第464話

「これでどうだ!」


 炎王の前には25個の同じ様な···いや、全く同じ形のゴブレットが並んでいた。そのゴブレットの中には赤い液体でも入っているかのような赤い鉱石に満たされていた。


「その魔術、非常識ですね。商売をする者としては、やってはいけないことだと思います」


 シェリーは炎王の複製の魔術を否定した。確かに、この魔術を使えば、物価というものが破綻してしまう。そう、ユーフィア作の一点物でさえこのざまだ。物の価値観が崩壊してしまう。


「いや、これを売ろうとはしていないからな。ユールクスに渡すためだからな」


 炎王はシェリーの言葉を否定する。しかし、そんな炎王をザックとキョウはキラキラした目で見ていた。


「流石です初代様」

「すごいなー」


「ああ、このオリジナルは返しておく。それで海の航行には問題ないのだな?」


 炎王からゴブレットを受け取ったザックは、その言葉に苦笑いを浮かべてしまった。


「問題はないのですが、結界のハズなのに奴隷だけは通す仕組みが良くわからないです。そこまで大きくない商船に人が増えるのは好ましくないというか····いえ、マルス帝国の奴隷の扱いは酷いのは知ってはいますが、帰りが積荷と人でいっぱいになるのは···」


 ザックは言いにくそうに今の現状を口にした。ユーフィアの思惑がわからない。自分たちの商船に知らない者達を入れなくないと


「ただでさえ海の航行は海獣や魔物を回避していかないとなりません。最悪、海上での戦闘行為をしなければならないのに、使えない者達のことまで気が回りません」


 いや、使えない者を船に乗せたくないということだった。


「攻撃的な結界があるのなら、わざわざ魔物を避ける必要はないのでは?」


「シェリー・カークス。海の魔物は巨大なモノが多い。結界があろうが下から突き上げられて船がひっくり返えれば、俺たちが海の藻屑だ」


 そう、彼らが行き来するのは陸地ではなく海の上なのだ。全方向の警戒が必要となってくる。結界があろうが、警戒を怠ることはできないと。

 ザックの言葉にシェリーは納得する。言われればそうだと。

 炎王はというと、ザックの言葉に考えるように視線を窓の外に向けていた。


「そうか。入国管理局の方に頼んで転移で強制的にヒュルカに送るか」


 そう言いながら、炎王は懐から紙を取り出して、何かを書き出した。そして、それをザックに差し出した。


「これを入国管理局の者に渡せばいい」


「ありがとうございます」


 炎王から指示書を受け取り、恭しくザックは頭を下げた。


「あー。初代様」


 その中、キョウが声を上げた。


「もしかして、何処かに置こうとしています?」


 何処か虚ろな目を空間に向けたままのキョウが複製されたゴブレットを指して炎王に聞いた。


「ああ、マルス帝国との国境沿いに置こうと思っているが?なんだ?何が見えた?」


 キョウは先見で何かを見ているのだろうか。虚ろな目が揺れていた。


「何かおかしな事になっている。何で結界の中に閉じ込められている?意味がわからない」


「キョウ。お前が見たモノを説明してくれ」


「はい」


 そう答えたキョウは炎王に視線を合わせていた。


「複数の『次元の悪魔』が結界を通り、結界内にとどまっている未来が見えたのです。おかしいですよね」


 おかしい。普通なら敵意を持って侵入してくるのであれば、結界を通り抜けることはできない仕様のはずだ。しかし、キョウが見た『次元の悪魔』は結界を通り抜け、そのままとどまっているという。

 その言葉にシェリーは思い当たることがあった。


 ユールクスが言っていた。次元の悪魔が意志を持っているかのように、ギラン共和国の国境に向かって来ていると。


 そして、モルディールの街で操られていた人たち。


 ユーフィアが言っていた神経毒の存在。


「悪魔を操っている?」


 元々この時点でギラン共和国で次元の悪魔が見られる事自体がおかしいのだ。ラース公国でこの数ヶ月で3体だ。これは国の3分の一の焦土化が浄化出来ていないラース公国なれば、理解もできることだった。


 だが、ラース公国以上に悪魔の出現が疑わしい国は壊滅的な状態のまま今現在の状況が確認出来ていないグローリア国だ。グローリア国で出現した悪魔がまっすぐに西に進んだとすれば、マルス帝国を経てギラン共和国にたどり着くことになるだろう。

 しかし、普通であれば次元の悪魔はグローリア国を蹂躙し、マルス帝国で暴れることになったはずだ。


 そこにあの灰色の制御石の存在を悪魔に使用したという非常識を埋め込むと、全てに辻褄が合ってくる。頭部のない『次元の悪魔』に意志があるようにギラン共和国へ侵入させるという不可解な現実が成立するのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る