたがいますね』
『おおむね同意ですが【グロ注意】と書く配慮が欲しかったです。気持ち悪い』
『燃やしてしまいましょう。こんなオブジェ』
という返信が帰って来た。
え?怖い。何言ってるのこいつら。
戦慄する私の方を振り返って、妻は笑いながらその画面を差し出した。
まるで、正しいことを言ったら、みんなも賛成してくれたわ。間違っている事を指摘するのって素晴らしいわね。と言わんばかりの顔で。
「正しいことを言ったら、みんなも賛成してくれたわ。間違っている事を指摘するのって素晴らしいわね」
本当に言いやがった。
唖然とする私を後目に、彼女は商店街の案内所に押し掛け、あのような展示物がいかに愚かで不愉快なものか抗議し、ついには明日じゅうに撤去するという言質までとった。
こんな事のために貴重な休日がつぶれたのだが、彼女はやり遂げた顔で私に向かって言った。
そのときの妻の言葉を私は忘れない。何の疑問も抱かずに、何の慈悲もなく、冷酷に彼女はこう言ってのけたのだ。
「本当に猫は社会のゴミね。いっそのこと駆除すればいいのに」
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