第689話

「そもそも閣下は外交をオーウィルディア様に任せるとおっしゃっていたではないですか」


 ミゲルロディアは魔人であり、人前には出られない姿だ。もしそのような存在が人々の前に出ると、騒ぎどころではなく発狂ものだ。


 するとミゲルロディアは少し考えるような素振りをする。何を最初に言うべきかと考えているのだろう。


「一つ私も願いを言ってもいいのかと思ってな」

「願いですか?」

「もし、あれほどの数の次元の悪魔が降ってこなければ、オーウィルディアに表の外交を任せていいと思っていた。しかし魔人がラース公国に存在すると知らしめることが、牽制になるのであれば、私が表に立つのも悪くないと考えたのだ」


 確かに魔人という存在が、一国の国主として立っているとわかれば、他の国はおいそれとは手を出してこない。

 次元の悪魔、完全体の悪魔と戦いながら、他の国の相手ができるほど、現在のラース公国の内政に余裕はない。

 一番の理由はミゲルロディアが跡継ぎを指名しなかったのが問題なのだが。


「星の女神ステルラ様にだ」

「は?」

「シェリーミディア。女神の加護を得て、人々からの視線が変わったと言っていたな」


 星の女神ステルラの加護。確かにシェリーは持っている。しかし、最初は呪いのような加護だった。

 そう、ツガイの五人が揃わないときは、人々から異様な好意を向けられてしまうという祝福。

 この祝福は上位の神に当たる、闇の神オスクリダー神に軽減の加護をもらって、現在の状態に至ったのだ。


「星の女神ステルラの加護とはなんだ?」


 何一つ事情がわかっていないモルテ王から質問が出てきた。


『わたくしは求められれば、どのような者でも道を指し示して差し上げましょう。それが、わたくしの使命』


 唐突にここには存在していなかった女性の声が響いてきた。いや、その存在は今までモルテ王が座っていたソファーに、ずっとそこに座っていたかのように顕れたのだ。


「まだ、呼んでいませんよ。ステルラ様」


 シェリーは神に対して呼びかけていないにも関わらず、普通に顕れた女神ステルラをジト目でみている。そして、カイルといえば、また神が顕れたと、膝の上に抱えているシェリーを取られまいと、強く抱きしめていた。


「神がこの場に……」


 モルテ王は光をまとったような黒く長い黒髪の女性を見下ろして驚いている。このような近くに神という存在が顕れるものなのかと。


「これは女神ステルラ様。ご顕現していただき、御礼申し上げます」


 ミゲルロディアといえば、即座に座っていたソファーから立ち上がり、床に膝をついて女神ステルラに敬意を表している。

 さすが女神ナディアの存在に慣れているだけあって、対応がはやい。


 ここにいる四人……人外といえばいいのか……がそれぞれの反応を表している中、神であるステルラは凛と存在して、異質な存在感を顕著にしている。


『わたくしはいにしえより存在する者ではありませんので、ナディア様のような憎悪は持っておりませぬ』


 そんなステルラは誰にも聞かれてはいないのに、話をしだした。


『ですが、これは知っております。神を神として確立した存在。変革者シュロスと。その者の力はあの御方と同等だと、わたくしたちは感じております』


 女神ステルラはとても恐ろしいことを口にした。神々は白き神から作られた存在だと認識していた。だが、それは神として崇められなければ、ただの有象無象。神でも何者でもない存在だったと。

 そこにシェリーが神という存在をシュロスに認識させた。


 ゲーム脳であるシュロスは……いや、日本という国で育った彼は、神々というのは八百万存在すると認識した。

 そこで初めて創造主以外の神々が誕生したと言ったのだ。


 その創造の力は、想像を経て具現化した。それは白き神にも匹敵するだろう。


 そして女神ステルラは、シェリーに閉じた目を向けて言葉を口に乗せた。


『たとえ行き詰まり暗闇に陥ろうとも、導きの光は存在します。それは小さく弱くても、そなたが歩いてきた道の長さに比例し、光は大きく強くなっていきますよ』


 これは導きの女神としての言葉なのだろう。シェリーの歩む道は困難を極めることは誰の目にも明らかだ。それに絶望をするなと、女神ステルラは言ったのだ。


『さて、女神ナディア様の子にして、魔に侵された者よ。そなたの願いを叶えてやろう。そう、わたくしの黒を馬鹿にする者たちなど、居なくなればよい』


 途中まで女神らしい言葉を言っていたのだが、やはり己の自慢の黒髪を否定されることには我慢がならないらしい。思いっきり私怨が入っている。


『そなたは如何する?全ての存在に死の祝福を与えるモルテ神様と、わたくしの愛しいオスクリダー様に創られし者よ』


 女神ステルラは顔を斜め後ろに向け、開かれたまぶたの中のまなこを向ける。まぶたの中の暗闇に星星が散らばっており、宇宙を入れたかのような目をモルテ王に向けたのだった。



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