第358話

 シェリーはふと眠りから覚醒した。ここ最近朝の冷え込みが窓ガラスを伝って入ってくるようになった。布団の中にうずくまろうと、布団を引き上げようとするが、動かない。いや、動けない。


「シェリー。寒い?」


 カイルの声が聞こえたことで、シェリーは目を開ける。外は日が昇る前の時間なのかまだ暗かった。


 一週間前からこの状態が続いている。そう、ラース公国から戻ってきてから、速攻カイルはグレイとスーウェンとオルクスとリオンを陽子のダンジョンに強制的に行かせた。陽子から合格点がもらえるまで戻って来なくていいと。


 それから、一週間カイルはシェリーを独り占めしていた。というか、一週間経っても彼らが戻って来ていなかった。陽子もあれから顔を見せていないのでどういう状況であるかシェリーにはわからない。いや、シェリーは戻って来なくていいとすら思っている。


 カイルはシェリーを抱きしめ、布団で覆い二人だけの空間を作る。何者にも邪魔はさせないと。


「まだ、早いからもう少し眠るといいよ」


 温かさと眠たさにシェリーの瞼が落ちてくる。カイルの言葉と共にシェリーは再び眠りについた。




 シェリーが眠った事を確認したカイルは3日前の事を思い出していた。


 シェリーの前には現れていなかったが、確認と報告の為に陽子はカイルの前に現れていたのだ。




「竜の兄ちゃん。大体は彼らから聞いたけど、結局どこまで力をつけるのが希望なのかな?はっきり言って超越者クラスは無理だよ。こっちにも色々制限があってね。一回にあげられる経験値の上限が決まっているの」


 陽子は裏庭で大剣を振るっていたカイルの背後に現れてそんな事を言った。

 いきなり現れた陽子に対して、カイルは普通に答える。


「陽子さんの及第点でいいと言ったはずだ」


 答えながらもカイルは剣を振るう事を止めない。


「うーん。陽子さんとしては最低限悪魔とやり合えるぐらいになって欲しいんだけどなぁ」


 陽子の言葉にカイルは振るっていた剣を地面に刺して、後ろを振り返る。背後には己の番と同じ色の短い髪で、相変わらずよくわからない服装をしている陽子が立っていた。


「悪魔と?」


「そう、完全体の悪魔と。陽子さんも3度ぐらい遠目でしか見たことないけど、あれはヤバイね。はっきり言ってレベル100越えていたら勝てるっていうモノでもないよ」


 思ってもみない言葉を聞いてカイルは聞き返してみたが、やはり陽子は完全体悪魔と言っている。それも、ダンジョンマスターでダンジョンから出られないにも関わらず、遠目で見ていたと言っている。


「どういう事だ?」


「え?どうもこうもササっちもシエちゃんも完全体の悪魔と戦って、勝てる実力をつける為に、日々頑張って来ていたのを見ていたからね。最低ラインはここかなって陽子さんは思うんだよ」


 シェリーと陽子の付き合いは10年になると言っていた。その間、陽子はシェリーのそして、佐々木の努力を見ていたのだ。


「レベル120は欲しいところだね。まぁ、竜の兄ちゃんからすれば物足りないかもしれないけど」


「いや、それで構わない。陽子さんがいいと言うなら。それで、彼らはどうしている?あれから4日経ったから一回目のダンジョンをクリアしたぐらいか?」


 カイルは彼らの進捗状況を確認する。流石に4日もあれば一度目のクリアをしている事だろうと。

 しかし、陽子は首を横に振る。


「今、各自で攻略してもらっているけど、鬼くんが一度攻略したぐらいだね。でも、ダンジョンを破壊したから点数はマイナス。あとは全然だめ」


 どうやら、リオンは陽子のこだわりのギミック満載のダンジョンを突破したらしいが、陽子の嫌う強引な攻略の仕方だったのだろう。そして、他の3人はまだ一度も30階層に到達できていないらしい。


「そうか」


 カイルは陽子の言葉に頷いた。大体予想はしていたところなのだろう。


「でさぁ。本当のところはどうなのかな?」


「何がだ?」


「エルフの将軍の前で怖気づいたからって聞いたんだけど、将軍怖いよー。あの悪魔達より強いんだよー?彼らにそこまで求めるの?」


 陽子はカイルの求める基準が高すぎるのではないのかと指摘した。


「だって、もう彼らは強いよー?普通の人なら英雄って崇めるぐらいの強さだよ。陽子さんも一応彼らには怒ったけど、相手がエルフの将軍の前じゃ仕方がないって感じなんだよ」


 陽子は腕を組んで、カイルを見上げる。その視線を受けたカイルは真剣な目で陽子を見る。


「魔王というのはプラエフェクト将軍より弱いのか?」


 その言葉に陽子は困ったような顔をする。


「流石の陽子さんも魔王を見たことがないからなんともいえないから、そういう事は直接会った魔導師様に聞いて欲しいな。まぁ、そう言われてしまえば、魔導師様並の実力は必要なんだろうね」


 そして、陽子はいつもの感じでヘラリと笑って言った。


「陽子さんのダンジョンで、ある程度レベルは上げてあげられるけど、魔眼対策はできなから、それはササっちにお願いしてね。悪魔の魔眼は本当に恐ろしいから」


 そう言って、陽子は地面の中に消えていった。その姿をただカイルは眺めていた。

 魔眼。一番の問題はそれだと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る