第355話

 プラエフェクト将軍の魔剣がシェリーに向けられる。怒りのまま振り下ろされる魔剣グラーシア。しかし、怒りに大きく振りかぶった将軍に隙きができ、その隙間をシェリーの黒刀が貫く。


 プラエフェクト将軍の右胸に深々と突き刺さる。そして、そのまま空中から落下し、地面に縫い留められた。


 地面に縫い留めた刀をそのままにシェリーはプラエフェクト将軍に話しかける。


「将軍。スピリトゥーリ様の最後は神々から聞きましたよ。例え神々から崇められる存在から聖女として役目を与えられた者でも、神々の怒りを買えばどうなるかという見せしめだったそうです。

 でも、エルフ族は全てを隠し、闇に葬った。聖女自身が番である将軍の首をその魔剣グラーシアで落とし、自らも首を切り落としたと。自分の過ちを謝りながら、エルフ族を呪いながら、死んでいったことを」


 プラエフェクト将軍の姿が仄かに光を帯び始める。世界の記憶の中に戻って行くのだろう。


「だから、私は貴方の事が嫌いのなのですよ。貴方が本当に守るべき者は何だったのか。守るべきものは、神々の声を聞くことのできるスピリトゥーリ様の心だったのではないのでしょうか?」


 その言葉が聞こえたか聞こえなかったのかわからないが、プラエフェクト将軍は一粒の涙を流し消えていった。


 シェリーは何も無くなった地面から刀を引き抜く。そして、鞘にしまい魔刀を鞄に収納して姿勢を正す。


 何処に向けているのか、頭を下げ体を起こし柏手かしわでを一度打つ。すると、今まで全てのモノを阻んでいた赤い炎が柏手と共に霧散した。こんな簡単なことで強力な結界が発生し解除されるのだ。

 エルフ族を恨んでいたアリスの高笑いが聞こえてきそうだ。お前たちが苦戦していたものが、いとも簡単に操れるのだと。


 シェリーがふーっと大きく息を吐いていると、影が差し込んだ。顔を上げると怒ったようで心配そうな複雑な表情をしたカイルが立っていた。


「怪我は?」


「ありません」


「本当に?」


「はぁ。プラエフェクト将軍も本気ではありませんでしたから、怪我なんてしませんよ」


「良かった」


 そう言ってカイルはシェリーを抱き寄せた。そして、カイルはシェリーにしか聞こえない声で呟く。


「シェリーが口にしている言葉の意味がよくわかったよ。『足でまといはいらない』って言葉。まだ白き高位なる御方の前で膝をつくのは理解できる。あれは次元が違う存在だ。だけどあのエルフは違う彼はただのエルフ族だ」


 プラエフェクト将軍がただのエルフ族。確かにエルフ族だが、ただ人では到達できない超越者と言われるハイエルフに属する存在だ。だから、普通のエルフ族とは違うと言える。


「炎王なら彼の前で膝を折るか?龍人アマツなら彼の前で膝を折るか?」


 その言葉にシェリーは考える。炎王と天津。龍人という種族の共通点はある。だが、超越者の域に達しているかと言われれば、炎王はそうだと言えるが天津はその域には達してはいなかった。

 だが、彼らがプラエフェクト将軍の前に立ちはだかって、を構えずに下ろすかといえば、そうとはならないだろう。彼らは例え超越者であっても立ち向かって行くことだろう。

 シェリーはそこまで考えが行き着いたが、カイルの言葉には答えない。そんな事、始めからわかっていたことだ。ツガイというものが足手まといだと言うことに。


「決して彼らは膝を折らないだろう?彼らは護るモノの為にその力を奮い続けるだろう?」


「そうですね」


 シェリーはその言葉に同意する。炎王も天津も背負っているものが国というものなのだ。その重みはとてもとても重いもの。決して彼らは敵となった者に対して背を向けることは許されない。許されない行為だ。


「私はツガイというものに翻弄されるあなた達が哀れだと思います。だから、私は隠していたのです。これは私が選んだ道、知らなければ知らないままで済んだ事です」


 聖女であることを。

 聖女として生きることを。


 そして、世界の浄化を行い。

 次元の悪魔というモノたちと戦い。

 魔王と呼ばれる存在と戦い、死んでいくことに。


「そうだね。だけど、それは心が痛い。苦しい。生きながら息が出来ずに溺れていることに等しいんだ」


 番というものに囚われた者の言い分である。

 番が存在し、その番の影は微かに感じる。しかし、存在が霧に隠されているかのように姿かたちが見えない。もどかしい。捉えたかと思えば、その瞬間、存在が消え去ってしまう。まるで陸の上で溺れているかのように息ができない。

 この5年間でカイルが感じてきたことなのだろう。いや、シェリーが生まれて18年間だろうか。


 竜人という種族の番への妄執というべき想い。


「シェリー!英雄ってやっぱりすごいな」


 オルクスの興奮したような声が聞こえた。その声が聞こえた瞬間、カイルはシェリーから離れ、拳を握り、オルクスに向かって振りきった。

 シェリーの前ではいつもニコニコと機嫌がいいカイルが拳を振り上げたのだった。


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