第468話


「あ、いや。そこまでは言ってはいないが、リリーナの兄のイゾラぐらいになれるかという話だ」


「あの兄ですか?」


 リリーナはなんだか嫌そうな顔をしている。自分の兄のはずなのに、嫌っているかのようだ。


「あの兄は基本的にいくさバカですので、本能的な物が強かったと思います。どうすれば、人の心が折れるかを誰に教えられるわけでもなく、理解していましたから。まぁ、性格が悪かったということですわね」


 妹から見た兄は相当酷い鬼であったようだ。いや、本来の鬼の姿だったのかもしれない。


「確かに俺も出会った早々にボコボコにされたが。それでは、リリーナとしてはリオンに教える事はもうないと?」


「強いて言うのでしたら、”鬼化”という鬼族の能力の上限の解放できますが、私は勧めることはできません」


 ”鬼化”とはどういうことだろうか。既に鬼族として存在している彼らが、更に鬼としての力を得るということだろうか。


「なぜだ?」


「力を制御出来なければ、破壊を繰り返すただの鬼と成り下がりますので、そうなった場合は始末をしなければならなくなるのです。お恥ずかしながら、そのようになれば私では手に負えなくなります。私の”鬼化”は補助能力向上がメインですので」


 力に囚われてしまった者は、一族の者の手で始末される。今現在、鬼族の頂点に立つものといえば、リリーナだ。しかし····


「それは俺が始末をつければいいということか」


 鬼族や他の種族をまとめ上げている者はここにいる炎王である。なれば、不手際を起こした者を裁くのは長である炎王となるわけだ。


「エン様のお手を煩わせるわけにはまいりません」


「あの、それではリオンさんを置いて帰っていいと言うことですね」


 シェリーは今直ぐ戻ろうと言わんばかりに既に、魔石を握っている。まだ、日は中天に差し掛かろうという時間帯だ。ルークがいつ戻ってくるかわからないので、シェリーとしてはさっさと家に戻っておきたいのだ。


「絶対に嫌だからな」


 立ち直ったリオンは転移で置いていかれないように、シェリーの左手を握った。


「佐々木さん。まだユールクスのことが残っている。さり気なく俺に押し付けて帰ろうとするな」


「ちっ」


 ユールクスの頼み事は犯罪まがいに複製品を作り上げた炎王に押し付けようとしていたが、炎王に止められてしまった。


「鬼化には準備が必要になりますので、今すぐにとはまいりません。リオン。貴方が望むのであれば、1週間後に来なさい」


 リリーナの言葉の中にリオンを連れて帰れという意味が含まれているように思える。しかし、リリーナはシェリーとまともに会話をしたくないようだ。シェリーの言葉にリオンに話しかけることで答えている。


「よし、そうと決まれば、さっさとユールクスの所に行こう。そうでないと、佐々木さんは俺に押し付けて戻ってしまうからな」


「エン様!また浮気ですか!そこの女の方がいいと言うことですか!」


 シェリーと転移でユールクスの元に向かおうとしている炎王にリリーナは詰め寄った。


「いや、リリーナ違うぞ」


 そして、リリーナは炎王の胸ぐらをつかみ、炎王を揺すっている。


「そうやって、番がわからないからと言って、女をあっちこっちで作って!」


「それも違う!はっ!佐々木さん。帰ろうとしないでくれ」


 痴話喧嘩が始まってしまったため、シェリーは彼らを放置して帰るべく、魔石を地面の上に落とし、転移陣を発動した。それに気がついた炎王は慌ててシェリーの方に駆け寄る。胸ぐらを掴んだままのリリーナを連れたままで。


 そして、転移陣に足を踏み入れた炎王とリリーナはシェリー達と共に炎国の地から消え去ったのであった。





「まぁまぁ、相変わらず騒がしいですね」


 緑がかった白髪の女性が消え去った彼らが居た場所を見て微笑んでいる。


「昔に戻ったみたいに?」


 青みがかった白髪の少女は浮遊しながら、妖精の女性に問いかける。その言葉に妖精の女性はニコリと微笑み返した。


「エンさんも楽しそうで、その楽しそうなエンさんを見ているリリーナさんも嬉しそうで」


 嬉しそう?あのシェリーと炎王の関係を勘違いした言動を言っているリリーナが妖精の女性からみれば嬉しそうに写っているようだ。


「そうだね。ヴィーネも楽しいよ。でも、第4の僕ちゃんは何をしてリリーナを怒らせたの?」


「ああ、アレですか。リリーナさんから謹慎を解いてもらえるように口添えを願っていましたね」


「えー。勝手にここに来ている時点で駄目だよね」


「本当にご自分が行ったことがどれほどの事をまねこうとしたのか理解できていないということですからね。その未来はきっとこの国の崩壊だったでしょう」


「そうだね。そうなれば、フェーラプティスはどうしていた?」


「さぁ、どうしていたでしょうか。ですが、エンさんですからねぇ」


「ヴィーネはエンがいないと、つまらないから、全てを凍らせて眠りにつくよ」


「あら?それではまた私は一人になってしまいますね」


 共に炎国よりも長く生きた者同士は晴れ渡った青い空を見上げ、いつか起こり得る未来の話をしていた。いや、一度は彼女たちに起こった過去の事だ。炎王がいるからこそ、彼女たちはこの地に留まっているのだと。


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