第347話

「あと一人、魔眼を持つ子がいるが、まだ幼いため儀式は行わない。しかし、恐らくだが、その子にも名は与えら得られないと私は思っている」


 ミゲルロディアは4歳になる男の子の話をしだした。それも、その子供にも名が与えられないと言葉にしたのだ。


 その事にシェリーは驚く、ミゲルロディアは言葉を濁しているが、何か確信を持っているのだろう。わざわざその子供のことに触れたのだ。

 だとすると、この国を受け継ぐ者がいなくなってしまうと。


「そうか。神っちゅうのはいけ好かんな。子供の事に関わってこんといてほしいもんや。しかし、大公さん。なんでそう思たんや?」


「それはそうだろう?このようになった私を再び大公の座につけようとされたのだ。普通なら、わざわざそのようなことを神言される御方ではない」


 魔人となり人ならざる者となったミゲルロディアを大公にと直接的には言ってはいないが、そう捉えられてもおかしくはない言葉ではあった。


 『私とラースが愛した国を私たちの子供が豊かにしていってくれるのがいいわ。それが闇を纏っていても構わないわ』

 そう、女神ナディアは言ったのだ。


「お兄様、それでは未来永劫お兄様が大公の座に就くということですか?」


 自分の子の内、誰も大公の座に就くことが出来ない。その事にビアンカは不満を訴える。魔人となった者が大公の座にしがみ続けるのかと。


 ビアンカの言葉にミゲルロディアは首を横に振る。


「私個人として時間はかかるだろうが、シェリーミディアにその座を譲ろうと思っている」


 ???私個人としても?

 おかしな表現をされた。


「本人からはラースに関すること、国主の継承の権利を放棄すると聞いてはいる。その理由もだ。しかし、その手続は私の元で止めている」


「は?」


 シェリーからすれば寝耳に水だ。何のために5年前、ミゲルロディアに面会を求め、ディアの名を戴き、面倒な書類にサインをしたのかと。


 唖然としたシェリーに対して、ミゲルロディアはニヤリと笑った。


「ナディア様はおっしゃったそうだな。『闇を纏っていても構わない』と。これは君にも当てはまる言葉でもあるのではないのかね」


 確かにシェリーの髪は闇を纏ったように黒い。女神ナディアの言葉だけを捉えればシェリーにも当てはまる言葉かもしれないが、そもそもシェリーはオーウィルディアを説得するために女神ナディアに問いかけたのだ。

 いや、待て。シェリーは女神ナディアの考えがどうかと問いかけたのだ。ミゲルロディアを大公に連れ戻して構わないかとは問いかけていない。それはシェリーがアリスの言葉を受けて、言い出したことなのだ。


 シェリーは女神ナディアの曖昧な言葉に、してやられたと思った。神の言葉というものは大抵言い回しが面倒くさいものが多いいのだ。シェリー自身、半分聞き流しているので、真剣には聞いてはいなかったりする。

 しかし、他の者達からすれば神の言葉というものは絶対なのだ。安易に切り捨てられる事柄ではなくなってしまう。


「閣下。それはどうでしょうか?私には役目があります。一国の国主などというものは務まりません」


「だから、時間はかかるだろうがといったではないか」


「くっ」


 シェリーはミゲルロディアに告げていた。自分の未来が無い事を。それをミゲルロディアが忘れたとは思われない。

 その未来を覆してもシェリーを国主にと思っているのだろうか。


「佐々木さんが大公か。それはそれで面白そうやな」

「シェリーが跡を継いでくれるというなら、心配することはありませんわ」


 ナオフミはシェリーを茶化し、ビアンカは嬉しそうに言った。

 だが、まとまりかけた話に水を差す者がいた。


「なんで!父ちゃんも母ちゃんもそんな姉という女の味方するの!」


 いつの間にかナオフミとビアンカの側に来ていた次女のエリーである。


「帰ってきたら家に帰るって言ったじゃない!いつまでここに居なければならないの!ここの人達うるさいからもうここには居たくない!」


「んー?別に味方なんてしてへんけど?」


 ナオフミは次女がここに居たくないという癇癪とするりと受け流し、シェリーの味方ではないと言った。ビアンカといえば、幼い子供にするように、頭を撫ぜているが、その手をエリーは払い除けた。


「いつまでも子供扱いしないでよ!父ちゃんはその女の言うことを聞いて、ここに残るって言うんでしょ!私は家に帰りたいの!」


 知らないところで両親と一ヶ月ほど離れていれば、家に帰りたいという子供の言い分もわかるというもの。しかし、ナオフミは子供の言い分よりもその態度に対して注意をした。


「エリー。ビアンカの手は叩いたらあかん」


 そして、ビアンカの払い除けられた手を取り、優しく撫ぜる。

 その態度にエリーは唖然とする。今までなら、何かをしたいとエリーが言えば、ナオフミは『いいよ』と言って何でもゆるしてくれていたのだ。

 そのナオフミの態度がまるで自分がどうでもいい存在に感じてしまい、涙が滲み出す。


 エリーは知らなかった。この世界には番という存在がいることに。自分の両親が番だということに。いや、家族しか居ない箱庭では己の番を守るという行動をとる必要がなかっただけだった。

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